15.サナとレンの秋祭り
領主になってから8年間、それまで続いてきた秋祭りを欠かさずにサナは執り行ってきた。出店の食べ物は貧しいものには無料で振舞われるし、他の領地から持って来られた商品を売る市も開かれるので、領民も秋祭りを楽しみにしていた。
無料の出店は領主の御屋敷の外に立てられるが、警備の兵士を厳重に布いて御屋敷の広い中庭も開放されて、出店や市が立って、かがり火も焚かれる。普段は兵士の訓練にも使われている中庭なので、平地になっていて、屋敷への侵入経路もないように設計されていた。
従妹のツムギと、エドヴァルドからの知らせで、ダリアが訪問することも知らされていたが、ダリアがツムギを気に入っていることに気付いていたサナは、二人の邪魔をするつもりはなかった。当然のことながら、ダリアにはレンの作った魔術具を贈って、王都で身に着けてもらって宣伝には役立ってもらおうと考えていたのだが。
「本日着けられそうなもので、ツムギ様とお揃いのものがありますか?」
「ツムギさんは髪が短いですからね……こちらをピンに加工して参りましょうか?」
「お時間はかかりますの?」
「いえ、直ぐにできますよ」
魔術具制作の腕を買われて、側仕えとして共に魔術具を作っていたレンとダリアの会話には、サナも入れないのだが、レンがセイリュウ領のためにダリアに自分の作ったものを売り込んでいるだと分かっているので、嫉妬などするはずもない。領主の伴侶であるレンにとっては、サナの利益が最優先されるということは、サナにかなりの優越感をもたらした。
「これでしたら、前髪や横の髪を捩じって留めても良いかと」
「気に入りましたわ。サナ様、お姉様の魔術具が全部壊れてしまっている状態で、わたくしのデザインした物しかお姉様は付けてくださらないので、レン様にデザインを送ってもよろしいでしょうか?」
「注文、承りました。ええやろ、レンさん?」
「作らせていただけて光栄です」
装飾品ともなる魔術具を贈って、客間にダリアを通して、警備兵にはツムギが来たら案内するように命じて、サナはようやく息を付いた。年下でローズほどの威圧感はないダリアだが、腹の底が読めない雰囲気はある。ローズほど分かりやすく強さを見せていないため、サナは逆にダリアの方が怖いのではないかと感じ取っていた。
「ダリア女王はツムギさんが好きっちゃろか」
「そうかもしれへんね。ツムギとダリア女王はんが結婚しはっても、ローズ女王はんが大勢子ども産みそうやし、国は安泰やろ」
後継者争いを考えれば、二人の女王のどちらの子どもが第一王位継承権を持つのかなど揉めるよりも、ダリアがツムギと結婚して子どもを産まず、ローズの子どもを養子に貰った方が平和なことには変わりない。
そういう点ではダリアが同性のツムギと結婚することを、他の領主は何も言わないかもしれないが、同性だということでツムギは、エドヴァルドとイサギが結婚したがっていたときのような反応はされる可能性がある。
「ローズ女王はんが黙らせるんやろけどな」
「なんにせよ、ダリア女王が幸せになるのは、俺は嬉しいけどね。俺ばっかし、幸せやったら、申し訳ない」
「うちと結婚して幸せなん? もっと言うて?」
「サナさんと結婚出来て、俺の能力も活かしてもらえて、めっちゃ幸せ。サナさん、大好き、愛してる」
甘い言葉にとろりと蕩けるように微笑んで、サナは自分たちの秋祭りの支度を始めた。レンには黒地に燕の模様、サナは紺に雪模様の浴衣を着て、帯は同じ臙脂で合わせている。
手を繋いで中庭に出ると、かがり火が焚かれて、その周りをススキフウチョウが踊り狂っていた。ふさふさの穂を扇状に広げて、踊るススキフウチョウの一番上手に踊れたものが、毎年領主の執務室に飾られる。それ以外はかがり火で焚かれてしまうので、ススキフウチョウも真剣だ。
「ススキフウチョウって……こんなに元気やったっけ?」
「イサギの能力や。無自覚にこんなのを育てよる」
慣習とはいえ、イサギが育てるようになってから、ススキフウチョウの自己主張が激しくて敵わない。「絶対に領主様のお部屋に参ります!」とばかりに、サナの前で穂を震わせるススキフウチョウに、サナはため息をついて、市の方に歩いて行った。
異国からも運び込まれている商品は、レンの目を引いたようだった。
「あの布をアクセサリーに加工できんかいな。あの糸で作ったタッセルも映えそうな気がするっちゃけど」
「あの刺繍の布と、あのグラデーションの糸か? どの色がええ?」
「何色か揃えたいけど……」
「そしたら、全色、買わせてもらいますわ。レンさんの工房に届けてな」
惜しみなく買ってしまったサナに、レンが遠慮する。
「全部とか、いいと? 他のひとが買えんくなるっちゃない?」
「うちにはレンさんが最優先なんや。うちに、綺麗なの作ってくれる?」
「サナさんに作るなら、気合いれなね」
買い物もできて、出店から食べ物も差し入れられて、サナとレンは部屋に戻ってゆっくりとそれを食べた。食べ終わってから、もう一度中庭に出る頃には、一番のススキフウチョウが決まっていて、それ以外がかがり火に投げ込まれて焚かれていた。
ススキフウチョウが火に投げ入れられるたびに、かがり火が大きく燃え上がる。それを見ながら、領民たちも踊るのが秋祭りのフィナーレだった。
一番になったススキフウチョウを貰って来たのはいいのだが、その日から、執務室では地味な攻防戦が繰り広げられることになる。
「うちは仕事してるんや。埃も立つし、踊ったらあかん。大人しぃ、花瓶で座っとき」
言い聞かせて浅い盆のようになっている花瓶の中にススキフウチョウを飾ったのだが、大きくふさふさの穂を扇状に広げて、いつでも踊れる態勢で、ちらちらとサナの方を伺って来るのだ。
「踊っても良い? まだ? もう少ししたら良い? そろそろ踊っていい?」と無言の圧力をかけて来るススキフウチョウは、確かに命令通り踊ってはいないが、踊りたくてたまらずに穂を盛大に膨らませて、存在感をアピールしてくるのが鬱陶しい。
「存在が煩いから、お前が世話してや」
一日も経たずに、秋祭りの翌日の夕方には、サナはススキフウチョウを持って、畑で仕事をしているイサギとエドヴァルドの元に行った。
「存在が煩いって……あんさん、何したんや?」
「何もしていません」とばかりに首を傾げるススキフウチョウは、踊ってはいけないという命令から解放されて、大喜びで地面に下ろされると、南瓜頭犬のポチとスイカ猫のタマに向かって踊り出す。本来は求愛のダンスなのだが、他のススキフウチョウはかがり火に焚かれてしまったので、ポチとタマと仲良くなりたくて、友愛のダンスを踊っているのだろう。
「びにゃあ……」
「ぎゃうん……」
小さく唸り声をあげて、ポチとタマはかさこそとエドヴァルドとイサギの後ろに隠れてしまう。素早く回り込んだススキフウチョウは、視界に入るように体を左右に揺らして、ダンスでアピールする。
「ポチとタマとも仲良くできそうやな」
「冬には枯れてしまうのですよね」
「それまでは、この畑でポチとタマと飼ったらええな」
穏やかに話しているイサギとエドヴァルドは、強引なススキフウチョウに、ポチとタマがドン引きしていることに気付いていない。
「名前はなんにしよか」
「ぴーちゃんとか、どうでしょう?」
「ぴーちゃん! 可愛いな、採用や」
名前も無事について畑で飼われることになったススキフウチョウのぴーちゃんに、ドン引きしたポチとタマが走って逃げていくが、追いかけっこと思ったのか、ふさふさの穂を羽ばたかせながら、ぴーちゃんは喜んで追いかけていく。
去年の冬を超えた南瓜頭犬のポチとスイカ猫のタマと同じく、ススキフウチョウのぴーちゃんも枯れることなく冬でも踊り狂うのだが、まだそのことをイサギもエドヴァルドも知らない。
「ポチもタマも、絶対ドン引きしてたと思うわ」
「そうなんかね。意外と仲良くしてるかもしれんよ」
ようやく静かな執務室を取り戻し、仕事を片付けて今日の出来事を話したサナに、レンはふわふわと微笑んでいた。
秋祭りが終わり、セイリュウ領にも冬の兆しが見え始めていた。
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