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12.掴んだチャンス

 王都での公演がひと段落して、次の公演の準備と練習のためにツムギがセイリュウ領に帰って来た。暗殺に失敗して7歳で養父に引き取られてから、ツムギも毎年秋のお祭りには行っているし、セイリュウ領の領民にとっては秋のお祭りは年に一度の楽しみでもあるので、それに合わせて追加公演を劇団長が終わらせたのかもしれない。

 久しぶりに家に戻ったツムギは、ソファで潰れていた。


「毎日、お芝居のことだけ考えていられるっていうのは良いんだけど、王都でダリア女王様が用意してくれた宿泊施設が豪華すぎて……」

「いつもは安宿に合宿みたいな感じで泊まっとるて言うてたもんなぁ」

「そうなのよ。私、庶民だから、部屋着で食事会場に行っちゃいけないホテルとか、初めてで、肩が凝った」


 王都のテンロウ公爵の別邸で、エドヴァルドとのことがなくてもイサギが居心地が悪かったように、ツムギも豪華なホテルには慣れなかったようだった。食べるものに困ることもなく、家のお手伝い以上の労働をさせられることもない裕福な生活だが、元領主の息子と娘にしては慎ましやかに育てられたツムギとイサギは、使用人がいる生活もしたことがなかった。

 身の回りのことを他人にさせるのを嫌がるサナも、自分の身支度は自分でするが、あの広い屋敷を一人で切り盛りできるはずもなく、使用人を雇っている。雇用するのもまた、領主の役割であるから仕方がないと割り切っている側面もあるのだろうが。


「お祭り、ツムギもお揃いで浴衣仕立てるか?」

「イサギとエドさんのラブラブに入り込むつもりはないよ。私は……今年の浴衣はどうしようかなぁ」


 男役もやるツムギは、15歳男子として順調に成長しているイサギと身長が変わらない。去年からかなり背が伸びたはずなので、前の浴衣を着るとすれば、丈を調整しなければいけないだろう。


「ダリア女王様……来たりしないよね」

「セイリュウ領の有名なお祭りやし、興味持つんやないかな、ダリア女王さん、文化に興味あるて言うてたし、知らんけど」

「お誘いしてみたらどうですか?」

「え!? 私が、女王様をお誘いしていいのかな!?」


 身分の全く違うダリアは、親し気にしてくれるが、一劇団員のツムギがセイリュウ領のお祭りに誘って良いという発想はなく、驚くツムギがエドヴァルドに意見を求める。

 女王ではないが、同じ王族のエドヴァルドの口から、ツムギがダリアをセイリュウ領に誘うという提案が出たのが、イサギには意外だった。


「仲良くされているのでしょう? 女王とはいえ、ダリア女王はまだ20歳ですからね、王都を出て他の領地を見てみたいと思いますよ」

「エドさん! お願いします、ダリア女王様にお誘いのお手紙を書くのを手伝って!」


 土下座する勢いで頼むツムギに、エドヴァルドは「便箋と封筒と万年筆から、選びましょうね」と心強く引き受けていた。


「せやったら、ツムギ、ダリア女王さんに浴衣贈ったらええんやないか?」

「浴衣、着られるかな?」

「手伝ったらええやないか。高貴な方に触ったらあかんって言われたら、サナちゃんにお願いしたらええ」

「そうね……ダリア女王様、私と同じくらいの身長だから、サイズも同じで良いわよね」


 秋祭りの準備に、ツムギの気持ちも盛り上がってきているようだった。

 翌日はレンの工房に行く日で、魔術学校の授業が終わってから、一度寮に戻って着替えてきたマユリとジュドーとヨータと、イサギは領主の御屋敷の前で待ち合わせをした。

 敷地内の工房は、技術者を育てるために改築中だったが、使える部屋でレンとそれまで働いていた魔術具製作者たちが仕事をしている。


「レンさん、今日はよろしくな」

「レン様、どうか、俺の成績のためによろしくお願いします」

「ヨータ、変なこと言わんどって。レン様、工房が見られて、光栄です」

「レポート、出来上がったらレン様にも提出いたしますので」


 全員で挨拶をすると、朗らかにレンが迎えてくれる。金色のイヤリングに、ネックレスに、アンクレットにブレスレット、指輪と髪飾りまで、全部魔術具で、サナと色違いだということが見て取れた。


「ここで、靴を脱いで、作業靴に履き替えてくれる?」


 工房の中では金属を扱っていて、その破片が飛んだりするので、肌の露出の少ない格好で来るように指示されていた。入口で履物を履き替えるのも、飛んだ金属を踏んで怪我をしないようにだろう。

 連れて来られたのは、大きな炉のある部屋だった。ドアを開けるとむわっと熱気が籠る。


「向日葵駝鳥の種から絞った油と、数種類の薬草を混ぜて、この炉で焚いて、金属を溶かしてるっちゃん。魔術を込めるときに、金属に術式が入りやすくなるとよ」

「種から油を搾る作業も、この工房でやってるんですか?」

「普段は薬草保管庫の方でそこまで処理してくれるみたいっちゃけど、今回は間に合わんかったけん、こっちで絞ったけど、こっちも薬草の扱いに関しては専門家やないけん、ちょっと精度が悪かったかもしれんね」


 質問にメモを取りながら、マユリが頷く。

 向日葵駝鳥の収穫が遅くなったことが、レンの工房の仕事にも影響している。こんなところで、自分の普段の仕事の成果を見せられるとは思わずに、イサギは申し訳ないような、光栄なような、複雑な気分になっていた。


「もう一部屋、見て欲しいところがあるっちゃん、特に、ジュドーくんに」

「俺に、ですか?」


 導かれて連れて行かれたのは、天幕のようなヴェールが張られた部屋だった。透けるヴェールは、魔術のかかったもので、内側の魔術を逃さないようになっている。重なったヴェールを掻き分けて中に入ると、不思議な香りが充満していて、内部は意外と広く、そこで数人の技術者が装飾品を作り上げていた。

 魔術の込められた金属パーツと、魔術の込められた宝石やガラスのパーツを、緻密に組み合わせていく。


「この匂い……」

「イサギくん、気付いた? 向日葵駝鳥の種から絞った油と薬草を混ぜたお香を焚いとるっちゃん」

「このお香、魔術力を高める効果がありませんでしたっけ?」


 ジュドーの問いかけに、レンは「当たり」と答えてくれた。


「魔術具は、貴族や王族の間では、日常的に付ける装飾品にもなっとるやろ。お守りとしてだけやったら、デザイン面である程度妥協しても構わんっちゃけど、貴族や王族が日常的に付けるレベルのもんを作るんやったら、デザインも一流やないと役に立たん」

「お好みに合わなくて付けて頂けなかったら、どうしようもないですもんね」

「そうなんよ。やけん、うちの工房では、魔術の才能は足りんでも、美しいものを作れるセンスのある魔術師は、積極的に採用するようにしたいってサナさんに言っとるとよ。そのために、魔術力を底上げするお香を焚いた部屋が欠かせんと」


 美しいものでなければ、日常的に貴族や王族が付けたがらない。ローズ女王が、ダリア女王の贈った装飾品以外身に付けなかったように、選べるのならば、誰だって自分の好みのものを身に付けたいだろうし、場に合わせて服装に合うものを付け変えたいかもしれない。

 身を守るためだけでなく、身を飾るものとして、魔術具を更に手に取りやすい、日常的に付けやすいデザインにしていく。それをセイリュウ領の売りにしたいのだと、レンは説明してくれた。


「サナちゃんが言うてた、『魔術師の才能は水の入ったプールみたいなもんや』って」


――魔術師の才能は水の入ったプールみたいなもんや。その容量は生まれながらに決まっとるけど、そこから一度にどれだけ水を汲みだせるかの制御力は、訓練によって変わってくる。お前を暗殺者に仕立てようとして母親が失敗したんは、向いてなかったからや


 一言一言を噛み締めるように呟くイサギに、レンがゆっくりと頷く。


「プールの容量は少ないけど、汲み出すのが凄く上手な魔術師やったら、ここで底上げすれば、充分使えるもんを作れるようになるとよ」

「凄いです……そこまで、考えておられるんですね」

「ジュドーくんも、ここやったら、それなりのもんが作れると思うっちゃん。良ければ、学校の後で見習いから来てみんね? 給料は、安めやけど」

「い、いいんですか!? よろしくお願いします!」

「すごい、チャンスを掴んだね!」


 深々と頭を下げるジュドーに、マユリとヨータが飛び跳ねて喜ぶ。それに、部屋で作業をしていた製作者の目が集まって、慌てて二人が静かにするのを、イサギは苦笑して見ていた。


「レンさんは、さすがサナちゃんが惚れた御人や」

「イサギくんの薬草も凄いんやけん、自覚して、俺にいいもん、提供してね」


 コウエン領で魔術具作りの工房で働いていたジュドーには目を付けていたようだが、これは、イサギに貸しを作るためでもあったらしい。


「夫婦で頑張るわ……まだ、結婚してへんけど」


 ジュドーの道も拓けて、ヨータは薬草学の試験を免除されて、マユリは薬草学でいい成績を取れて来年も奨学金で魔術学校に通えそうで、友達がいるのも悪くないとイサギは思い始めていた。

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