第1章 第1話 『カシワール郡』
20190722公開
100年よりも昔、この大陸を統一していたフソウフルムと呼ばれていた王朝が、後継者をめぐる争いから内紛に至った挙句に崩壊した。
現在では、集落単位で争う地域が大陸の1/3を占めるほどに混迷していた。
その様な泥沼の様な戦乱が続くゴビ大陸の南西部に位置する、大河に沿った平野部の山沿いの地域を治める小さな領主家に4つ子が生まれた。
後にゴビ大陸以外の大陸にも名を轟かせる4兄弟だった。
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一昨日に23歳になったばかりのカズン・ダン・カシワールにとって、その日は人生で最も長く感じる1日となった。妻が夜明け前から産気付いたからだ。
気が付けば、館の廊下に光鉱石を使った明かりが灯される夕方になっていた。
初めての子宝に恵まれたのだが、後継者が誕生する期待よりも心配の方が遥かに大きかった。
自分もお世話になった、500人以上の赤ちゃんを取り上げたと言われる年老いた産婆から、通常では有り得ない程に大きなお腹なので母子ともに危険に晒される可能性が高いと事前に言われていた為だ。
最終的に元気な泣き声が4重奏を奏でた際には、安堵のあまり、跪くだけでは足りないとばかりに、額を床に押し付けて『豊穣の神・スーラ』に感謝の祈りを捧げた程だった。
たっぷりと感謝を捧げた後、大仕事を成し遂げた愛する妻を労う為に産室に改造された部屋のドアをノックしたが、思わず力加減が出来ずに大きな音を上げてしまった。
後々、その事で妻にからかわれる事を、彼はまだ知らない。
一方、半ば意識を飛ばしながらも人生最大の難事業を成し遂げたサラーシャ・ナ・カシワールは、やっと出産した我が子たちを見詰めて、困惑に陥っていた。
理由は、ささやかな違和感というか疑問だった。
何故、この子たちと目が合うのだろう?
また、長い産婆経験を誇るスーナも困惑に包まれていた。
難産の挙句にやっと生まれた4つ子だったが、全員が加護を得た状態で生まれて来たのだ。
加護を得るのは5歳の誕生日、と云うのは大陸共通の常識だ。
それなのに、この赤ちゃん達は加護を得た直後に発する『聖なる輝き』を纏いながら生まれて来た。
異常な事態は更に続いた。
4人目が生れ落ちて泣き出すとしばらくして一斉に泣き止んだばかりでなく、まるで周囲を見ようとするかの様に目をあちらこちらに動かしたのだ。
通常、生まれたばかりの赤ちゃんはほとんど見る力が無い筈だし、周囲の音や動きに反応する訳でもない。それなのに意思を持ったかの様に目を動かす赤子など初めて見た。
気味が悪いと思わなかった理由は、通常よりも小さな身体で生まれた事も有るが、単に4人とも生まれたばかりの赤ちゃんらしからぬ可愛い顔つきだったからかもしれない。
後に、脚色して語られることの多い、4つ子の誕生はこうして成された。
通常よりも遥かに小さな状態で生まれた4つ子は、加護のおかげかスクスクと育っていった。
また、領主のカズンが事あるごとに4人の自慢をする為に、兄弟揃って聡明だと領地の民にも知られていた。
その代わりと言っては何だが、まあ、ちょっと変わった子供たちではあった。
子供らしい遊びをする事は少なかった。
それよりも変な運動をしたり、領内を歩き回ったり、動植物の観察を熱心にしたりと、とにかく子供らしいところが少ない4人だった。
また、変わっていると言えば、異常なほど清潔好きだった。4人にせがまれて水浴びや湯浴みをする為の離れを作った程だ。
食事の前には必ず手洗いをするし、庭で遊んだ後や領内に繰り出した後にも必ず手洗いをした。
また、領民にも手洗いを徹底させるようにカズンにねだったり、領内で発達している神恵鉱石応用技術を使った領民用の安く入れる湯浴み場を作って貰ったりという、異常な言動もする子供たちだった。
それと、家庭教師によれば、勉強も出来るが好奇心も旺盛らしかった。
まあ、好奇心と言っても周辺地域の情報であったり、『加護』の話であったり、『恩恵の神・サーラ』から授かる『恩恵』の話であったり、『熱鉱石』や『光鉱石』や『風鉱石』などの神恵鉱石を使った道具そのものだったり、地竜や飛竜などの騎獣であったり、調味料の話であったりと、手当たり次第と云う様相であった。
少々変わった点は有るが、知的好奇心を満たす事を好み、質問が大人びている事や数字に関する理解度が高い事から、将来有望な人材というのが領内での評価だった。
気になる点として、4つ子の中で早くから長男を頂点とする上下関係が確立している事も報告を受けていた。
また、夜の見回りをした館の使用人によると、偶に夜更かしして話し合いをしている事が有るそうだった。
小さな声で話しをしている為なのか、それとも別の理由かは不明ながらも、内容は聞き取れなかったそうだ。
カズン・ダン・カシワールにとっては優秀な跡継ぎの存在と、それを補佐をする事を厭わない3人の息子の存在は喜ばしい事だが、妻のサラーシャ・ナ・カシワールに2度と子を産めない後遺症が残ってしまった事だけが気掛かりだった。
もっとも、サラーシャ自身はそれほど気にせずに、すくすくと育つ4人を慈しんで育てていた。
むしろ、カズンに自分の親戚から親しい従妹を側室としてあてがい、更に子供を生ませた程だった。
その結果、4つ子誕生から3年後に女の子が生まれた。
今では、サラーシャが主導して8人家族として温かな家庭を築いていた。
その様な幸福に包まれた家庭と違い、カズン・ダン・カシワールが治める領地、カシワール郡は平穏とは程遠い日々だった。
10年以上前から山越えで侵略して来る東のカシバリ郡との紛争に加え、ここ3年は西の大国サカイリョウ国から多額の献上金と神恵鉱石を要求される様になったからだ。
東を南北方向に走るヤマタイト山脈を侵食して流れるヤマタイト川沿いのカシワール郡は農作地としてはそれほど恵まれていない。
ゴビ大陸での主食の穀物の収穫量は、郡全体で1,000大樽前後だ。
ムギルの収穫量だけで考えると1,000人しか養えない計算だが、幸いな事に領内に埋蔵量が豊富で、含有量も高く、しかも複数種の神恵鉱石を算出する優良な鉱山を持っている為、サカイリョウ国から不足するムギルを購入する資金を持っていた。
カシバリ郡の侵略はその鉱山を狙っての事であり、万が一奪われると、カシワール郡は治世が成り立たなくなってしまう。その為、コストが掛かる癖に生産的でない膨大な軍事費が必要となっていた。
だが、鉱山から算出される神恵鉱石を活用する子供たちのアイデアによって更に発展した魔道具産業の良好な収支により、なんとか支えられていた。
そのおかげもあり山がちな領地ながらも3,000人以上の領民が暮らしていた。
3年前から要求される様になったサカイリョウ国への献上金と神恵鉱石だが、こちらは必要経費として割り切れるものだった。
ヤマタイト川以南に広がるサカイリョウ平野のムギルの収穫量は40万大樽を軽く超えている。
その平野を治めているサカイリョウ国は豊かだった。
だが、豊か故にヤマタイト川以北のダイサカ平野を治めるナニワント国に狙われる事になった。
ナニワント国は、元々は4万大樽程度の小国だったが、侵略を繰り返して今では25万大樽の大国に伸し上がった国だ。
ナニワント国がサカイリョウ国を狙う理由に、自国のムギルの収穫量と人口のバランスの悪さが有った。
25万人樽の収穫量に対して人口が33万人だったのだ。
対するサカイリョウ国は40万大樽に人口が30万人。余剰のムギルをナニワント国に輸出する事で莫大な富を得ていた。
周囲を侵略して伸し上がったナニワント国に、豊かなサカイリョウ国を侵略しない、という選択肢は無かった。
大国同士の紛争は、一進一退を繰り返しながら3年間継続されていた。
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