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14.イサギの秋祭り

 薬学のレポートの提出結果が非常に良くて、教授には褒められ、ヨータも無事に試験を回避することが許可された。働いていた工房の師匠にレンの工房に誘われたことを話すと、ジュドーは快く送り出されて、レンの工房で見習いとして働くことになった。全てが順調に進んでいるようで、秋祭りにエドヴァルドと色違いの浴衣も出来上がって浮かれていたイサギは、学校の授業の後でマユリに呼び出されて、怪訝な顔で人気のない体育館の脇の通路に向かった。

 今回の向日葵駝鳥の収穫の件で、ヨータもジュドーも利益を得たのだから、マユリだけ何もなかったのが不満だったのかもしれない。バイト代は充分に出したつもりだが、それ以上のことはイサギも不自由なく暮らしてはいるが、金が余っているわけではないので、対処できるかどうか分からず、緊張して、カツアゲされるような気分でマユリの前に出た。

 俯いてマユリは怒ったような赤い顔をしている。


「秋祭りは、婚約者さんと行くの?」

「俺は金はあらへん……んん? 秋祭り?」


 収穫した向日葵駝鳥の権利は、全て領主のサナのものだし、エドヴァルドと畑で働いた稼ぎと養父が別の領地に結婚で行ってしまうときに残してくれた財産と家があるくらいで、余裕があるわけではないと必死に弁解しようとして、イサギは全然別の話をされていることにようやく気付いた。

 色違いの浴衣も仕立てて、帯もお揃いのものを準備して、当然秋祭りはエドヴァルドと行くつもりである。


「そうやけど」

「イサギくんは前の領主様の息子だし、貴族で政略結婚は仕方ないのかもしれないけど……恋愛は別じゃないのかな」

「恋愛……俺、好きなひとと結婚するつもりやけど」

「婚約者さんと別れるってこと?」


 何を言いたいのか全く分からなくて、イサギは挙動不審になってシャツの上から胸元の巾着袋を握り締める。エドヴァルドのことが好きで結婚したいのに、なんで別れるという話になっているのか見当もつかない。


「俺が好きで婚約してもろたんや。あ、相手も、俺のことが好きて言うてくれてる」

「年上で、色気に騙されてるんじゃないの?」

「色気のあるひとには違いないけど……マユリ、何を言うてるんかよう分からんのやけど」

「私は、イサギくんのことが」

「俺のことが?」


 貴族だから気に入らない。

 そんな言葉が過って、イサギはそうではないと弁解しようとしてしまう。

 確かに飢えたり乾いたりした経験はない。そこそこ裕福に育っていると思う。しかし、使用人を何人も雇うような家ではないし、養父の教育方針でイサギは何でも自分でできるように育てられて、経済感覚も慎ましやかだ。お金が欲しいと思ったのは、エドヴァルドがサナに呪いをかけられていると勘違いして、それを解いてもらうために頼みに行ったときくらいしかない。


「俺は金やら持ってへんよ。全然……貴族らしくもないし……」


 テンロウ領で何十人もの使用人に囲まれて、王都にも別邸を持っている王族のエドヴァルドは、文句も言わず毎日畑仕事に出かけて、朝ご飯もお弁当も作ってくれる。最近は晩ご飯は一緒に作るようになったが、それでも、傅かれる身分のエドヴァルドには苦しい生活かもしれない。


「俺には、言えへんのかな……」


 愕然としたイサギは、もうマユリのことなど頭になく、言葉の先を言えないマユリを置いてエドヴァルドの元に走って帰っていた。既に畑仕事は終わっていて、家で待っていてくれたエドヴァルドに半泣きで飛び付く。


「エドさんは、俺と暮らすのは苦しい?」

「苦しいって……どういうことですか?」

「俺も手伝うようになったけど、ご飯も作らせて、家事もやらせてしもて……」

「凄く楽しいですよ」

「苦労かけてしもて……って、楽しいんか?」


 身の回りのことを幼い頃から全て使用人にしてきてもらったであろうエドヴァルドが、そんな返事をするとは思っておらず、抱き付いたままでイサギは高い位置にある顔を見上げて目を丸くしてしまった。


「触られるのが好きじゃないから、他人に何かされるのは昔から嫌だったんですよ。できれば料理も全部自分で作りたくて。大変かなと思ってたけど、慣れると意外と平気ですし、イサギさんも作ってくださいますし。何より、痩せて、倒れそうなイサギさんが、私の食事で毎日元気に過ごして、背も伸びたのが嬉しくて」

「俺、背、伸びたかな?」

「多分、少し伸びていると思いますよ」


 エドヴァルドほどではないが、並んでも遜色のないくらいの背丈にはなりたい。年頃の男の子ならば考えることを言ってもらえて、イサギの心から不安が取り去られていく。

 大きな体のようなエドヴァルドの包容力が、イサギには何よりもありがたく、好ましかった。


「秋祭り、俺がエスコートするさかい、任せてな」

「よろしくおねがいしますね」


 翌日にはススキフウチョウをダンスのために収穫してお祭りの係のものに渡し、秋祭り当日には、イサギがエドヴァルドの浴衣を着せた。体に厚みがあるために、どうしても抱き付くような格好になってしまって、その豊かな胸に顔を埋めると、匂いを嗅いでしまったり、下心もわかなくはない。


「俺、めっちゃエドさんのこと触ってるけど、嫌やない?」

「嫌じゃないですよ。綺麗に着付けてくださってありがとうございます」


 抱き返すようにしてお礼を言ってくれるエドヴァルドに、イサギは鼻血が出そうなくらい興奮してしまった。デレデレと鼻の下を伸ばした変顔で手を繋いで領主の御屋敷の中庭に行けば、マユリとジュドーとヨータが来ているのに気付いた。普段から学校の話はしているので、三人のことはエドヴァルドも聞いているはずだ。


「ヨータ、マユリ、ジュドーさん、来てたんか」

「あ、イサギ……その、マユリのこと……」

「マユリ、どうかしたんか?」


 暗い表情のマユリがどうしてそんな顔をしているか分からないままでいるイサギの横から、エドヴァルドが優雅に一礼する。


「イサギさんの婚約者のエドヴァルドです。いつもイサギさんが仲良くしていただいているようで」

「俺はジュドーです。いえいえ、こちらこそ、イサギくんのおかげで、めっちゃいいことあったから」


 特に驚くことなく話しているジュドーはエドヴァルドのことを知っていたのだろう。マユリとヨータの二人は、目玉が零れ落ちそうなくらい目を見開いて驚いている。


「おっぱいの大きなお姉様……やなくて、お兄様!? でも、確かに、雰囲気エロイ!」

「だ、男性!? え!? な、なにこれ……」


 どうやら二人はイサギの婚約者がエドヴァルドで、男性だということを知らなかったようだ。そう言えば言っていなかったとイサギもようやく気付く。

 嫌な反応をされないかと、エドヴァルドの家の使用人が過って、慌てたイサギに、なぜかマユリは目を輝かせていた。


「よく分からないけど……す、素敵。イサギくんの婚約者が男性だったなんて……な、なんで、こんなに胸がときめくのか分からないけど……幸せになってね!」

「お、おう?」

「そうか、イサギは年上のお兄様に、幼な妻にされるために……それもまたエロイ!」


 何か新しい扉を開いてしまったマユリが目を輝かせるのと、よく分からないが悶えているヨータに若干引きながらも、イサギは三人に挨拶だけしてお祭りの会場を歩いて回った。

 たこ焼きに、焼きそばに、お好み焼きに、クレープに、人形焼の屋台の説明をしていると、エドヴァルドが素朴な疑問を口にする。


「なんでこんなに小麦粉製品ばっかりなんでしょうね」

「なんでやろな。小さい頃からこれやったから、気にしてなかったわ」


 話しながらたこ焼きの舟を買って二人で食べようとすると、ダリアとツムギがやってきて、イサギは女王様に委縮してエドヴァルドの陰に隠れてしまった。エドヴァルドに買ったたこ焼きはダリアにあげてしまったが、エドヴァルドが「半分こしましょうね」とイサギに買ってくれる。

 二人で食べながらススキフウチョウがかがり火の周りを踊り狂っているのを見ていた。


「成長促進剤が効き過ぎたやろか」

「凄く元気ですね」

「今年の踊りはキレッキレやな」


 一番踊りがうまいススキフウチョウ以外は、お祭りの最後にかがり火で焚かれてしまう。来年の豊作を願うための踊りと、かがり火なのだが、ススキフウチョウにとっては命がかかっているので、必死にもなるだろう。


「どいつが一番になるか賭けよか?」

「勝ったらどうします?」

「だ、抱っこ、して欲しい……」

「負けたら、イサギさんが私を抱っこするんですか? 重いですよ?」

「強化の魔術使うたら……無理やろか」


 話しながら見るススキフウチョウの踊りは、非常に激しかった。


「あれや! 絶対あれが一番になる!」

「そうだと良いですねぇ」


 成長促進剤まで使って育てたイサギの目は確かで、イサギの選んだススキフウチョウが一番になった。


「よ、よろしくお願いします」

「どうぞ、イサギさん」


 優しく抱き上げられて、その胸の柔らかさと香りを堪能して、イサギはエドヴァルドに姫抱きで家に連れて帰ってもらった。領主の執務室に飾られるはずの一番になったススキフウチョウはサナに「存在が煩い」とイサギに帰されて、仕方なく畑でポチとタマと一緒に飼うことになるのだった。

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