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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
26/40

㉖その男は泣いていた。

「これがゾンビアを世に放ち世界を混乱に陥れようとした男の末路か」

 三人は部屋の中央にあるトーマスが眠る装置を囲むようにして彼の姿を覗き込んだ。アレクセイは腕を組みながらそう冷たく言った。確かにトーマスは世界を恨みそしてゾンビアを作り出した。だがそんな言い方は無いんじゃないか。入嶋は全身が熱くなるのを感じたが、冷静でいることに徹した。

「ミスター入嶋、この装置を使えばトーマスと対話出来るのか?」

「そうです。その帽子のようなものを被ってそこのスイッチを押すんです。帽子の重さとは違った圧が脳にゆっくりとかかって、我慢の限界ぐらいになると意識が飛んで、トーマスと対談出来るようになります」

「やけに詳しいな」

 アレクセイが軽口を叩いてそのヘルメット状の帽子を被り、近くの端末のスイッチを押した。そしてすぐ顔をしかめたと思うとゆっくり楽な姿で意識を失っていった。その仕草や一挙一動があまりにも芝居がかっていて本当にアレクセイが意識を失っているのかどうか見当がつかない。

「まるでロダンの<考える人>のようですね」

「確かに。そうだな」

 そして入嶋はおもむろにケインの方を向き「あの、今言った方がいいことがあるんだ」と意味ありげな語調で言った。当のケインは目を丸くし「忠さん。どうしたんですか」と驚き半分疑問半分に返した。

「実は入嶋博は、叔父さんが生きていたんだ」

 束の間の沈黙、入嶋の想像通りケインは信じられないという驚愕を目で表現していた。そしてゆっくりと口を開き「どうして今何です?」と困惑の声を上げた。

「今だからこそ言うべきことなんだ」

「つまりアレクさんが聞いていない状況だからこそという訳ですか?いやでもこの状況でアレクさんには意識があって声が聞こえている可能性があるのでは?」

「その心配はないよ。昨日体験済みだからね」

「ああ確かに、アレクさんに隠したいという事は余程の理由があるわけなんですね」

「その通り。単刀直入に言うとアレクセイはゾンビアを破壊するふりをしてそのコントロール権を奪うつもりなんだ。だからその計画を止めなければいけない」

「それと博先生が何か関係しているんですか」

「博叔父さんがそう言っていたんだ」

「先生、が?」

 そう言ってケインは寂しそうな顔をした。そんな重要な情報をどうして教えてくれなかったのか。ましてやその危険とされている人物にこれほどまでに繋がってしまった。そのような苦悶が入嶋には読み取れた。

「叔父さんが失踪したのはトーマスに出会ったせいなんだ」

 絶望に陥りかけているケインに入嶋は救いの手を差し伸べた。

 昨夜入嶋は叔父とダリアとこれからの作戦について話し合った後、ダリアを先に返して叔父と二人きりで話し合った。入嶋には聞きたいことが山のようにあり、矢継ぎ早に質問を投げては叔父の答えを待った。そんな中で入嶋はどうしてこの島での消息を絶ったのかを叔父に尋ねた。すると叔父はその質問を待っていたかのように天井を見上げては入嶋を見、たっぷりと息を吸って吐いて、少し前の出来事を話し始めた。



「やってしまった」

 入嶋博はモニターに表示されるデータを見てそう呟いた。そこに表示されていたのは損傷を受けた筋繊維がバクテリアの働きかけによって自動的元の形へと修復する速度とその復元度合いをパーセンテージで示した数字であった。どの数字も今までにない高い数値を示しており、それはすなわちゾンビアの驚異的な自己再生能力に必要であったバクテリアの生成に成功したという事であった。虚無感と後悔が彼を支配していた。

「これが世に出れば世界はどうなる。文明はどうなる。何をしていたんだ、私は!」

 無我夢中でやってきた研究が何をもたらすのかについて今更気付いてしまった。居ても立っても居られず、彼は必要なデータにロックをかけて研究室を飛び出した。行き先はゲイルのいる場所へ。彼を止めなければ。博はその一心で駆けた。

「残念だがもう手遅れだ。博くん。」

 必死の説明にもゲイルの口から出たのは突き放すような短い言葉だった。

「どうして、まだ間に合うはずだ!」

「確かに間に合う。ゾンビアの研究を止めればどうにかなるとも。だがもう手遅れなんだ」

「間に会うんだろ!一体何が手遅れなんだ!」

 感情を剥きだして博はゲイルに問いただした。無表情のままゲイルは肩を強くゆすられて首を大きく震わす。肩で息を吸う博を見て何かを感じとったのかゲイルは胸ポケットからカードと地図を取り出して博の前に差し出した。「ここにくればわかる」とだけ言い、博はそれを恐る恐る手にした。それはあの地下室を記した地図と扉のロックを解除するカードキーであった。

「さあ話を聞かせて貰おうか」

 息が整い切れていないのを気にせずに博はベッドに足を伸ばした状態で座る老体に強く言った。

「正義を思い出した研究員はよく吠えるものだ。まずは名乗るが礼儀というだろう。私はトーマス、この研究所の総支配人だ」

「トーマス、まさか」

「そのまさかが私だ。不思議だろう、死んでいるはずの人間が目の前に居るからな。冗談はここまでにしておこう。名乗るはもういい、君のことは良く知っているとも」

「よく知っている?まさかゲイルと思考を共有していたのか」

「頭の回転が良いことは悪いことじゃない。その通りだ。本題に入ろうではないか、何故手遅れなのか、それは君が良く知っているはずだ」

「よく知っている?わからないな」

「残念だ。君自身の立場を変えてみるといい。もし君が研究の途中にあって、それが人生のようなものであって、全てを賭けていたとして、その研究が急に打ち切られたらどうする」

 博は愕然とした。走馬灯のように思い出される日本での日々。その研究は役に立たない、成果がちっとも出ないじゃないかと罵られ、研究費は削られ、地方へ僻地へと異動を命じられたあの日々。

「君はこの研究所での研究を通じて生きていた。自分の追い求めるものを追い続けて生きていた。私の言っていることが分かるかい」

 その通りだった。無我夢中になってこのプロジェクトを成功させようと意気込んでいた。そして正当な評価を与えてくれなかった人間たちを見返したかった。

「この研究を止めるということは他の研究員たちを殺すことになる。もちろん君もそこに含まれている。そんなこと私には出来ない。もう手遅れだ」

 トーマスの目には肩を震わせて下を向く男の姿が写った。生活のほとんどを研究に捧げ、理想を追い求めた男の姿が写った。「だったら」と突然その男が顔を上げた。照明の光に反射して目尻から一筋の線が流れているのが見える。その男は泣いていた。

「研究に関係ない奴が全てを止めればいい」

彼にはその男の言っていることが分からなかった。


(筆者のひとこと)

やっと遂に26話を投稿することが出来ました。とても嬉しいので、これを読んだ皆さんはまた1話から読み直して下さい(どういうこと?)

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