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11.幸運を運んでくれるひと

 王都に観劇に行った日には、唇でキスをした。

 ススキフウチョウの成長促進剤を作った夜明けには、膝枕もしてもらった。

 魔術学校の午前の授業が終わってからの昼食休憩に、積極的に自分から話す方ではないが、イサギは今度行くレンの工房見学のこともあったし、ヨータ、マユリ、ジュドーに集まってもらって、いつものように中庭でお弁当を広げていた。

 成績優秀者のマユリ、一度は魔術学校を辞めたが復帰してきた領主の従弟のイサギ、座学は全くだが実践はやたら強いヨータ、コウエン領から魔術学校のためにわざわざ移って来たジュドー。目立つ生徒が集まっている上、領主の許可をもらって講義で発表もするというので、四人は注目されていた。


「レンさんの工房に行く日なんやけど、それほど時間もかからへんから、明日の午後の授業が早く終わるから、その後でええって返事もらったで」

「分かった、店長に明日は遅れるって伝えとく」

「俺、工房の師匠に伝えたら、『チャンスやから、しっかりアピールしてきや!』って応援されたんよ。アピールって、どうしたらいいっちゃろ」

「良い工房なのね。ジュドーはそのままでいいわよ」


 実際に向日葵駝鳥の種が使われているところまでを纏めて、全員のレポートが完成する。それを発表して、魔術薬学の授業に役立てろというのが、サナがイサギの同級生をバイトとして雇っても良いと言ってくれた条件だった。

 薬学の場合は、学校でも菜園は持っているのだが、実際に触れられる薬草の量は少なく、種類も限られている。領主の御屋敷の広い薬草畑で、様々な薬草に触れさせてもらえていたイサギは、学校に通っていなかった約一年間も、無駄ではなかった。


「次はあの敷地に何を植えたんや?」

「ススキフウチョウや」

「あぁ、もうそんな季節か」


 しみじみとするヨータはススキフウチョウの用途を分かっているが、コウエン領から来たジュドーは疑問で首を傾げる。


「ススキフウチョウって、特に収穫して使えるイメージがないっちゃけど」

「秋から冬の間に畑を走り回らせて、土を耕しとくために植えるんや」

「それに、凄いのよ、領主の御屋敷の秋祭り。ジュドーは去年行かなかったんだっけ?」


 毎年、秋祭りでは、領主の御屋敷の前庭が解放されて、食べ物や異国の商品を売る露店が立てられたり、火を囲んでのダンスが行われたりする。セイリュウ領のダンスの見物は、ススキフウチョウの来年の豊穣を祈るダンスなのだ。


「一番うまく踊れたススキフウチョウは、領主様に捧げられるの」

「残りはダンスの火にくべられるんやけどな」

「そんなお祭りがあるとね。去年は、姉が出産やったけん、ちょうど祭りの休みはコウエン領に帰っとったとよ」


 マユリに説明されて、今年は参加したいと意気込むジュドーに、「あのダンスは一度は見ておいた方がいいわ」とマユリも答えていた。

 二人が祭りの話で盛り上がっている間に、ヨータが近寄って来る。


「イサギの婚約者様は……祭りに一緒に行くやろ?」

「どうやろか……サナちゃんが招くかも知れへんけど……そうや、俺がデートに誘ってもええんか!」


 はっと息を飲んで、その事実に気付いたイサギは、エドヴァルドのために新調した着物を思い浮かべた。領主であるサナに賓客として招かれるのならば、正式な着物で行かなければいけないのかもしれないが、祭りは無礼講なところもある。気軽に浴衣を着てもいいかもしれない。

 再会した時点で秋に差し掛かっていたし、婚約が決まったのはその後だったので、夏のための軽装である浴衣は仕立てていないが、今からならまだ祭りに間に合うかもしれない。


「お揃いの浴衣で……めっちゃ色っぽいやろなぁ」

「浴衣で行くんか!? エロイ! 巨乳が浴衣! ポロリも……いやいや、それはまずい」

「ヨータ、お前、イロイロ大丈夫か?」

「イサギ、正直、お前、年上のエロイ婚約者様とどこまで行ってるんや?」


 迫真の勢いで問いかけられて、イサギは目を丸くする。

 どこまでと言われたら、思い付くのは観劇の日のことだ。


「王都まで劇を見に行ったで」

「ソッチのどこまでやなーい! アッチの方や! ほら、アレ!」

「なんや、わけわからんな」


 興奮して体を芋虫のようにくねらせているヨータに、怯えてイサギはジュドーの陰に隠れる。代名詞ばかりで何を言っているのか全く意味が分からないイサギに、苦笑しながらジュドーが言葉を添えた。


「性的な、肉体的な関係が進んだかって、聞きたいみたいやけど」

「ジュドーまで。これだから男って嫌だわ」


 全部聞いていたのか、不潔そうに顔を反らすマユリは、イサギよりも年下なのだから性的なことに関心がないのかもしれないが、イサギはヨータほど露骨で下世話ではないが、一応関心があった。前は口でキスもしていなかったが、関係が進んだことを惚気たい気持ちがないわけではない。

 もじもじと手を組んで、指を揉み合わせながら、小さな声で報告する。


「口と口で、キス、した」

「舌は?」

「舌? キスと舌がどんな関係が?」

「だ、ダメや!? こいつにエロイ年上の婚約者様はもったいない!」

「ほ、他にも、凄いこと、したんやからな!」


 自分にはエドヴァルドはもったいないなどと言われると、イサギも引けなくなってくる。お互いに気持ちは確かめ合ったし、制服のシャツの下、首から下げている小さな巾着袋には約束のカフスボタンも入っている。無意識に胸元を押さえたイサギは、息を吸って堂々と宣言した。


「膝枕してもろた! きゃー! 言うてしもた! 内緒やったのに」


 宣言した後で両手で顔を覆って恥ずかしがるイサギに、ジュドーとヨータが両側から肩を叩いてくる。


「期待した俺が阿呆やったわ」

「イサギくんは、そのままでおってね」

「ど、どういうこと? 膝枕、めっちゃ気持ちよかったで?」


 世の中にはもっと先の未知の深い触れ合いがあることには、イサギも薄々勘付いてはいる。男性同士だし、それが容易ではないということも、エドヴァルドの言葉から感じ取っていた。

 だから、そういうことは結婚してからしかしてはいけないのだと、強く心に誓っていて、なまじ知識があると求めてしまうからと意識的に遮断しているところもあった。それ以前に、イサギがあまりにも性的な知識がなさすぎることを、ジュドーとヨータは心配してくれているようだが、エドヴァルドと問題なく暮らせているので、イサギは気にしていなかった。


「婚約者様の苦労がしのばれるわ」

「イサギくんはそのままでいいとよ。いつか、婚約者さんが、ちゃんと教えてくれると思うし」

「教えて……」


 何も知らなくても、いつかエドヴァルドがイサギを導いてくれる。その日を想像するだけで鼻血が出そうになるイサギに、マユリが微妙な顔をして男子の会話を聞いていたのは視界にも入っていなかった。

 昼の休憩が終わって、午後の授業は薬草学だった。

 授業が始まる前に、教授にイサギ、ヨータ、マユリ、ジュドーの四人が呼び出される。


「レポートの進み具合はどんな感じかな?」

「明日、レン様の工房に行って、収穫したものが実際にどのように使われているのかまでを纏めて、完成させるつもりです」

「それなら、次の薬草学の授業では発表の時間を設けようね」

「よろしくお願いします」

「ヨータくん、レポートの出来が合格点なら、今年の薬草学のテストは免除してもいいよ」

「ほ、ほんまですか!? イサギ、めっちゃ嬉しい! ありがとうな、俺を収穫に誘ってくれて」


 座学が苦手なヨータは、実践演習の成績でなんとか魔術学校に残らせてもらえているようなところがある。教授の方もそれを考慮して、レポートで成績をつけてくれるようだった。


「イサギくんの薬草畑と、薬草処理の噂は聞いているよ。魔術基礎が終わったら、うちのゼミに来ることも、考えておいてくれると嬉しいな」


 初老の穏やかな教授に誘われて、イサギはただ頷くことしかできなかった。

 魔術学校に通っていなかった一年間の経験が、こんなところで評価されるとは考えもしなかった。教授の方からゼミに誘われるなんて、まだ2年生としては異例の扱いだろう。


「俺には薬草学の才能があるって、嘘やなかったんやな……」


――お前は気付いてへんかもしれんけど、お前には薬草学の才能がある。お前の育てた薬草は育ち方が他のと全然違う


 じわじわとわいてくる実感に、イサギは午後の授業が終わると、真っすぐにエドヴァルドの働いている領主の御屋敷の薬草畑に走って行った。息を切らせて来たイサギに、エドヴァルドがススキフウチョウの柵の前まで手を引いてくれる。

 柵の中では、元気にススキフウチョウが走り回っていた。


「こんなに成長しましたよ。成長促進剤、頑張って良かったですね」

「めっちゃ元気やな。今年のお祭りは賑やかになりそうや」


 聞いて欲しいことがたくさんある。

 毎日のように、イサギはエドヴァルドに話しきれないくらいの経験をしていた。


「薬学の教授が、基礎魔術が終わったら、俺にゼミに来ないかって誘ってくれて、それに、お祭りではお揃いの浴衣も着たいし……エドさんが来てから、俺は良いことばかりや。エドさんは俺の幸運の女神や!」

「随分と厳つくてごつい女神様ですね」

「俺にとっては、最高にかっこよくて、美しい女神様なんや! 女神様って呼ばれるの、嫌か?」


 男性のエドヴァルドを誉め言葉として「幸運の女神様」と呼ぶのは、おかしいかもしれないと上目遣いに問いかければ、大らかに微笑まれる。


「光栄ですよ。イサギさんこそ、私は男ですけど、構いませんか?」

「大好きや」


 飛び付いたエドヴァルドは、お日様の匂いがした。

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