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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
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④ いや、それどころではない

 入嶋を拘束拉致したグループはそのまま彼を車で港まで運んで一般的な貨物船の中にカモフラージュして押し込んだ。そしてその貨物船は国境線の監視の目をかいくぐることが出来る特殊なルートを経て、とある東南アジアの島国の廃魚港に寄港した。そこからさらに入嶋は貨物から潜水艦へと移される。

 潜水艦はぐおんぐおんと勢い良く水の中を進んで行く。船内では入嶋が気を失ったまま椅子に座らされている。手足を縛られていないことから彼を招待客として扱う意思が伺える。

 迷うことなく進み続ける潜水艦の中で入嶋はゆっくりと目を覚ます。揺るぎないリズムで呼吸をしていることを確認し、心臓がやや早くはあるものの正しく鼓動を打っていることに安心する。

 ここはどこだろう。

 ずいぶんと長い悪い夢を見た心地がする。

 恐らく強引に眠らされていたに違いない。

 入嶋はあのエレベーター内で煙を吸い込んでからの記憶がまるで無いことに気付き、即座に頭の中で自身が置かれている状況を理解しようとする。

 それと同時に入嶋は全身がぐったりしているのを感じる。

 これはあの煙のせいだろうか。

 ただふわふわとして不快な感覚が包む。

 納品に追われ、会社に三日連続寝泊りした後に訪れる朝の気怠さを思い出す。

 そして先ほどから気に留めてはいたが、それが現実かどうか断言できない事実をようやく認めることにした。

 私は誘拐されたのだ。

 その事実を受け入れているにも関わらず冷静でいる私を恐ろしく思う。きっと私の一挙一動を確認した後にテレビ局のクルーがカメラを持って現れ、「どっきりです!」なんて言ってくれるとどこか期待しているためだろうか。もしそうならば、この冷静さに企画は失敗だろう。今の私は世間に放送できるような愉快な表情をしていない。

 いや、そもそもなぜ私をそういった企画の被験者に選んだのだろうか。被験者に選ぶなら安谷さんの方がいいに決まっている。長年付き添った私が言うのだから間違いない。そういえば安谷さんは大丈夫だろうか。

 自分ではなく他人の身を案じたその時、入嶋は人の気配を感じた。

「ミスター入嶋、目が覚めたようで」

 急に名前を呼ばれてぎくりとする。まるで悪いことをしようとした子供がいきなり親に名前を呼ばれた時のようだ。しかしその声はどこか懐かしく落ち着いたものであった。とても誘拐するような人間の出すような声ではない。むしろ誘拐された親族の関係者が何かを毅然とした態度で訴えかける時のものであると思った。

 ところで私のこの失踪について誰か気付いてくれるのだろうか。ふらふらと取材やらの度に家を空けることが多いため、誰かに気付いてもらう可能性は限りなく低いんじゃないだろうか。

「これからこの船はロシアへと向かいます。少々海の機嫌がよくないようですので、お気をつけくださいませ」とその声の主はそう続けた。

 先程から気になっていたこの不思議な浮遊感の正体が分かった。なるほど私は船内にいて、この船はロシアに向かっているのか。

 そうかそうか。久しぶりの海外出張という訳だ。

 いや、まてよ。パスポート不携帯だ。これでは入国審査を通れないではないか。

 入国審査は何故あんなにも緊張するものなのだろうか。これは帰国の際も同じことで、万が一何かの不備で呼び止められて、警備員に挟まれて別室へ連れていかれるのではと毎回並びながら空想して怯えている。

 いや、それどころではない。これは冗談ではない。

 確かに私はこの耳で「船にいること」と「ロシアに向かっていること」を把握した。ロシアだって?会社に向かう途中にこんなことがあっていいものか。

 やはりこれは悪い夢の中ではないのか。だったらどうにか理解できそうだ。きっとそのうち目が覚めていつもの日常が始まる。そうでないと本当に困る。

 入嶋はこの状況に対して怒りの感情を持つことよりも、この現状が単なる夢で巧妙な嘘であることを信じることに積極的になった。

「これは夢でも冗談でもありませんよ、ミスター入嶋」

 しかしその願いも叶わず、急にそのような声が耳に届いた。それはどこか優しい声で、不安な気持ちを落ち着かせてくれるような感じがあったが、内容が内容なだけに戦慄する。

 いや、おかしいぞ。なぜこの声の主はこの暗闇で私の意識が覚めていることに気付いたのだろうか。その上、私の思考を読み取っているとしか思えないような発言をしてくるではないか。その謎に気付いてから、声の主に対する得も言われぬ不信感だけがどんどん募っていく。

 そしてこの船内(暗闇のため船内であるかどうかはまだ確信していない)で感じる人の気配は私と声の主である彼だけである。

 つまり安谷さんはここにいない。それは私がこのような状況にいること以上に私を心配させた。

それからどのくらいの時間が経ったのだろう。私はこれから起こりうるすべての可能性について思案し、そのくだらなさに苦笑する。こんな三十を超えた独身男性を誘拐したところでお金にはならないはずだ。それに臓器を売買するものならもっと若い人間を攫う方が臓器提供を受ける側にとってもありがたいだろう。それ以上の自分の予想を超えた目的があって私を誘拐したに違いない。

 だが、その目的というものが全く見当たらない。それはそれで怖いことに間違いないが、命を奪われる可能性がかなり低いだろう断言できそうだ。

「もうすぐで到着となります。ロシアは東、樺太でございます。こちらに上陸したのち目的地へと向かいます」

 脳内での思考を遮るように新たな情報が頭の中に入ってくる。

 私が到着するのは樺太か。聞き覚えはあるが、当然上陸したことはない。ましてや何がそこに存在するのかも全く分からない。

 しかしそこまで日本から離れていないことに対して不思議な安心感を覚えた。それでも忘れてならないのは依然として周りは真っ暗であることである。

 つまり彼の言っている言葉に確証はない。

 むしろ安心させるためにあえて言っているのかもしれない。その可能性だけは否定せずにいる必要がありそうだ。相手は誘拐犯、あくまでも冷静に。

 するとふふふという笑い声と共にその声の主は「あなたは選ばれただけありますね。ミスター入嶋」と言った。

 急な笑い声にまた戦慄したが、そこまで不快ではない笑い方であると感じた。

 しかしまた私の疑いを読みとられてしまったのだろうか。もしそうであるならば予想通り、この船は樺太でないどこかに向かっているはずだ。

 それならばどこへ?

 まさか。

「その通りでございます。こちら“ロストワールド直行便”でございます」

(筆者のひとこと)

改稿前では少し憧憬描写が足りてないように感じましたが、海の中でさらに船内は暗闇となると何も思いつきませんね。この4話では入嶋と読者が行き先の分からない不安な感じを持ったままストーリーが展開される個人的に重要な回であったりします。

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