第1章 第6話 『王は復活する』
20190729公開
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と或る10歳の女の子の独白(前)
あの日、私は楽しい気持ちで家を出発した。
お父様が珍しく子供を褒めていたから、どんな子たちなんだろう?という事で、会う事を楽しみにしていたのだ。
だが、初めて領主様の4兄弟と顔を合わせた時に心に浮かんだ感情は戸惑いと畏れだった。
その子たちは私と同い年なのに(むしろ誕生日は半年も後だった)、何故かもう大人の様な気がした。
怯えて泣きださないで、ちゃんと挨拶をした当時の自分を褒めて上げたい。
話し始めるとすぐに消えた戸惑いと畏れだったが、それからもふとしたきっかけで何度も思い出した。
多分、大人になっても忘れる事は無いだろう。
現に、今もその時の感情を思い出している。
ディアーク様が披露の儀で黄金に輝くゴムルを召喚した。
平均よりも大きなゴムルは、初めて見る変わった甲冑を身に着けていた。
しかも、殴る動作を自然に熟した事も驚きだったが、ゴムル召喚を出来る人にしか分からないと思うけどもう1つ驚いた事が有った。
それは、後ろを見る事無く長い距離を後ろ向きに歩かせた事だ。ゴムルを振り返らせなくても見えているとしか思えなかった。そんな技術はお父様に聞いた事が無い。
私の予想を超える4人だけど、仕える事に嫌と云う感情は少しも湧かなかった。
むしろ、今まで以上に努力をして、立派に務められる様になる決心をした。
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『恩恵の儀』から5日後、俺たち9人は士官学校に入学した、というか正確に言うとこれから入学の儀が行われて、それが終われば入学となる。
成人前だが、今日から身分が正式に『士位10級』となる。
給料も僅かだが貰える。日本円に換算すると7万円ちょっとだが、その金額は同い年で『工』の子弟、『商』の丁稚になる子供が貰える給料の5倍くらいに当たる。
いや、子弟制度や丁稚制度なんて日本では明治に廃れたんじゃなかったか?
本当に、江戸時代かよ! と突っ込みを入れたい所だが、生活が苦しいからと下手に口減らしをされるよりはマシなのかもしれない。
それはともかく、7万円相当と言えば、『農工商』の平均的な4人家族の半月分の収入くらいだ。
俺たちも関係する様になった『士』という身分だが、カシワール郡では公的な仕事に就いている人間、すなわち公務員の為の身分となる。
領政に関わる文官、軍、警察、消防、教育関係者といったところが該当する。
それぞれの人数はざっと70人、50人、50人、20人、10人となって合計が200人前後と云うところだ。カシワール郡の人口3,000人からすれば6%か7%になる。
まあ、俺の感覚でいけば日本の公務員よりも多い比率なんだが、この構成比と云うのは実は江戸時代の武士の数字に近かったりする。中学の時に習ったから確かな筈だ。
蛇足で俺たちの家族の『士』の位を明かせば、領主たる親父は『士位1級』になる。
領主夫人のサラーシャ母さんが『士位2級』で、実はその他の家族は全員が『士』ではない。
ただ、『士位1級』と『士位2級』間の成人前の子供は『士』に準じる扱いをされる、という慣習が有る。
だから、親父の側室のクローネ母さんと異母妹のミーシャの扱いが俺たち4兄弟と異なってしまう訳だ。
元の話に戻すが、『士』の位で1番人数が多いのは9級になるが、確か月収は17万円相当くらいの筈だ。
で、ここからが凄い格差社会になるのだが、『士位5級』以上は領主夫人を除いて全てゴムル遣いが占める。
そう、ゴムル召喚能力者でない人間はどうあがいても『士位6級』までしかなれない。
まあ、位は低くても基本の給料に付け足される役職給や年齢給(自衛官で言うと号棒みたいなもの)が追加されるので、収入はちゃんと調整されているんだが。
俺たち兄弟が誰もゴムル召喚能力の恩恵を授からなかった場合、どの様な扱いになるか?で微妙な空気になった理由がこの制度から来ている。
で、ゴムル召喚能力を授かって士官学校を出たら、いきなり『士位5級』になる。
給料は号棒込みで20万円くらいだ。
後は位を上げて号棒も上げれば、裕福な家庭を築ける。
俺たち4人は自衛隊でそういう給料体系に慣れているから良いのだが、他の身分の人間には馴染みが無い制度だろう。
もっとも、フソウフルム王朝時代は『士位』だけでなく、王朝が授けていた『官位』が絡んで来るので、もっとややこしかったみたいだ。
カシワール郡がフソウフルム王朝が崩壊した後に、『官位』を廃して『士位』だけにした経緯をティオ・ダン・ジオ副将に教えて貰ったが、結構揉めたみたいだ。
王朝が授けた『官位』の方が上だと抵抗した名家が幾つか有ったそうだ。
まあ、その後、その名家たちはゴムル召喚能力者を1人も出せず、戦乱に対応出来ない家という事で没落して行ったが・・・
そして、今年恩恵を授かった9人の内、家名を持っているのは俺たち兄弟とルイーサ・ナ・ジオの5人だ。
それ以外の4人は家名を持っていない。
その違いは、フソウフルム王朝時代に『士位』か『官位』を持っていたか持っていなかったか、の違いだ。
特例として、『士位5級』になれば、本人の直系の子孫だけが使える家名が新たに与えられる。
うん、立身出世物語の完成だな。
どうでも良い事だが、ゴムル召喚能力を授かった家名の無い4人にとって、7万円相当の給料は大金だろう。
下世話な話だが、彼ら彼女の家族にとって、有り難い副収入と言えるのだろう(どれだけ巻き上げられるかをいつか聞く事も有る気がする・・・)。
「ジオ様、わたし、おかしいところは無いですか?」
支給されたばかりの士官学校の制服を着たミラが、ルイーサ・ナ・ジオことルイルイ(くどい様だが山中士長命名だ)に訊いていた。
恩恵の儀の日に採寸をして超特急で仕立てられた制服は、男女ともに学ランと陸上自衛隊の第1種夏服を混ぜた様なデザインの上下だ。
こっちの世界は、女性だからいつもスカートを着ると云う文化ではない。もんぺの様なズボンを穿く。
勿論スカート自体は有るが、どちらかと言えば祭りや行事の際に結婚前の女性が着る程度だ。穿った見方をすれば、男女の出会いを促す小道具という気がする。
「問題ない。それにすぐに着慣れて来る」
「ありがとうございます! こんないい服、着た事が無いので不安だったんです」
同じ制服を着ていても、元々の育ちと教育が違うので、ルイルイの方が圧倒的に着こなせている。
こういう服装は背筋を伸ばした姿勢でないと、似合わなくなってしまうからな。
しかし、2人が会話をしている光景を見ると、どうしても思い出し笑いが零れそうになる。
原因は、昨夜、山中士長が言った言葉だ。
『どうでも良いですけど、ミラちゃんとルイルイって、アルプスに住む少女に出て来る主人公と、立ったら感動される少女に似てませんか? まあ、どっちがどっちかとまでは言いませんが』
俺たちは一瞬だけ、ポカンとした後で笑ってしまった。
確かに、立ったら感動される少女の髪の毛を短くしたらルイルイに似ている気がしてくるから不思議だ。
「あのー、オラたちも変ではないです、でしょうか?」
山中士長に声を掛けて来たのは、一緒に士官学校に入学する男の子3人の内の1人だった。
緊張のあまり、言葉が変だったが、仕方が無いだろう。
俺たち4人は自衛官としての教育を受けている。その影響は至る所で現れるが、こういう制服を着た時には顕著に出る。
要するに、本物の軍人にしか見えないのだ。
同い年とは思えないくらいに堂々とした態度で、しかも領主の一族なんていうキャラ属性まで付いている。いくら視察で顔見知りと言っても、畏れ多く思うのは当然だ。
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と或る10歳の女の子の独白(後)
「でも、ディアーク様たち4人はさすがですね。見るからに偉い人、という空気が出ています」
そう言って、ミラが小声で言って来た。
確かに、4人兄弟の制服姿は似合っていた。
まるで何年も着ているというくらいに、着こなしている。
姿勢が良いから、という事も有るだろうけど・・・
「私、ゴムル召喚の恩恵を授かった時、本当は嫌だったんです。私みたいな農民の子が貰ってはいけない気がして。でも、昔、ディアーク様に言われた事を披露の場で思い出して、気が変わったんです」
「なんて言われたの?」
「偉いか偉くないかなんて、生まれで決まらない。ましてや家名で決まらない。その人が何を成し遂げたかで決まるんだよ。だから、ミラがお嫁さんになりたいというのは、それはそれで誇れることだよ。ミラならきっと良いお嫁さんになるだろうからね」
嗚呼、生まれ持っての高貴な人間と云うのは、きっとディアーク様の様なお方の事を言うのだろう。
言葉を交わした人間に良い影響を与えるという事が、どれほどの力を発揮するのかを思い知らされた気分だ。
ふと、脈絡もなく、ある言葉が頭に浮かんだ。
フソウフルム王朝末期の有名な恩恵持ちが言った言葉だ。
『王は復活する。更なる発展を齎すだろう。思わぬ加護と恩恵を身に受けて』
私の身体が勝手に身震いをした。
だが、それは寒かったからでも、怖かったからでも無かった・・・・・・・
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お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m
『転生少女のハンターライフ』は週刊、こちらは月刊という感じで更新する予定です(あれ^^;)。
もはや、書く書く詐欺の容疑を疑われるレベルになった気がする・・・ ort