㊲生み出すのは大変だが、壊すのは簡単だ。
アレクセイは眉を顰める。何故だ。何故お前がここに居る。入口には致命傷を与えたはずのサラが居た。
「わざわざ世界が変わる瞬間を間近で見ようとするとは感心するね」
「ええ。とても光栄よ」
今の発言が自分に向けられていることを十分理解してサラは返事した。
「しかしこの状況をどうするつもりだ?」
「もちろんゾンビアを破壊して、貴様を打つ」
「レディらしくない物言いだな。それじゃあ男は寄り付かない」
「軽口叩くのもそこまでよ」
サラは小型の注射器を頭上に掲げた。そして勝ち誇ったような表情でアレクセイを睨む。
「何だそれは?」
アレクセイはその注射器に入った液体に訝しげに見つめる。
「ゾンビアの再生細胞を破壊するウイルスよ」
ハッタリだ。
「そうかそれは恐ろしいな」
そう真面目腐って言った後、堰を切ったように笑った。恐ろしく陳腐だ。これが合衆国の著名な組織の捜査官か。笑わせてくれる。アレクセイは笑い過ぎて乱れた呼吸を整え始める。
「この短時間でそんなモノを作ってしまうとは驚いた。是非ともこの島の研究員になってもらいたい」
「これがブラフだと思っているようね」
「何を?」
こいつは何を言いだすつもりか。
「あなたの言葉を借りるなら、『残念だ』ね」
何故そんなに強気でいられるのか。しかしこの時確かにサラの声真似がアレクセイの冷静さを欠かす致命的なひと言であったことは間違いなかった。
「これは本物だ」
老けた声がサラの背後から聞こえる。するとゆったりとした足取りで小柄な老いた白衣がアンドロイドの陰から現れた。
「まさか」
これは一体どういうことだ。再生細胞の完成に尽力した後に失踪した入嶋博研究員がそこに居るだと。となるとアレはもしかすると。
「その通りだ。ケイン!命令せよ!」
ただ繰り広げられる舌戦に唖然としていたケインはその声にスイッチが入り、残った武装アンドロイドたちに目前のゾンビアへの集中砲火を命令した。先手を取られたアレクセイは最前線のゾンビア向けての命令も虚しく、そのゾンビアはまたしても肉塊となる。
「やめるんだ!」
アレクセイは我を失ったように声を張り上げたが、サラはそれを聞き入れることなく注射器の針を目前のゾンビアに飛ばす。針は確かにゾンビアに命中し、ウイルスが注入されたゾンビアは膨らみ縮みながら元の形に戻ろうとしたがやがてその速度は失われ、不完全な形で動きを完全に止めてしまった。
「やったぞ」
ケインはゾンビアを再起不能に出来た事実に深く喜びを感じ、この絶望的な状況から希望を見出すことが出来た。
「許せない」
血管という血管に流れる血の速さが凄まじいことになっているのを感じる。身体の底から憎しみが立ち昇る。何てことをしてくれたんだ。最前線のゾンビアは作りかけの粘土細工のような情けない姿で行動を停止している。生み出すのは大変だが、壊すのは簡単だ。それをわかっている人間がどうしてこんなことを。
「許せない」
まずはあのくだらない注射器を持った負け犬からだ。残りの男どもはあの注射器を壊してからどうにでもしてやる。
アレクセイは二体のゾンビアに命令を与える。するとゾンビアは殺された味方への復讐心を滾らせた兵士のような動きでサラの方へ突撃する。
「これはマズい。別々の方向に逃げろ!ケインは残りのアンドロイドを分割して彼女を援護するんだ!」
ゾンビアを破壊出来たことに自信を持ったのか、アンドロイド達は命令されるよりも早く残りの人員を二つの小隊に分けて、ケインの護衛とサラの援護に回った。
その動きの速さは五分五分でぶつかり合う。サラは何とか部屋の四隅に追い込まれないように変則的な動きをしながらゾンビアと距離を取る。援護するアンドロイドはゾンビアに銃弾を撃ち込み、動きを鈍らせたり注意を向けさせたりと仕事をこなす。ゾンビアは代わり替わりサラに接近して攻撃を加えようとし、援護に回るときは目障りなアンドロイドを容赦なく破壊した。
消耗戦か。アレクセイは少しずつ冷静さを取り戻して戦況を分析した。ヤツらの持つ注射器がどれだけあるのか分からないが、サラさえ殺せば遠距離から打ち込める腕の立つヤツは居なくなる。そしてヤツを援護するアンドロイドも確実に減っている。勝機はまだこちらにある。
その時集中的な銃撃音が鳴り響き、一体のゾンビアがよろめいて倒れた。ケインを護衛する小隊がゾンビアの足目掛けて集中攻撃を放った。サラはその状況をチャンスだと察知して倒れたゾンビアにウイルスを撃ち込んだ。しかしサラが銃を構えている隙に距離を詰めたもう一体のゾンビアが片手で無防備なサラを弾き飛ばす。さらにその直後アンドロイド達がサラを攻撃したゾンビアに突撃し、その内の一体が隠し持っていた注射器をゾンビアの損傷部に打ち込んだ。
そして辺りは静まり返る。二体のゾンビアは苦しげな形相を浮かべて中途半端な姿で動きを止めた。そしてその辺りには役目を終えて安らかに眠るように横たわるアンドロイド達。ケインによる作戦は犠牲を伴ってゾンビア二体を破壊する成果を挙げた。
その見事な連携と判断の素早さに何の感情も抱かず、アレクセイは息をゆっくりと吸って落ち着きを取り戻そうとした。まさか三体もの私の芸術が。私のかけがえのない芸術が。何故邪魔をされる必要があるんだ。何故私のモノを傷つけようとするんだ。
しかしサラを殺すことが出来た。そしてアンドロイドもかなり減った。残った一体を構造解析すれば、時間がかかるがまたゾンビアは生み出せる。とにかくケインと博、この二人を生かしてやるわけにはいかない。私の正義を、私の権利を、私の素晴らしき芸術を理解出来ない者など排除するまでだ。
(筆者のひとこと)
やっぱり戦闘って言うものは何かしらのきっかけがあって勝敗が決まるものだと思うんですよね(初めて戦闘シーンを書いたクセに偉そうに語るやつ)




