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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
3/40

③ 無機質な箱がのっそりと動く音と、心臓の音だけが広がる世界にいる

 カーテンの隙間からこぼれた光が眩しい、日光に照らされて体が火照っているのを感じる。昨日は溜めていた深夜アニメをいくつか消化しようと試みたものの、疲れのせいか二つ目を見ている途中で寝てしまったようだ。社会人は時間があるようで無い、どうしても仕事で趣味に割く体力を削ってしまう。

 途中で寝てしまったアニメは頭から見直すつもりだ。じっくりと作品の世界観やキャラクターの心理を気に掛けながら見ないと見た気にならない。学生時代からの悪い癖だ。

 途中で寝落ちしてしまったのは確かであるが、そんな不意の入眠にも関わらず、いつも通りの時間に目が覚めた。人間の体内時計は意外と正確で侮れないなとつくづく実感する。

 いつものようにシャワーを浴び、無難な服装いわゆるビジネスカジュアルに着替え、出社への準備を着々と進める。

 ミニマリスト気味な入嶋の部屋には余計な物が無く、入嶋が散らかっていると感じる部屋は常人からすると整頓されているように感じるほど。常に必要最低限の物しか揃えないため、出社への準備はとても速い。

 そして履き潰れかけた革靴を履き、準備は万端だ。入嶋は踵をコンコンと玄関の床に打ち付けながらドアノブに手をかける。

 “誰かがドアの向こう側に居る”

 勘は間違いなくいい方だ。

 その勘がドアの向こう側に誰かがいることを警告している。

 誰が待ち構えているのかあれこれ考えてみるが、朝で頭が鈍っているせいで見当もつかない。恐る恐るドアの小窓から向こうを覗くと、小柄な男性が待ちくたびれように立っている。入嶋はこのシルエットに見覚えがあった。

「え、安谷さん?」

 思い切ってドアを開けるとやはり安谷さんであった。気まずそうにする安谷さんの姿がそこにあった。このように安谷さんを玄関で迎えるのは初めての事ではなく、疑問を抱くことは無かった。

 実のところ独身貴族を謳歌する入嶋と安谷は休日前などで不定期ではあるが二人きりの酒盛りを開催している。両者共に世帯を持つような気量があるとは感じておらず、また持たない方が世間のためになると考えている。そのような思考の一致と、その思考が生んだ時間の余裕と寂しさ(安谷さんは認めていないが)を埋めるために会っている。

「あの、お、おはようございます。わざわざ何ですか?」

 このような違和感しかない対面の際でも、社会人の基本的なマナーである挨拶がよく出るものだ。ここまでくると無意識の領域で、機械的にその場に適した音を出しているに違いない。そして私の声を聞いた安谷さんは泣きそうな顔で口をゆっくりと開いた。

「ああ、急に悪いな。朝から誰かに目をつけられているような気がするんだよ…」

 それを聞いた私はまずなぜその面倒を私のもとに連れてきてくれたのかと不快に思ったが、それと同時に昨日の手紙のことを思い出した。そうか、すっかり今の今まで忘れていた。

 もし扉の向こう側に居たのが安谷さんでなく、手紙の関係者であったらどうなっていただろうか。

 そして安谷さんはそれに心当たりにあるため、わざわざ私の家へ向かい何か心当たりがあるか尋ねたかったのだろう。残念ながら心当たりはない。しかし、なぜ電話でなく直接家に向かう手段を選んだのだろうか。目を付けられているなら家から出なきゃいいのに。この人は本当にいろいろとよくわからない。

 入嶋は明らかに動揺している安谷を冷ややかな目で見つめてそのように分析した。そしてこの場合はとにかく安谷さんを安心させるのが優先だと導いた。

「とりあえず一緒に会社へ向かいましょう。二人なら大丈夫ですよ」

「え、いや、本当に。あの、大丈夫か?」

「まあ、ともかく悪い考えは一旦忘れた方がいいです」

 そうなだめて(安谷さんが納得したかはわからないが)私は安谷さんを引き連れ、一緒にエレベーターへ乗り込む。

 安谷さんは相変わらず不安そうな顔つきをしている。それは雑誌の売れ行きが一気に落ちた時の絶望した顔つきに近い。あの顔を見るのはあまり好きでない。そんな風に考えながらいつものようにロビーへのボタンを押した。

「あれ?」

 確かにロビーへのボタンを押したはずがLの表示が光らない。

 もう一度押してみる。しかし、反応するそぶりが無い。

 まずいと感じた時には既に遅かった。

 行き先を表示しないまま何故かエレベーターが動き始めたのである。

 とはいってもエレベーターは基本的にロビーに向かうものだから、自分が変に敏感になりすぎているかもしれない。変な汗がにじむのを感じたが、とにかく気のせいだと思い込んだ。

「なあ、どうしたんだ?」

 振り返ると安谷さんが不安そうな声で私にそのように声をかけていた。やはりこの顔だと思い出した。売れ行きが右斜め下に向いた時の安谷さんの顔だ。

 こんな時にもう一度見ることが出来るなんてある意味運がよかったのかも知れないなんて考える。しかしこの今にも泣きだしそうな顔は私を動揺させるには十分だ。人の表情は伝染するとはまさにこのことかもしれない。

「ええと、Lが光らないんですけど。電池切れとかですかね?」

 動揺を何とか抑えながら他のありえうる選択肢から一番パニックにならなさそうな言葉を選んだ。これ以上に安谷さんをいじめて未知の表情を出させるわけにはいかないと思ったからだ。でもそれはそれで興味がそそられる。

 が、私の努力もむなしく、安谷さんは青ざめで床にへたり込んだ。文字通りへたり込んだのだ。この人はいろいろ驚かせてくれるなあと感じる。

「おい…。それ…」

 下を向いたまま安谷さんは消え入るような声で確かにそういった。

「どうしたんです?」

 安谷さんからは反応がない。まさかと思って振り返りエレベーターのパネルを見ると、なんと全階層のボタンが煌々と光っていた。

 体をパネルによりかけたつもりはないし、仮にそうだとしても全階層のボタンが光ることなんてまずありえない。

「え…。なんだ、これ」

 はっきり言ってパニックどころではない。全身がぞくぞくと嫌な汗を感じている。

 困ったことに何一つ取るべき行動が思いつかない。

 脳が全く機能しないまま、じいいんとした眩暈に近い感覚だけを神経が拾い続けている。とにかく私だけでも冷静にならなければ。

「一体、どこへ?」

 全ランプが不気味に光るこのエレベーターはいつものロビーを通り過ぎて冷たいコンクリートを映し始めた。こいつは私たちを地下へと導いているようだ。無機質な箱がのっそりと動く音と、心臓の音だけが広がる世界にいる。

 そしてこのエレベーターは地下二階で止まり、ゆっくりとドアが開き始めた。何かが起きる予感を感じ取ったがすでに遅かった。

 二人は救けを求める声を上げる前に謎の白い煙に包まれ、そこから入嶋の記憶はいったん途切れることになる。

(筆者のひとこと)

今更ながら改稿前の原稿の稚拙さに驚くと共に、それに気付くぐらい成長したことに感激しております。それでもまだまだ未熟者なのは間違いないのでさらに研鑽していきたいものです。肝心の内容の方では不思議な手紙を受け取った入嶋がトラブルに巻き込まれていくというシーンをイメージしながら進めると共に、彼の持つ冷静さにも焦点を当てています。

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