㉑人のようで人でない。
「なぜ、ここに」
ほんの数十分前に同じような言葉を発したような気がした。もし流行語大賞があるとすれば突然の予想外の対面に用いるこの便利な言葉が受賞するかもしれない。そんなことをつい考えてしまうくらい自分が置かれている状況が理解出来なかった。
「忠くん。こう呼ぶのは何年振りだろう」
目の前の叔父さんは確かにそう言って白髪の混じった短髪を掻いた。その照れくさそうにする仕草は紛れもなく記憶の中に残っていた叔父さんの仕草と同じであった。そしてそっとダリアの方を向いて「あれは流石にやり過ぎじゃないかな」と少し愉快に言った。二人は何かで繋がっているんだろう。そうとしか思えない空間が二人の間にはあった。何故かそこに入嶋は嫉妬感を覚えた。
「恐らく忠くんは彼女の事をあまり知らないんじゃないかな」
「ええ、表向きにしか自己紹介していませんので」
叔父さんとダリアはそう言ってこちらを向いた。彼女は銃なんて初めから持っていなかったような表情を見せたが、今度ばかりはもう驚かなかった。表向きには研究所内で働く難民育ちのナースで、その正体は叔父さんの愛人か。どうしようもなくくだらない妄想が先程から止まらない。
「タダシさん、色々と驚かしてすみません。私はナースのダリアではなくアメリカからこの島の現状把握と研究調査にやって来た潜入捜査官です」
思わず目を見開いて口を開けてしまう。オノマトペをつけるとすればポカーンである。文字通り唖然としてしまった。
「アメリカ?潜入捜査官?何がどういうことだ」
この島にやって来てから驚きの連続でもはやそれが日常になりかけていたが、それでもついつい人は驚いてしまうようだ。叔父さんと潜入捜査官、全く接点が思いつかないこの並びに愛人だなんて期待していた自分を恥じたくなる。
「また驚かしてしまいましたね。この島は世界から見放されたと言っても地球上に存在する資源である限りは誰かが管理しようとするのです。その管理はゲイルではなく、この島に難民を秘密裏に送る連盟であり、その連盟の現代表国がアメリカなのです」
「ゲイルが管理していないとは」
「ゲイルはこの島の副管理責任者です。その理由ですが彼は研究所内全員がこの島の代表であるという宣言の下で副管理責任者に就いたというのが表向きで、事実この島の責任者は確かに存在します」
「何だかありそうでないベンチャー企業の代表みたいなことだな」
「いつの間にかジョークを飛ばす力まで身に着いたみたいだね」
叔父さんがまた愉快に口を挟んだ。入嶋は褒められた気がして恥ずかしくなる。
「その責任者というのが‘本物のゲイル’という訳だ」
叔父さんはそのまま何の含みもなくそう言った。その役を奪われたダリアは不承といった表情をした。
「忠くんにはその‘本物のゲイル’と会って救世主になるんだ」
「先生、それでは訳がわかりませんよ」
確かにダリアの言う通り訳が分からなかった。何故自分がその‘本物のゲイル’に会って救世主になるのか。
「私から簡単に説明します。‘本物のゲイル’はこの島が原子力の実験を行っていた時の責任者であり、‘ロストワールド’になってから現在までの唯一の生存者です。彼は世界に裏切られたその恨みを果たすべく原子力に代わる武力の開発に尽力し、秘密裏に難民を匿うことを条件に必要な研究者たちを世界中から集めてゾンビアを完成させました」
「ちょっと待ってくれ」と入嶋は思わず口を挟んだ。「それがどう繋がって救世主とやらになるんだ。その‘本物のゲイル’とやらは世界を憎んでゾンビアを完成させた。そんな奴に会ってどうするんだ」
「タダシさん、ここからがあなたが救世となりうる理由なのです」
「忠くん、人の話は最後まで聞かなくちゃいかんぞ」
矢継ぎ早にそう叱られて思わず気が滅入る。まるで診察結果に納得出来ずに医者に文句を言う患者とそれをなだめる医者と看護師のようだ。
「実際その完成が近づくにつれて彼の健康状態は悪化する一方でした。彼は彼の意思を遂げるべく彼自身の分身を作り上げたのです。そう、ゲイルは彼の意思を載せたアンドロイドなのです。当初はゲイルを思念でコントロールしながらゾンビアの完成を進めていましたが、徐々にその思念でのコントロールが難しくなっていきました。彼がもう彼でなくなり始めたのです」
ゲイルがゲイルとして個の人格を持ち始めていたのか。入嶋はそれがどういった結果をもたらしたか理解出来るような気がした。人のようで人でない。あの違和感はそれが理由だったのか。
「そして彼の念願であったゾンビアが完成する頃にはゲイルは彼の思念ではなく、彼の意思を遂行するために仕組まれたプログラムで動いていたのです。しかしそのプログラムはゾンビアの完成までしか設定されておらず、それ以降の行動については全く見当がつかないのです。ゲイルが世界を滅茶苦茶にしてしまう前に何か手を打たなければならない。そこでタダシさんはケインとアレクセイと手を組んだのですよね」
ここに来てあの二人が登場してきたことを意外に思ったが、確かにあの二人と組んだのはゲイルの野望を止めるためだ。
「限りなくアレクセイはゲイルからゾンビアのコントロールを奪う為にタダシさんと組んだのです。あなたを利用してゾンビアを我が物にしようと企んでいたのでしょう。こちら側の検討としてはタダシさんがゲイルを殺したことを理由にゾンビアを受け継ごうとするのが現実的でしょう。アレクセイのカリスマ性を考えれば他の研究員がなびくのは間違いありません」
確かにアレクセイの一挙一動には何か魅了されるものがあった。自分はその狡猾な罠に嵌められる可能性があったと思うと寒気がした。
「つまりゲイルとアレクセイの野望を止めるために、アレクセイとこちらの両方に属しているタダシさんが二人を出し抜く妙案を考えるために‘本物のゲイル’と相談して欲しいということです」
「つまり救世主になるってことだ」
「そんな無茶苦茶な」
また叔父さんは愉快そうに言う。世界の運命が懸かっているかもしれないこの話の間ずっとにこやかだったのはどういうことだろうか。妙案と言われて入嶋はふとこんなことを思いついた。
「叔父さん、もしかしてこうなることを予想していたんじゃ」
叔父さんは何も答えなかったが、ダリアの少し引き攣った笑みが代わりに答えてくれたような気がした。
(筆者のひとこと)
はい来ました。会心の出来です。書きながら楽しくて仕方なかったです。コードギアスのような早くて驚きのある展開の連続です。さて、ここからどうなっていくのでしょうか。乞うご期待!




