⑦ 「そのまさかだ」
入嶋は混乱していた。
突然現れたゲイルと名乗る安谷さんに瓜二つの白衣の男が目の前に居て、その男が言うにはあの安谷さんはモデルだという事だ。つまりはどういうことだ。
様々な疑問が浮かんでは未解決のまま積り始め、頭の中に疑問の山が出来上がる。その疑問の山で私は遭難中だ。
「随分と混乱しているようだね、入嶋くん。さて簡単に説明するとしよう」
腕を組んで教授のような態度でゲイルは話し始めた。
「結論から言うと入嶋くんの思う安谷さんという人間は残念ながらアンドロイドだ。ちょうど私の周りに居るこの不愛想な六人組と同じ人造人間だ」
安谷さんをモノ扱いするようなその発言に入嶋は愕然とした。そして後から来る憤怒、体温がほのかに熱くなるのを感じた。
「言い方が悪かったかもしれないな」とゲイルは入嶋の態度を見て少し改める。「私共の環境、すなわちこの島ではアンドロイドとの共存が日常なのだ。あまり気を悪くしないでくれ、むしろ私たち人間とアンドロイドを同等に扱う方が気に障るがね」
反対にゲイルの方が鋭い目付きになり、不敵な笑いを入嶋に向けた。それはまるで郷に入っては郷に従えと言わんばかりの態度であった。その威厳と不気味さに入嶋は思わずたじろぐ。
「ヤスタニは私をモデルにした高性能のアンドロイドだ。ヤスタニを日本に送り込んだのは二つの目的がある。一つは君のデータを手にいれるため、もう一つは君をここに送るためだ」
「そこまでして俺を攫う必要はなんなんだ」
ゲイルは至極当然のように語っていたが、入嶋にはその一つ一つが理解できなかった。
特に目立つような実績は無く、零細出版社のお荷物社員になりかけていた自分を計画的に攫う理由が見えなかった。それは単純になぜ自分なのかという疑問から来ている。
「入嶋くん、君の叔父が行方不明なのはご存知かな?」
明らかにからかうような態度でゲイルは入嶋にそう語りかけた。入嶋はこの発言が真相に関わっているということを直感で感じ取る。
「叔父はもうこの世にはいないはずだ」
入嶋の叔父である入嶋博は微生物学の研究者であった。極めて内向的な性格の為に親しい友人はおらず、兄弟であるはずの入嶋の父とも疎遠であった。そして博は入嶋が小学校の頃に海難事後で消息を絶っており、遺体は今現在も見つかっていない。
「彼は亡くなってはいない。我々が引きぬいたのだ」
思わず「えっ」と声を漏らす。叔父が亡くなっていないという事実。そしてその事実が自分にどう関与するのか。再び頭の中が様々な考えでごちゃごちゃになる。しかしそれでも入嶋はゲイルの言葉を聞き逃さまいと努力する。取材を通じて手に入れた入嶋なりのテクニックの一つである。
「我々は彼の研究に非常に興味があってね。実は秘密裏に彼と連絡を取っていて、彼の承諾を得た上で海難事故に見せかけてこの島に招待したのだ」
叔父の存命に少しばかり喜びを感じたが、その確証がない分嘘をついている可能性があった。入嶋はゲイルの言葉が真であるかどうか揺さぶりをかけることにした。
「しかし、どうやって連絡を取り合ったんだ?電子記録は人が消えても残るはずだ」
「その通り。その答えは電子記録を用いない手段を実行しただけだ。伝書鳩のような古典的な方法を用いれば済む話だ。人間そっくりなアンドロイドを作り上げられる私たちにとって、動物を模したアンドロイドを作ることなど造作もない」
「そうか、だったら私の失踪はどうだ?正真正銘の誘拐だ。あんたが送った手紙だって日本に残っている」
「その答えは既にわかっているんじゃないか、入嶋くん」
またゲイルは不敵ににやりと笑う。こうやって会話をしている間中ずっと両脇に居るアンドロイド達は微動だにせず、それがゲイルの笑みをさらに不気味なものにする。
「その為のヤスタニだ。君の周辺を調べ上げた挙句の手段だ。少々手荒かったかもしれないがロストワールドの事を少しも知らない上にひとつも信じない君には誘拐以外の手段が無かったのだ」
「確かにロストワールドのことはまだ納得していない。でも俺が居なくなったことを海難事故にするのは不可能だ。どうするつもりなんだ」
「だからその為のヤスタニだ」
「どういうことだ?」
「何の為に君の周辺を調べ上げたのか。ヒントをあげるとしよう、その君の周辺には君自身のデータも含まれている」
「まさか」
「そのまさかだ」
「俺そっくりのアンドロイドがあるのか…」
「ご名答。私が観込んだ通りそこらの記者にするには勿体ない分析力と判断力だ」
言葉にしなかったがこの白衣の男は正気じゃないと強く感じた。まさに狂気だ。ひとつの目的を達成するために用意周到な上に手段を選ばない。
「入嶋くん、君そっくりのアンドロイドは君と入れ替わりで活動を始めている。もちろん私そっくりのアンドロイドであるヤスタニもね。オリジナルの入嶋くんが居なくなったことは誰も気づかない。たとえ家族や君の友人であってもだ」
「完全犯罪が成立したってわけか。もう逃げられないみたいだな」
「引き際の見極めの良さに満足だ。改めて歓迎するよ、入嶋くん。ようこそロストワールドへ!」
喜ぶべきなんだろうが喜べない。ゲイルの明るい声が虚しく宙を抜けていく。それでも彼は満足そうな顔をする。
「とにかく手段は理解したが肝心の目的がまだわからない。叔父さんの何がどうして俺をここに送ったんだ」
「会話を楽しもうとしない姿勢にはとても残念だがまあ良しとしよう。君をここに招待したのは君がZOMBIERの重要なキーを担っているからだ」
「この俺が…?」
重要なキーを担っている?そんな突拍子もない事を言われて誰が信じるというのか。しかしこの目の前で起きている事実を考えるに、きっと叔父を含めて自分が何らかの形で必要なのであろう。いや、ちょっと待てよ。ゾンビアってなんだ?
この時研究者でも何でもない一般人である入嶋がこの島の未来を、そして世界の命運を変えてしまうことなど無口な静物であるアンドロイドたちにわかるはずがなかった。
(筆者のひとこと)
入嶋のキャラクターがこの章でおかしくなっていたので修正しました。私の思う入嶋のキャラクターは冷静なのです。決して我がを忘れて怒り狂うなんてことは無いのです。