小さな英雄と銀色の少女
話は少しだけ生意気な少年と可愛いらしい少女のほのぼのとした冒険譚です。この短編は、長編作品の始まりの物語とも言うもので、興味がありましたら、そちらもご覧下さい。
カストレイア王国王都にある王宮内の応接間にて、カストレイア国王、フロイセン公爵、リザラス辺境伯らカストレイア王国の貴族・軍部の重鎮らを交えながら、一人の男と少年が対峙するように座っている。
「ではそなたはアーガス帝国に不穏な空気があると、そう考えられておるのだな、アスナス卿」
「十中八九間違いないでしょう。私どもの諜報活動では、先の帝国皇帝が崩御したことで始まった帝国の後継者争いにて、三男だったエリウスが長男のユースリウスを誅殺し、エリウス三世を名乗り皇帝に即位したとの事です」
王以下の面々は驚きを隠せず、次々に質問を投げかける。
「長男であるユースリウスは最大勢力と聞いていたが、本当に敗れたのか?」
「エリウスなる男は、どのような人物なのだ?」
「帝国の戦力は?今対外的に打って出る余裕はあるのか?」
アルナスと呼ばれた男は、矢継ぎ早に繰り出される質問の数々に苦笑いを浮かべて、それに応えようとした時に、その隣にいた少年が大きな欠伸をする。すると男は少年に拳を振り上げて、拳骨を落とす。
「いてっ」
少年は思わず声を上げて頭を抱える。
「このバカもの、他国の王の前で欠伸なんぞするな」
すると男は正面に向き直り、少年の頭を押さえながら、並んで頭を下げる。
「カストレイア国王並びに重鎮の皆々様、誠に申し訳ない。愚息の後学の為とこの場に連れてきましたが、大変お見苦しいところをお見せしました」
国王はコロコロと笑い、
「よいよい、むしろこれだけの面々の前で欠伸をつけるだけ、なんと豪胆な子よ。そう思うだろう、リザラス将軍」
将軍と呼ばれた男も微笑ましいものを見るように、
「確かに鬼神と呼ばれるユーリ殿のご子息であらせられますな。うちの愚息などこの場にいたら震えあがって青くなっておりますぞ」
フロイセン公爵もこれに続き、
「本当に、我が息子も歳の頃こそ、ユーリ殿のご子息と同じような年齢だが、まだまだ子供。このような場に連れて来ようとも思わん」
などと、口々に自身の息子たちの不満の声を上げる。ユーリはむしろ賛辞を贈られることに平身低頭で、
「嫌はや、その挙句が大欠伸でして…」
と困った声を上げる。すると国王が助け船を出すように、
「とはいえ、ご子息にはそろそろ難しい話にもなってくる。差支えなければ、先に客間へ戻って貰ったらどうじゃ」
それを聞いた少年はスクッと立ち上がり、ユーリの拳の範囲外まで移動すると、その場で綺麗な所作で一礼をし、
「カストレイア国王陛下の格別の御温情、誠に痛み入ります。私の如き若輩者には、少々難しきお話にございますので、謹んで客間へ控えさせていただきます、あっご案内は結構です。場所はわかりますので」
少年はそう言って一瞬だけ父ユーリの顔を見てニッと笑みをみせる。ユーリはその顔を見て顔を真っ赤にし少年を睨みつけるが、少年は涼しい顔で、応接間の扉を出て行った。
その後応接間では、世間では鬼神とまで言われ、恐れられるユーリが激しい勢いで謝る声とカラカラと笑いあう王達の声が響いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シン・アルナスは漸く解放されたこの貴重な時間をどう使ってやろうかと王宮の中を歩いていた。時折、衛兵やら侍女やらが王宮内を歩いている少年を不思議そうに眺めていたが、貴族の子息だろうと思ったのか、声をかけるまでには至らない。シンは黒髪・黒い瞳で、この国では珍しい容貌だから、異国の客人の子息だろうとあたりをつけられているのかもしれないなどと、ぼんやり考えていたりもする。
王宮内は少年の足であるくには、とてつもなく広く、シンは所々扉をこそっと開いては中の様子をうかがっていく。大抵の部屋は無人で貴重そうな調度品がならんでいたりするが、シンはそのあたりには興味を示さず、次々に部屋を踏破していく。ただ、部屋自体はあまり変わり映えがなく、退屈なものだったので、今度は、外の様子を見る為に、窓の外を眺めてみる。窓の真下では、練兵場なのだろう、兵士達が日頃の訓練を行っており、シンはまたしても興味を失う。
「外国に来てまで、体なんか鍛えたくないからな」
そう独り言を言うと、庭にでも出てみるかと階段を下りて、中庭に向う。カストレイア王国はシンの暮らすアルナスとは違い、温暖な気候である。庭には色取り取りの花が咲き乱れ、良い香りがする。シンの故郷は北にあり、冬は雪が深い。その分春や夏は色々な色が彩るのだが、ここはそれ以上に華やかだった。
「ミーシャが見たら、喜ぶかな」
シンは妹の顔を思い浮かべ、ほくそ笑む。よし、ここを探検しようと庭の奥まで足を進めていく。奥へ進む道中、手頃な枝を拾い、それをぶんぶん振り回しながら歩いていくと少し開けた場所にたどり着く。そこには中央から水がキラキラと湧き出している噴水があった。シンはその噴水の淵に近づくとその水を望み込む。
「綺麗な水だな…魔道具で作っているのかな?」
シンはその水を掬って、顔を洗う。
「うわっ、つめた」
丁度、冒険で方々を歩いて回っていたので、少しだけ顔が火照っていた。その水はそんな火照りを癒してくれて、少しだけここで休憩しようと考える。風が丁度吹き抜けて、濡れたシンの頬を乾かしながら、ひんやりとした空気を作ってくれる。シンはその場で暫くボーッとしてると、シンが来た反対側から人の気配を感じる。
「やばい、衛兵かな」
とシンは思い、その場で身を屈めて様子をうかがう。そこには銀色の髪を肩のあたりまで伸ばして、銀色の目と顔をキョロキョロとさせている小さな少女が立っていた。少女は少しだけ怯えたか細い声で
「そこに誰かいるの?」
と周囲を伺っている。シンは少女の姿を見て、警戒を解くと少女に話かける。
「わるい、わるい。驚かせるつもりはなかったんだ。ちょっと冒険中で、大人に見つかると面倒臭いから隠れてたんだ」
そう言って両手を広げて、少女の前に現れる。少女は不思議そうに首を傾げて、
「冒険してるの?」
「ああ、王宮内を冒険中。俺はメルトレイル公国のアルナスから来た客人でシン・アルナスって言うんだ。他国の王宮なんて見る機会滅多にないだろう?だから冒険してるんだ」
シンは屈託のない笑顔を少女に向けて、手に持つ小枝をかかげて見せる。少女はそこで初めて笑顔を見せて、
「冒険なんてすごいの。わたし後宮から出たことないから、冒険なんて考えた事なかったの…」
「うん?お前後宮に住んでるの?もしかしてこの国のお姫様?」
シンはそう言って、少女の顔を眺める。さっき見た国王は金髪で碧眼だったので、あんまり似てないなぁなどと考えていると、
「うん、そう。わたしの名前はフィアナ。フィアナ・フォン・カストレイアって言うの」
「ふーん、さっき王様に会ったけど、お前あんまり似てないな?」
フィアナはまたまた小首を傾げて、
「うーん、自分ではよく分からないの。でも侍女のアンナとかはお母様にそっくりっていうの」
「ああ、お前、母親似なのか」
シンはそう言って、納得をすると、少しだけフィアナがむくれた表情で、
「フィアナは、お前じゃないの。フィアナなの」
と抗議をしてくる。シンはバツが悪そうに頭を掻きながら、
「ああ、ごめん、ごめん。でもフィアナって言いにくいんだよな。そうだ、フィーって呼んだらどうだ?」
「フィー?」
「そう、フィー。その方が呼びやすいし、愛称みたいなもんだ。いいだろ?」
「うん、フィーでいいの」
フィアナは思いのほか気に入ったようで、自分でフィー、フィーと連呼している。
「ところでフィーはここで、何をしてるんだ?」
「んー、お散歩?」
「フィー、なんで疑問系なんだ…」
「うんとね、お散歩してたら、あったかい感じがこっちの方からしてたの。それで来てみたらシンがいたの」
シンはいきなり呼び捨てにされた事に少しだけ面を食らったが、何だか一生懸命説明してくれるフィーに思わず笑ってしまう。そしてその後、思いついたようにシンはフィーを冒険に誘う。
「ハハッ、まあそれはいいや。それより俺は冒険を続けるけど、フィーもくるか?」
フィーは悲しげに顔を伏せると、声を小さくしていう。
「外は怖い人がいるの。だから出ちゃダメってみんな言うの」
シンはそれを聞いて事もなさげに、フィーの前に手を差し出して、
「そんなの俺が守ってやるよ。冒険は行ってみたい思う気持ちがあるかどうかだ」
フィーはそれを聞いて目をパチクリさせると、手を胸にやり、意を決して少年に願う。
「フィーも冒険したいの。シン連れてってくれる?」
シンは少女の胸にある手をそっと手を重ねると、
「まかせておけ、大冒険に連れてってやる」
そう言って、ニカッと笑いかけるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シンとフィーは連れだって、なんと城下町を歩いていた。
シンは冒険と言った手前、王城内にいてもしょうがないと思っていた。なら思い切って王都の城下町まで行ってみるかという事で、フィーに聞いてみる。
「フィー、城下に遊びに行ってみるか?」
「お城の外に出るの?」
「ああ、城門の警備次第だけどな。どうだ行ってみたいか?」
「生まれて初めてお城の外に出るの。お母様とも言った事がないの」
フィーは不安半分、好奇心半分の面持ちでそう言う。
「なら決まりだな。フィーは俺が守ってやるから安心して冒険しよう」
「うん、シンよろしくなの」
シンは早速、外に出る算段を付けに、城門近くの木陰で様子を探る。衛兵はいるが、隙をついて抜けられない事は無い、シンはそう思って、フィーにおぶさるように言う。フィーはおんぶをされると、シンの背中が暖かかったのか、なんだか微笑ましく頬ずりしてくる。
「フィー、くすぐったいからそれやめてくれ。それよりしっかりくっついてくれよ。すごく飛ばすからな」
そう言うと、フィーがしっかりしがみ付いたのを確認して、体に魔力を満たして、身体能力を強化する。
シンの自信の表れは、この魔法である。ただの少年にはあるまじき身体強化をする事で、恐らく大人が何人いたところで、シンが苦戦するようなことはない。事実、鬼神と呼ばれる父を除き、身体強化を使った状態で、シンが負ける相手は、領内には既にいなかった。
そうして、衛兵たちが少しだけ目線を逸らしたところで、シンは城門を駆け抜けた。フィーは思いのほか驚かず、シンが人気の無いところまで来てフィーを降ろすと、
「もう着いたの?」
とぼんやりしたことを行っている。以外に肝が据わっているのかもしれない。
そして話は冒頭に戻る。
シンはフィーが怖がらないようにその手をずっと握っている。最初手を放して歩こうとしたら、フィーは怖いと言って、その場に座り込んでしまった。シンがその手を掴むと、怖くなくなるのか、安心した表情になり歩くことができた。シンは、まあはぐれても困ると思い、そのままフィーの手を引きながら城下を歩いている。
さすがはカストレイア王国王都の城下町である。露店には様々な商品がたち並び、飲食店の並ぶ露店では食欲をそそる香ばしい匂いのした肉の焼く匂いに誘われ思わず一本購入し、フィーと一緒に肉を頬張ったり、甘い匂いのする店では、そのクリームとフルーツののった薄い生地で包んだお菓子を並んで食べたりした。
飲食店が立ち並ぶところを抜けたところでは、アクセサリーを売っているところがあり、シンはフィーの銀色の髪に合う髪飾りを見つけて、冒険の記念として買ってあげたりした。
フィーにとってはすべてが新鮮で、不思議に満ちた世界だったらしく、終始楽しげにあれやこれやと話かけてくる。買ってあげた髪飾りも、嬉しそうに大事にその手に持っている。
シンもまた、フィーの楽しそうな姿を見て、冒険に誘って良かったと思っていた。そんな矢先である。そろそろ戻ろうかと城門の方に向けて歩き始めた時に、無粋な声が、二人の前に届く。
「なんやら身なりのいい、坊ちゃん嬢ちゃんが、こんな町にいるじゃねえか。どこぞの貴族の坊ちゃんかい」
典型的な悪党面である。シンにしてみれば、アルナス領にいる剣術や体術の師範代の方が、よっぽど悪党面なので、どうやら凄んでいるらしいが、なんとなく滑稽に見える。フィーが怯えていないかだけ心配すると、フィーはフィーでシンと手を繋いでいるので、全然怖がっておらず、むしろニコニコとした表情を浮かべている。周囲には露店も人もおり、往来の人間は、状況に飲まれて動けずにいる。むしろ可哀想に…と言った哀れみの声を呟くだけで、騒動に係わろうともしない。シンは周りにいる大人が頼りにならない事に溜息をつくと、その悪党面にはっきりとした口調で言う。
「なんだ、おっさん。俺らに用があるのか。はっきり言うがこっちにはないぞ」
「ほう、この後に及んで、豪胆な坊ちゃんだ。大人しく捕まるんだったら、痛い目には合わせないから黙って捕まってくんないかい?特に嬢ちゃんの方は、高く売れそうだ」
「ちっ、奴隷目的か。お前アホだろう。こんな往来で人さらいなんてして」
「この辺りは俺ら一家の縄張りでね。この周りの露店たちは俺ら一家には逆らえないのさ、でどうする。大人し捕まるかい?」
すると、悪党面の男の背後から、一人、二人と小物の悪党面が現れる。男を入れて五人。子供二人を攫うのに大層な数である。シンは、変わらずニコニコしているフィーを見て少し気が抜けるが、気持ちを引き締めて、片手でフィーを抱きかかえると、腰から小刀を引き抜く。その剣は見るからに業物で、その柄の部分にはメルトレイル公国の紋章が、刀身の部分にはアルナス家の家紋が刻まれている。
「おい、阿呆共。殺しはしないが、腕の一本や二本は諦めろ」
シンはそう言うと身体強化を施す。
「ちっガキがいきがりやがって。お前ら取り押さえろ」
そう言って取り押さえに来た一番近い男が捉えたと思った瞬間、シンは既にその背後をとり、その足の腱を両足とも切り伏せる。
「なっ、ガキてめえ、なに…ぎゃああぁ」
続けてシンは喚きたてる男に狙いを定めて、今度は太腿に剣を突き刺す。そしてすぐさま標的を探して一番後ろで矢をつがえている男を見定めるとそこまでを一瞬で移動し、その弦を切ったと同時に返す刀でその手首を切り落とす。その男の隣には、あまりの惨劇に腰を抜かした男がおり、その男は剣の平で殴り飛ばして昏倒させる。
「あとはお前だけだぞ。ほら、かかってこい」
その男は明らかにシンに飲まれているが、最後の気力を振り絞り、腰の剣を引き抜いて切りかかってくる。シンはそれを簡単にいなすと、その剣を持つ手を切り飛ばす。
「ひっひぇええ…」
五人はそれそれ気絶するなり、地面に転がりのたうちまわるなりしている。シンは剣についた血を払うと周囲にいた露店の大人にも悪態をつく。
「あんたらは子供が攫われようとしているのに何やってんだ。大人なら大人らしく、子供を守るのが仕事だろ。そんなんだから、こんな阿呆達につけ上がられるんだ」
そんなシンとフィーを茫然と見守っている露店の人々を尻目に、そろそろ戻らないとやばい時間だと、妙に慌てた気分でシンは駆けだした。
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行きと同じく城門を何とか気付かれずやり過ごし、シンはフィーと出会った噴水の前まで来ていた。ちなみにフィーは今、シンの背中でぐっすりである。ここまでの移動速度を考えると、なかなか寝易い環境ではないと思う。確かに寝ていると気付いてからは、あまり揺れないように静かに移動するように心がけていたが。
「まいったな。起こした方がいいかな」
シンはあまりに気持ち良さそうに寝ているフィーを見て、起こすべきがどうするか思い悩んでいると、フィーが噴水に現れた方向から、一人の女性が現れるのに気が付く。ああ、フィーの母親だ、一目見ただけでそうだと思う。フィーと同じ銀色の髪をし、銀色の瞳をした静かな表情をした女性。女性はシンの姿とフィーの姿を見ると、静かにシンに近づいてくる。
「娘がお世話になってしまったのかしら」
背中で寝ているフィーの穏やかな表情を見て、少し驚いた表情をする。
「この子がこんなにも懐いているなんて…あなたお名前はなんて言うの」
「はじめまして、王妃様。メルストレイル公国アルナス領領主が息子シンと申します。申し訳ありません。フィーあっ嫌、フィアナ王女殿下と過ごさせていただいたおり、殿下がお休みになられまして…」
シンは相手がこの国の王妃であろう事に思い至り、少しバツの悪い思いで、そう弁明する。
「フフフッ、この子がこんな表情で寝ていられる背中なのだから、そんなに心配しなくてもいいわよ。それよりも、ついてきなさい。そのままフィアナを運んでもらいたいの」
王妃は穏やかな表情でそのまま振り返ると出てきたとことへ戻っていく。シンはあわてて王妃の後をついていく。
「あなたはフィアナの事、フィーって言うの?」
王妃は並んで歩くシンを見て、さっきの言い間違えを聞いてくる。
「すいません、私の妹も愛称でつけてあげると喜んでくれたので、つい王女殿下にも愛称をつけてしまいまして」
「あら、フィアナはそれで喜んでいたかしら」
「ええ、それはもう。女の子ってなんでそんな事で喜ぶんだろうって思うくらい喜ぶんですよね」
王妃は愛称をつけてもらって喜ぶフィアナの姿が目に浮かぶようで、微笑ましく感じながら、そんなことを言うシンを少し窘める。
「そんな事を言っては駄目よ。女の子は男の子とは違って、特別な想いがあるんだから」
「はぁ、想いですか…?」
シンは首を傾げながら、それならフィーはその想いがいろんなところにあるんだななどと思っていた。
それから暫くして建物が現れるとそこが後宮の建物だと説明を受ける。そのまま中に運んで頂戴と言われ、シンは建物に入り、王妃の寝室と言われる部屋まで通される。そこには天蓋付きの大きなベットがあり、シンはそこにフィアナをそっと寝かせる。
「シン君…でいいかしら。こちらにいらっしゃい。お茶を入れてあげるから」
シンはできればそのまま帰りたい衝動に駆られたが、相手が王妃という事もあり無下にもできず、そのまま言われた通り席に座る。
「それであなたはフィアナの事をどこまで知っているのかしら?」
王妃は用意したお茶をシンに差し出すと、そのまま自分の分を手元まで持っていき、お茶をすするとそんな質問をしてくる。シンは質問の意図が分からず、
「私が知っているのは彼女が王女殿下でいらっしゃる事くらいなのですが?」
と素直に答える。王妃は不思議な顔をして、
「フィオナの目の事は何か聞いてないの?」
「目の事ですか?銀色の綺麗な目だとは思いますが…?」
何だかお互いの話が噛みあわない。王妃はもしかして、と思い当った事をきいてみる。
「あなたもしかして、あの子が目が見えないのに気付いてないの?」
「えっ?フィーは目が見えないのですか?」
シンはびっくりして、思わず口をあんぐりと開ける。王妃は心底面白かったようで、フフフッと笑い声を漏らす。
「そう、あなたにはフィアナの目が見えないなんて、思いも寄らなかったの」
そう言えば、少し変なところはあった。でもシンがいる事で安心していたのだと思っていたので、あまり気にしなかった。シンは少し気恥ずかしそうに弁明する。
「そう言えば、少しだけ変なところがあるなとは思いましたが。ずっと楽しそうにしていたので、あまり気にならなかったと言うか…。それに俺に触れていると怖いのがなくなるとかなんとか言ってまして…」
「フフフッ…そう。そんなに楽しそうにしていたの。それにしてもあなたに触ると怖いのが無くなるって…?ねえ、シン君少し手を貸してもらえるかしら」
そう言って、シンが差し出した手を王妃は軽く握る。
「ああ、なるほど。だからあの子はそんなにもあなたに懐いていたのね。あなたはきっと、あの子にとっての特別なのね…」
王妃はじっと目を閉じてシンの手を握りしめた後、シンに聞こえないように呟く。そして居住まいを正し、すっとシンの顔を正面に見据えると、深々と腰を折り、
「シン君、これはカストレイア王国の王妃としてではなく、フィアナの母親としてお願いがあります。恐らくあなたはこの国からいなくなるのでしょう。ですが、いつか必ず、またフィアナと会ってあげて下さい。一度だけでもいいのです。必ず会いに来くると約束してください」
シンは王妃の真摯なお願いに面を食らい、なんとなく曖昧な回答をしてしまう。
「今日でフィーとは友達になりましたから、会いにくるのは全然かまいませんが…」
王妃はその返事では満足いかないのか、真摯な表情で続ける。
「約束してくれますか?」
シンは、真摯な表情の王妃を見て、よく分からないが母親として娘に対して、してやりたい特別な事なのだろうと思い、椅子から立ち上がると、胸に手を当ててて、腰を折り、
「お約束しましょう。いつか必ず、フィーに会いにきます」
王妃はフィーを思わせるうれしげな笑みを浮かべて、
「ありがとう、シン君」
と返事を返すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シンはその夜、ユーリにこってり絞られる。客間に戻ると言ったのに、ユーリが客間に行ったときにはまだ戻っておらず、王宮内を冒険していたと素直?に答えたからだ。それでもシンはユーリに説教を受けながら、頭では、銀色の少女と回った町での出来事を思い出し、楽しかったなどと考えていた。
一方、フィアナは目を覚ました時、シンがいない事に軽くびっくりする。そして周りの気配を探ってみると、お母様の暖かい色が感じられる。
「ふぇ、お母様のお部屋なの?」
「あらあらお寝坊さんがようやく起きましたか」
母の優しい声音が聞こえてくる。フィアナにとってこの世で一番安心できる声。あっ、でも今日もう一つ、安心できる場所を見つけた。そう思うと、フィアナは母にどうしても報告したくて堪らなくなり、母に話かける。
「お母様、お母様、フィーね、今日大冒険したの」
「あらあら、もうシン君のつけてくれた愛称を自分でも使ってるのね」
「あれ?お母様、シンの事知ってるの?」
「フフフッ、あなたが疲れて眠っているのをおんぶして連れてきてくれたのよ」
「ふーん、そうなのー。ねえ、お母様聞いて。シンてすごいんだよ。シンってお母様と同じくらい暖かい色をしてるんだぁ。それにね、シンと手を繋いでいるとね、怖いのが全然気にならないの。不思議だよね」
王妃は娘がこんなにもはしゃいで嬉しそうにしているのを初めて見て、微笑みながら、目に涙を溜める。
「それは不思議だけど良かったわね。少しも怖くはなかったのでしょう?」
「うん、ちっとも怖くなかった。また明日もシンと冒険したいなあ」
無邪気な娘の気分を壊すのは少し憚られたが、王妃は優しく事実を告げる。
「シン君、明日にはもうこの国を出発するみたいなの。だから明日は遊べないと思うわ」
「ええ、もう遊べないの…?」
フィアナはその銀色の瞳に涙を溜めるとふさぎ込んでしまう。王妃はそんなフィアナを愛おしそうに優しく抱きしめ、フィアナに教えてあげる。
「今すぐは無理だけど、お母様、シン君とお約束したの。いつか必ずフィオナに会いに来るって。だから大丈夫よ。シン君は必ずフィアナに会いに来るわ」
フィアナは顔を上げて、笑顔の花を咲かせると
「本当に、お母様、ありがとう」
と嬉しそうに、母に抱きついてくる。王妃も娘を抱き返すと
「それじゃあ、今日のフィアナの大冒険を聞かせてもらえるかしら」
「うんっ。うんとね、うんとね…」
その日は母と娘でベットの上で楽しげな冒険のお話が繰り広げられるのだった。
誤字・脱字は無いように気をつけたつもりですが、もし有りましたら、ご指摘下さい。




