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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
30/40

㉚そんな未来を実現させてはならない

 式典の翌日、入嶋は夢を見ることなく実に自然に目覚めた。それでも見慣れてしまった自室の景色がいつもと異なっているような気がした。今日こそあの計画を実行する日、トーマスの望みを叶えてアレクセイの目論みを打ち壊すその日。窓外には気持ちのいい快晴が広がっていて、こんな日には相応しくないほど晴れ渡っていた。と言っても、こんな日に相応しい天気なんてわからない。

 現在稼働中のゲイルの行動周期が正しければ今日の内に片方のゲイルが定期メンテナンスの為に地下にひっそりと潜る。そのメンテナンスには約三時間を要し、その間に私たちは私たちのすべきことをやらなければならない。そのやらなければならないことの内で自分に任されたのはトーマスの延命装置を止めることだ。

 人の命の灯を消す。間接的な表現でその事実を誤魔化そうと試みてもそれに対する罪悪感というものは拭えそうにない。例えそれが正義だとしても正当化するのは難しいような気がする。人の命、人の尊厳、そういった道徳的な話はどうも苦手だ。入嶋は自分が息をしているのを忘れてしまうくらい考え込みながらあの地下室へと向かう。

 機械には意思は無い。そこにはあるのは命令のみだ。かつて誰がこんなことを言っていたような気がする。当時は納得したが、ここで生み出されたゾンビアには意思があるように感じる。トーマスの意思、裏切られた世界に復讐を誓う憎悪。人の意思は機械へと伝わり、それが実現化される。入嶋はエレベーターに乗りながら考える。このエレベーターも意思があるはずだ。もっと簡単に安全にモノや人を垂直方向に運びたいと考えた技術者たちの意思があるはずだ。その疑問に返答するようにエレベーターはチーンと音を鳴らした。もちろんそれは到着を知らせる合図に過ぎない。

 ならば私たちも機械と同じなのかもしれない。トーマスの居る部屋に向かいながらひとつの解に辿り着く。私たちもトーマスの意思を受け継いで行動している。その点ではゲイルと近いところがあるのかもしれない。しかし私たちは人間だ。機械は意思を実現したその先の変化を生み出すことは出来ないし、機械には命令により意思を実現し続ける未来しかない。ゲイルの望む意思の先の未来には何もない。そんな未来を実現させてはならない。決意を確かなものにした時、入嶋の目前にはあの老体が安らかに眠ったままでいた。

 アレクセイから通信連絡用に貰った腕時計を確認する。おおよそ定刻通り、作戦実行の合図まで残り数分といったところだ。入嶋はトーマスの約束を果たすべく最後の準備に取り掛かった。そして定刻を少し回った頃、延命装置の電源を落とした。



 振動と共に赤い点滅が腕時計の画面に表示されるのを確認して、アレクセイは作戦が開始されたのを理解した。それと同時に入嶋が作戦通りに行動してくれたことに安堵した。

「まずは第一段階を突破というところか」

 電子辞書程度の大きさの小型コンピューターを操作しながらメンテナンス中のゲイルのプログラムの書き換えを実行する準備に取り掛かる。メンテナンス用の機器のカバーは無残にも力づくで剥がされ、むき出しになったコードの一部がその小型コンピューターと繋がれている。

 ゲイルのプログラム防壁を突破してハッキングを掛けて、新たなプログラムに書き換える。ただそれだけであのゾンビアが私のモノになる。それでも不測の事態に備えて十分な危機管理をしながらこの場所で待機しているのには敵の存在があるからだ。アレクセイは研究者というよりは軍人に近いような装備と服装で作業を行っている。また人感センサーを数ヶ所に設置して、侵入者への対策までも視野に入れている。

 作戦は必ず成功させなければならない。もちろん、この場合の作戦と言うのはゾンビアのコントロール権の奪取だ。あの交わした作戦は味方を増やすための偽りの作戦だ。自分の望みを叶えるためには手段を選ばない人間はこの世には存在する。紛れもなくあのトーマスもその内のひとりだ

さてそろそろ連絡が来る頃だ。ケイン、失望させてくれるなよ。



 オペレーションルーム。研究所内全ての部門の管理と進捗の確認、この研究所内の全てを監視出来るこの部屋はゲイルが最も良く訪れる部屋だ。先程まで腕時計に響いていた振動は消えて、その代わりに心臓の鼓動が全身を波打つように感じる。ケインはゲイルが居ると思しき部屋の目の前で覚悟を決める準備をしていた。

 銃の扱いに関してはアレクさんから学んだ。島内のアンドロイドの弱点は命令系統と各部位との伝達を行うケーブルが詰まっている首だ。ゲイルも例外ではない。首に一発、そして身動きを取れなくしてからさらに首に二、三発撃ち込めば完全停止する。いかにそれを迅速にそして完璧に行うことが出来るかたったひとつの、そして最大の不安だ。

 しかしこんなところで意味もなく時間を食っている余裕はない。アレクさんがプログラムの書き換えを実行するために十分な時間を残しておかなければならない。ケインはその行動の目的を悟られぬように慎重にドアを開いて内部に侵入した。そしてすぐさま死角に入り、ゲイルが居ると思われる席を恐る恐る確認する。

 確かにゲイルはそこに居た。オペレーションルーム四方の一面を埋め尽くすモニターの海を眺めてじっとしているように伺える。ここから狙えるかもしれない。ポケットから拳銃を取り出して安全装置を取り外した後、サイレンサーが正しく固定されているか確認した。そして照準をゲイルの首辺りに構えて集中を高めるために深呼吸する。

 その瞬間、背後に気配を感じた。振り向くとその気配はケインの存在を気に止めず堂々とした足取りでケインを横切り、部屋の中央、ゲイルの場所へと向かう。こんなタイミングで邪魔が入ってしまった。思わずケインはその不運を呪った。そしてその不運を運んできた白衣を呪うように見つめた。

 しかしケインは目を疑った。座っていたゲイルが立ち上がりその白衣と面したと思うと、そのゲイルが不自然な動きをしながら倒れた。その白衣の手に握られている何かからかすかに立ち昇る煙は、数々のモニターの光に照らされてキラキラとしていた。誰かがケインの代わりにゲイルを撃ったのだ。

(筆者のひとこと)

気が付けば30話です。改稿前は全25話だったので大増量キャンペーンです。もう少しだけお付き合い下さいませ。

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