1章 1話 capriccioso ~ きまぐれに
人物紹介
立木ゆたか(たちき ―)
高校2年 169cm
図書委員
小さい頃からのお姫様好きをこじらせた結果、ドールという名の理想のお姫様に囲まれた生活を送るようになった
本人は高身長にスタイルよしと、お姫様というよりは女王様的な容姿であることにコンプレックスを感じている
髪は茶色のセミロング、目は赤よりの茶色。やや仏頂面が多いと言われるが、感情の変化は割りと激しい
悠里に出会って以降、相変わらずあまり自分には自信を持てないが、彼女の一番の友達であろうという意識を強く持っている
紆余曲折を経て、悠里とは恋人という関係に落ち着く
白羽悠里
高校1年 143cm
吹奏楽部。担当はフルート。称号は「吹奏楽部の白銀笛姫」。ゆたかが個人的に付けている称号は「銀笛の魔性歌姫」
オーストリア人のフルート奏者の母を持つハーフで、美しい銀髪と青色の瞳を持つ、小柄なお姫様を絵に描いたような女の子
既にフルートの演奏技術は大会を総なめにするほどだが、それ以外に関しては不器用で、勉強もあまり得意ではない。体育は何もできないレベル
古くから彼女を知る人は、フルートの技術だけを評価して、他のことには目を向けてくれないため、大好きだったはずのフルートにもかなり無気力になっている
ゆたかとの出会いの結果、再びフルートが大好きになって、彼女のためにアニソンを吹くことが増えた
結果的に、今まで知らなかった色々なことを知れるようになったが、アニメにラノベにゲームと、もろにゆたかの影響を受けた知識の広がりっぷりを見せている点については、ゆたかが一方的に心配している
元から大好きだったゆたかと恋人という関係になった
小見川莉沙
高校2年 163cm
陸上部。得意競技は短距離。称号は「陸上部の青い彗星」
ゆたかの小学校からの親友で、数少ないゆたかの友達。ドール趣味も知っていて、かつ理解がある
友達でありながら、ゆたかのことをライバルと見なしていて、体育の授業の度に競い合っている
陸上には本気で取り組んでいるが、他のことにはやや無頓着で、これといった趣味もなく、深い仲の友達もゆたかぐらいしかいない
ただし、最近、交流の増えてきた華夜とは「友達」として先輩としてやや気を遣いながらも、親しくしている
青みがかった黒髪に、黒い瞳で中性的に整った顔立ちに、抜群のスタイルのため、男女問わずモテるが、少なくとも今は恋愛に興味なし
月町華夜
高校3年 155cm
生徒会の監査係。平時の役職は書記。称号は「生徒会の冷血女帝」。本来、生徒会役員に称号はないが、他の生徒からイヤミで付けられた
また、テニス部の部長も兼ねている
監査係として、部活の活躍度を厳しい目で審査し、大抵は渋い評価をしていくため、多くの生徒から煙たがられている
性格としても、自分にも他人にも厳しい完璧主義者で、他の生徒が部活動に邁進していい結果を残してくれるなら、と憎まれ役を買って出ている節がある
厳しすぎる性格から、友達と言える間柄の人物が極端に少なかったが、莉沙やゆたかたちと少しずつ打ち解けてきた
長い黒髪を普段はストレート、部活の際はポニーテールにしている
大千氏未来/小寺かこ
高校1年 146cm
バレーボール部。ただし最近は幽霊気味。退部の危機も近い
小柄で、地毛の茶髪をツーサイドアップにしている。瞳の色は金色に近い茶
何事にも一生懸命だが、やや皮肉屋な面があるリアリスト。あまり無駄な努力はしたくないタイプ
学校ではあまり目立たない方だが、既にプロのナレーション声優として活躍しており、その際の芸名は「小寺かこ」
常葉の「秘密の先生」として、彼女が声優を目指すための稽古をつけている他、彼女の悩み相談を聞いたりと、精神的に彼女を支えている
自分自身の成長は諦めている節があり、既に精神的には老後とは本人の弁
時澤常葉
高校3年 145cm
生徒会長。自称「生徒会の究極女王」
学校ではまるで王子様のような中性的な口調だが、素は女性的な口調
やや赤みがかった黒髪を、腰の流さまで伸ばしており、気分次第で髪型は変えている。瞳は赤色
元子役女優で、現在は声優を目指して未来と個人レッスンを続けている
非常に誇り高く、責任感の強い性格で、未来と華夜以外の人間には決して弱みを見せない
決して折れない心の強さがあるが、傷付かないという訳ではなく、特に未来には溜め込んでいたものをぶつけることが多い
Nearly Angel ~ 二人の時間をいつまでも
1章 夏風が運んだもの
1話 capriccioso ~ きまぐれに
「悠里さん、起きてます?」
「んにゃー、起きてます」
「お、おおっ、これが噂に聞く猫モード……!悠里さんの可愛さとわがままさが垣間見える、非常に破壊力の高いモードだと聞きました!!」
「……だって、テスト期間中はゆたかに会えないんですよ?死にます…………」
「スマホのトークアプリで話せばいいじゃないですか。そのためのスマホですよ!文明の利器は活用しないと宝の持ち腐れというものです!」
「でも、そうするといつまでも話しちゃいそうで……ボクが勉強できないのならともかく、ゆたかの勉強を邪魔しちゃう訳にはいきませんし」
「なるほど……ままならない世の中ですねぇ」
「ままならないです……」
テスト期間中、学校に居残りすることは許されないので、近くの図書館でボク――白羽悠里と、友達の大千氏未来ちゃんは勉強をしていました。
ゆたかとは、ボクの大切な人のこと……ただ、呼び捨てにはしていますが、一年上の先輩であり、一緒にテスト勉強をすることはできません。……優しいゆたかなら、自分の勉強時間を削ってでもボクの勉強を見てくれそうですが、それではいけないのです。
「しかし、暑い上に勉強しなきゃなんて地獄ですよね。ふぅっ……公共施設はどこも節電節電で、そこまで涼しくないのが辛いです……。あっ、いえ、エコは大事ですけどね!はいっ!!」
「未来、別にボク、責めてないですよ」
「なははっ……そうでしたか。けど、こうやって無理にでもテンション上げなきゃやってられませんよ、本当に」
未来は、いつもは割りと落ち着いた感じなんですが、仲のいい常葉さんや、ボクの前だと結構弾けてます。普段、抑えているものが出てきているのかもしれません。
「しかし、申し訳ないですね……。私、あんまり勉強を教えるのは得意ではなくて。なんかもう、自分一人で勉強するのがやっとでして……」
「いえいえ、でも未来が問題を解いている姿を見ているだけで、勉強になります」
「そうですか?そう言ってもらえると気が楽です……悠里さんと一緒に勉強をすると言ったのに、結局私の分だけの勉強が捗っていたー、では罪悪感しかありませんから」
はっきり言うと、未来もあまり勉強が得意な方ではありません。なので、あんまりこの勉強会は有意義ではないのかもしれませんが、少なくとも一人で机に向かうよりはまだマシな気がします。
ボク一人だと、問題集の解説を見ていても、いまひとつ解き方がわからない、っていう状況はありますし。
「ところで未来、常葉とはその後、どうですか?」
「お、おおっ……いきなり常葉さんのことをぶっ込んできますか」
「ボクもゆたかのこと、ちょっと話したじゃないですか」
「……あれ、話す内に入ります?まあ、友達のことを話すぐらい、簡単なものですけど。ボイスドラマ、結論としてはすごく好評でしたよ。あー……すごくっていうのは、軽く盛ってしまったかもしれません。やっぱり、最後まで課題として残っていた、私の声がいまいち萌えないっていうところと、常葉さんの演技が背伸び気味だった、っていうのは突っ込まれちゃったりもしました。……台本のせいにはできませんが、もう少しだけ、私たちが演じやすいキャラクターなら、もっといい感想をもらえたと思います。――とはいえ、それまでできなかったことに挑戦するからこそ、行動を起こす意味がある訳でして。結果として、大満足でしたよ」
「そうですか……!それは本当によかったです。なぜか未来、そのことについて教えてくれませんでしたし」
未来は実はネット上ではナレーターとしてのお仕事をしていて、常葉は声優を目指しています。そこで、二人は自分たちの技量を上げるため、ボイスドラマを製作していて、ボクとゆたかもそれにアドバイスをさせてもらっていました。
そして、無事に完成したデータをもらえたのはいいんですが、それ以降は不思議と音沙汰がなく、実際にネット上に公開してどうだったか、ということは教えてもらっていなかったんです。
「い、いやあ……テスト前なので、雑念になるかな、とも思いましたし。……正直言って、ですね。もっと話題になってもらいたかったのですよ。少なくとも、今の私たちがやれるだけのことはやりました。……力を尽くしたのに、思ったよりもその結果が芳しくなかった場合。まあ、ちょっとは凹むじゃないですか。そういう訳で、ちょっと自分の気持ちに整理をつける時間を必要としていたのでした」
「……そうでしたか。あんまり触れられたくないことに触れてしまったようで、ごめんなさい」
「いえっ……!私としても、そろそろ誰かに言いたい頃合いでしたから。――あっ、ちなみに常葉さんは、それでもすっごい喜んでましたよ。……まあ、ナレーターとしての実績がある私と、初めてネット上に声を公開した常葉さんでは、求めているものに違いがあって然るべき、ですが」
未来はちょっと切なげに笑って、ノートに目線を戻しました。
その姿を見て、ボクはなぜ未来とこんな風に仲良くできているのか。……いや、そう自分から望んでしているのか、ということがわかった気がします。
こう言うのはおこがましいかもしれませんが、ボクと彼女は似ているように感じました。
ボクは、フルートの奏者として、既に世界的な評価を受けています。それだけを見れば、実に華々しい活躍……そう言うことができるのでしょう。
ですが、ボクはただただ、その演奏技術の正確さが褒められるばかりで、なんだかそれは自分の演奏が打ち込み演奏のように、ただ正確なだけのものなのではないか。……正確さは褒めてくれても、ボクの個性というものを評価し、好きだと言ってくれる人はいないのだろうか。……そんな不安と、不満に襲われることが少なくはありませんでした。今だってそうです。
初めは、ただ褒めてもらえるだけでも嬉しかったのに、褒められれば褒められるほど強欲になるもので、“もっと”を求めてしまうんです。……きっと、未来もその“もっと”が欲しかった。でも、もらえなかった。
そして、自然と常葉と自分を比較してしまったんだと思います。
常葉は、あまり芸能界に詳しくないボクでもよく知っているほどの子役女優でした。高校生になった今でこそ引退していますが、現役時代は連日テレビに出ていて、その愛らしさで多くの人を虜にしていました。
ところが、成長してしまい、愛らしさからかけ離れていく容姿を捨て、声優を目指している今の彼女は、多くはない好評の声を素直に喜んでいます。
常葉の方がむしろ、役者としてのプライドは高いはずなのに、声優として自分が評価を受けていることを喜べている。……そんな彼女とのギャップに、未来はショックを受けたんでしょう。
「未来。これは、前にゆたかから聞いたことなんですけど……」
「はい?」
「悔しいって思えるのは、ハングリー精神がある証拠です。……負けることに慣れない限りは、強くなる余地があるんだそうです」
「お、おおっ……なんだか、ゆたか先輩から出てくるのは意外な言葉ですね?」
「そうですよね。でもゆたか、いくら手先が器用と言っても、最初からプロ級の腕前があった訳じゃなく、当初はドールの小さな衣装を縫うのに相当、苦戦していたんですよ。そして、もっと上手い人と比べて、すごくショックを受けて、もう自分がやっている意味はないんじゃないか、って落ち込んじゃって……」
「……今の落ち着きっぷりからすると、信じられないですね。申し訳ないながら、今のゆたか先輩だと『生まれ持っての才能の違いだから仕方がない』って感じで合理化しちゃいそうですが」
「ゆたか自身、今だったらそうなるって言ってました。……でも、今そうなるのは、自分がもうやれるだけのことをやって、たどり着ける一番高いところに来ているつもりがあるから、だそうです。なので、そうやって嘆くのはもうそこで倒れても悔いがない、っていうところまで行ってからにしよう、って。……あっ、別に今の未来が本気じゃなかったとか、そう言うつもりはないんですよ?」
「わかってますよ。ありがとうございます。……でも、そうですか。なんというか、すっごく熱いですね。それ、中学の時に思ったことですよね。当時のゆたか先輩に会ってみたいかも……」
ボクもそう思います。
今でこそゆたかは、すっかり落ち着いて、本当に大人のような貫禄がありますが、誰だって挫折を知って、それでもがんばっていた時代がある訳で……もし、今のボクがその頃のゆたかに会えたのなら、むしろボクの方がお姉さんとして振る舞えるんだろうか……なんて、思いました。……自意識過剰ですかね。
「――さ、休憩も十分できましたし、もうちょっと、がんばりましょう」
「あははっ、悠里さんもすっかり元気になりましたね。さっきまでのだらけて寝てた猫モードはおしまいですか?」
「猫は気まぐれですからねー。というか、ボクは猫じゃありません。忠犬です」
「それは否定しませんけどね。とっても可愛いワンコさんです」
「わふっ、わふっっ……!!」
「わ、わぁっ!?ちょっ、ちょっと、不意打ちで萌えさせるのはやめてくださります!?私、常葉さんの可愛いのには耐性ありますけど、悠里さん耐性は低いですよ!?」
「えへへーっ」
ごめんなさい、未来。いつもはゆたかをこういう感じで戸惑わせるんですが、今日はその代わり、です。
……でも、これはこれで楽しいので、癖になってしまいそうです。
「う、ううっっ……なんだか、悪い顔をしているような……私は善良な一般市民なのですから、お手柔らかにお願いしますよ……?」
「考えておきますっ」
「前向きに!ちゃんと前向きに検討してくださいね!?」