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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
38/40

㊳「まだ諦めてない」

 弾き飛ばされたダリアは壁に強く叩きつけられて、放置された人形のようにぐったりとしていた。一部始終はこのカメラが抑えたはずだ。繰り広げられた会話も、戦闘も、勇敢な女性の死も。入嶋は完全な傍観者としてこの戦況を眺めている。それはまるで映画を撮る映画監督であった。

 ゆっくりとこの戦況をカメラで収めていると、アレクセイの方で動きがあった。なんとアレクセイ自身がゾンビアの背中に登って、戦いに参加する意思を見せた。そして最後のゾンビアはジグザグに動き、ケインの小隊から放たれる銃弾を避けながら動き続けていた。

「何が起きているんだ」

 そう呟かずに言われなかった。何故ならアレクセイを乗せたゾンビアは小隊と一定の距離を保ちながら銃撃戦に応じていたからだ。弾切れを目的にしているのか。とにかくこの不自然な戦闘から目が離せないことは確かであった。

 アレクセイの目的が理解出来た時、その執念と才能に愕然とした。アレクセイはゾンビアの動きに合わせて標準を構えて、ケインの小隊のアンドロイドを次々と撃ち抜いている。あんな不安定な場所から寸分狂わずに撃ち抜くなんて人間業ではない。

 ケインの小隊は不利な状況にあると悟ると博の方にいるアンドロイドに援護を求めた。今度は二方向からの銃弾を受けながらの戦闘になっているがアレクセイは物怖じせずにアンドロイドを打ち抜き続ける。数弾は躱しきれずに受けるが、多少の銃弾を受けたぐらいではゾンビアは倒れない。そしてすぐさま回復する。

 この有利に見える方が不利な状況にいるという不思議な戦闘を眺めながら入嶋は自分に何か出来ることがあるんじゃないかと感じ始めていた。必死に銃弾を放つアンドロイドたちは次々に倒されていく。ケインや叔父さんがその狙われるのも時間の問題かもしれない。

 このまま撮り続けて何が起きる。アレクセイの勝利でゾンビアは島外に出ていく。そして未知数ではあるが世界は新たな兵器の登場に混乱する。あの生物兵器を巡って世界が疑心暗鬼に包まれていく。そんな未来があってはならない。

 しかしどうすれば。どうすればいいのか。今この瞬間にもアンドロイドたちは撃ち抜かれて無念にも倒れていく。自分には武器はない。あっても使いこなせるはずがない。ただこの戦況を見続けるというもどかしさ。そして何か出来るかもしれないのに、何が出来るのか思いつかない焦燥感に駆られて全身から汗が滲み出す。頬に流れる汗を拭った時、手の甲があるモノに触れた。これだ。



 急に頭の中に声が入って来る。アンドロイドたちからの声では無い、人間からの声だ。そしてその声には聞き覚えがあった。これは忠さんの声だ。

『アレクセイ!俺は背後に居るぞ!』

 この部屋に居る全員が突然脳に響く声に意識を向けた。

『叔父さんから受け取った一発!食らいやがれ!』

 その声に反応するようにアレクセイを乗せたゾンビアは背後を振り向く。しかしそこには誰も居ない。虚を突かれたと気付いた瞬間、残りのアンドロイド達はゾンビアの両足にありったけの銃弾を打ち込んだ。

「どこだ!入嶋ァ!」

 敵に背中を見せたことに危機を感じたアレクセイはゾンビアから飛び降りて、ゾンビアを盾に周囲の情報を把握して状況を判断しようとした。

 博はこれを好機と捉えて従えて、全てのアンドロイド達に注射器を渡して接近するように命令した。足を破壊されたゾンビアは身動きが取れず苦しそうな呻き声を上げる。その咆哮に恐れることなくアンドロイド達は距離を近づけながら注射器を構える。

 もう少しで射程範囲内という所でゾンビアの陰に隠れていたアレクセイが顔と銃口を覗かせて、驚くほどの正確さで近づくアンドロイド達を殲滅した。ケインはこの突撃の成功を祈ったが、次々に撃ち抜かれては倒れていくアンドロイド達を見て悟った。

『入嶋、残念だったな』

 アレクセイは煙の立ち昇る銃口を上方に向けて冷徹な目線をケインの方へ向けた。ゾンビアの足は既に膨らんでは縮み、回復を始めていた。

『テレパシーを逆手に取って気を引こうと考えていたようだが、それも失敗に終わったようだな』

 博にもこの勝ち誇るようなアレクセイの声が頭に響き、さっきの攻撃で仕留めきれなかったことに悔しさを覚える。

『出て来い。お前には何も出来やしない』

 入嶋はこのとっさの思い付きが失敗に終わったことを理解した。そして訪れる絶望感。視界がぼやけて、頭がくらくらとする。ケインから貰った思考が漏れないように制御するメガネを掛けなおしたが、視界に変化は無かった。

『最後まで隠れているといい。そうして二人が死んでいくのを眺めているといい』

 アレクセイは再びゾンビアに乗り直して、ケインを護衛するアンドロイド達への攻撃を再開した。アンドロイド達も必死の抗戦を見せるが、圧倒的な力の差になすべく無く次々に倒されてやがてケインの前には死屍累々としたアンドロイドの残骸が残った。

「さあケイン。次はどうする」

 ゾンビアに乗った状態でアレクセイは銃口をケインに向けて問い詰める。

「まだ望みはある」

 ケインは震える手で拳銃を構えてアレクセイに向けた。

 そして銃声。

 アレクセイの頬に赤いひと筋の線が出来てはそこから鮮やかな血が溢れる。

「貴様」

 アレクセイは銃声の起きた方を睨む。そこには不格好な姿で銃を構える入嶋の姿があった。

 先程の銃撃戦の間に入嶋は死角から飛び出し、再起不能のアンドロイドが残した銃を拾い上げてアレクセイに標準を合わせていた。出鱈目に撃った一発がアレクセイの頬をかすめた。

「まだ諦めてない」

 震えるような声で入嶋はそう言ってまた銃口をアレクセイに向けて躊躇なく放つ。ゾンビアは大きく後ろに飛びのいてアレクセイと共に後退する。ケイン、博、入嶋の三人から最も離れた方まで下がる。

「人間じゃあどうしようも出来ないとわかって立ち向かうその愚かさをお前らは理解しているのか?」

 アレクセイは呆れたように大声で怒鳴る。

「結局強きものが正義だ。私が勝てば私の正義が正しかったと証明される。死んでいく貴様らの正義など元から存在しなかったことになる。私は私の正しさを信じている。だからそれを犯すようなヤツには死を与えるのみだ」

「それが答えか」

 博がいきなりいきり立って言った。

「死んだ者は生き返ることは無い。しかしそこにあった信念は受け継がれていく。お前の掲げた正義が塗り替えられるその日まで信念は消えることなく燃え続ける。お前の正義は正義ではない。ただ一時的にそれに口を出す者が居なくなっただけで、それが本質的に間違っていることは変わらないんだ」

「老いぼれが今更口を出すな!研究データに鍵を掛けて逃げた弱虫が正義を語るな!」

「博先生を悪く言うんじゃない!」

 ケインが我慢できなくなって感情を剥き出しにした。

「博先生はトーマスの過ちにいち早く気付いて行動を起こした。そしてその過ちを正すには数が足りないから賛同者を集めるためにその行動を私たちに託した。その結果がこれだ。こっちにはまだ三人残っている。これが僕たちの正しさだ!」

「無能が三人集まったって仕方ないだろ。どうなんだ、ミスター忠?」

「俺は」

 入嶋は少し言いよどんで口を閉じる。そしてごくりと空気を飲み込む。

「俺はケインたちの味方だ」

 アレクセイは期待外れの解答に嘲笑してケインに向けていた銃口を下げた。

「わかった。私は間違っていた」

 緊張が走る。アレクセイは何を理解し、そして間違ったと気付いたのか。

「正しさを語り合うこと自体が間違っていたんだ!」

 ゾンビアは近くに横たわるアンドロイドの残骸を素早く掴んで博と入嶋の方に放り投げた。三人は不意を突かれる形になり、焦って銃を放ったが、この距離では弾が当たるはずもなかった。博と入嶋は投げられたアンドロイドの残骸に押し倒されて、ケインとアレクセイが対峙する最悪の状況に陥ってしまった。

(筆者のひとこと)

やっと入嶋が戦闘に参加しましたね。そのきっかけを作ったテレパシーの話は序盤に何も考えずに書ききった設定のひとつでした。最後の最後で回収です。伊坂幸太郎のような安心できる回収率を目指します。

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