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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
9/40

⑨ 叔父さんが何を言いたかったのか分かるような気がした

 ゆっくりと視界がはっきりしてくる。夕暮れの空の下、開け放たれた障子、優しく撫でるようにそよぐ爽やかな風を感じながら、縁側で足をぶらぶらつかせて漫画を読んでいる。

 恐らくこの記憶は父方の祖父のお通夜で、これはきっと叔父との初めての出会いの場だったような気がする。読んでいる漫画が何なのか鮮明でないが、コロコロと変わりゆくモノクロの画像を一生懸命睨んでいるような感覚を得る。そのスピードは速いようで遅く、絵や文字が見えるようで見えない。

 これはきっと夢だ、と入嶋は確信した。しかしその確信とは裏腹に脳は目覚めることをせず、その虚構の世界の住人になることを良しとした。

 不意に気配を感じる。背中から誰かが私の読んでいる漫画を覗くような視線。

「忠くん。何読んでるの?」

 その声は紛れもなく叔父である入嶋博の声であった。やはり私は叔父と出会った時の記憶を夢という場で再上映しているのだ。

 目線は叔父の顔に向いているはずだが、記憶の中の当時の叔父の印象が薄れてしまっているせいか最後に見た少しやつれて老けている叔父の顔がそこにはあった。

「これは妖怪戦士ペッパーだよ。おじさんだあれ」

 自分でそのように言いながら変な感じがした。それは忘れていたはずの思い出を何かがトリガーとなって思い出す時に来るノスタルジア。しかし夢の中なので都合良く会話は澱むことなく続けられた。

「僕はね。君のお父さんの弟の博おじさんだよ」

「ひろしおじさん?おじさんは先生?」

「叔父さんね。忠くんのお父さんとは違って研究者なんだ」

「けんきゅうしゃ?」

「そうだよ。科学者とも言うべきかな」

 老け顔の叔父は優しい笑みをこちらに向けた。気づくと叔父は白衣を身に纏っており、それは強く威厳を感じさせるものだった。

「じゃあ、おじさんは悪者だね」

「ん?どうしてかな?」

 悪意の無いその無邪気なその一言に叔父は訝しげな表情を見せた。それを見ている私はこの続きが見たくないような気がしたが、私は夢の世界を自力で止める術は持っていない。

「かがくの力はしぜんをほろぼすってヒーローが言ってたもん」

「自然を滅ぼす、か。一理あるかな」

「しちり?でもおじさんも気をつけないとヒーローのちょう必さつわざでたおされちゃうよ」

「そんなことは起こらない。そもそも忠くんの暮らしは科学の発達によってずいぶん便利になったんだ。それを悪者扱いするのはあんまりじゃないか」

 叔父さんは年齢を厭わずに自分の論を振りかざす人だった。夢の中であってもその叔父さんらしさが反映されていて安心する。しかし本当にこのような会話をしていたのだろうか。

「でもでも心のびょーきはかがくじゃなおせないってヒーローは言ってるんだ」

「それは、うん、そのその通りかもね」

 私という子どもの無邪気な返答に納得していないが、子ども相手にこれ以上説き伏せるのはやめにしようとしたような、どこか深い所での諦めを感じさせるような顔でそう言った。この時大人は子供と違ってわかりにくい顔をするもんだなとぼんやりと感じていたように思う。

「僕はね、長い間ずっと微生物の研究をしているんだ」

 当然目の前の視界が変わり、今度は見上げていた叔父を同じ目線で見つめ合うようになっていた。

 これはきっと何かの食事会で、恐らく珍しく酒に酔った叔父さんが身の上の話を私にしている状況の再上映なのだろう。感じるはずのない宴会特有のアルコールとたばこと揚げ物の混じり合ったツンとして湿っぽい空気が鼻に纏わりつくような気がする。

「人間の目でも見えるかどうかわからないようなこの一つ一つの小さな小さな生物たちは自分がどうすれば生きていけるのかを理解しているんだ」

「宇宙からすれば私たち人間もこの生物たちと変わらないぐらい小さな存在なんだ。その点では微生物も私たちも似ているかもしれない」

 寡黙で他人との交流をあまり好まない叔父さんが唯一饒舌になっていたこの場面は、その語りの内容が全て再現できるほど私の記憶に印象付けられていたのだろう。

 叔父さんはグラスに手を付け、残った何かの液体をぐっと飲みほした。そしておしぼりで口を拭うとまた話の続きをした。

「でもね、人間たちはなんで自分が生きているのか悩み始めてしまったんだ。心がびょーきになってしまったんだよ」

「それ治せるのは科学じゃなくて、きっと妖怪戦士ペッパーのような優しい心を持った人なのかもね」

 また忘れていたいたはずのヒーローが現れたが、今度は何故か心が強く揺さぶられるような感覚を得た。この二つの記憶が、叔父さんとの数少ない思い出が、ちぐはぐな夢の中でリンクする。

 叔父さんが何を言いたかったのか分かるような気がした。

 その時、入嶋の意識が戻った。入嶋の目が、意識が、それを単なる夢であったということを理解した。そしてこの現実を実感する。そこは優しい光に包まれた無機質な部屋であった。

 柔らかいものに体が沈むようにして支えられていることに気付く、どうやらベッドの上にいるらしい。

「目が覚めたようですね。気分はいかがですか、入嶋さん」

 突然少し棒読みのような言葉が耳に入ってくる。声のする方へ顔を向けると、そこにはナースのような恰好をした黒人女性が優しい笑みを綻ばせながら座っていた。

(筆者のひとこと)

夢を見ているって理解しながら夢を見ている時ってありますよね。夢を見ているというよりは夢を見ていたの方が正しいのかもしれませんが、とにかくひたすら違和感を抱きながらその世界で何かをしている感覚。それと同じようなものを入嶋は体感していると考えてもらえればと思います(マジメか。)


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