⑲「あなたは‘本物のゲイル’を探している」
「なぜここに居るのですか」
同じことを今度は改まった表現で問われた。語尾は優しさを含むようであったが、語気は警戒心をたっぷりと含んでいた。入嶋は目の前の人間が目の前に立っている理由を考えるよりも、こちらに冷たい目線を向けている銃口を下げて貰えるように努力しなければならないと考えた。
この展開は全くの想定外だ。ここ数日のスカと同じ思いきや、自分がスカー(傷)を負う羽目になるかもしれない。いや、それで済むかどうか。
「ええと、理由を話すのでその銃みたいなものを下げてもらえませんか」
いつになく入嶋は冷静な態度で愛想笑いを持ってそう答えた。なぜならその目の前に居るのが周辺の世話をしてくれる黒人ナースのダリアであり、彼女の日々の言動からとても銃を放つような人には思えなかったからである。
「それは出来かねます、タダシさん。理由によっては残念ながらこれを使わざるを得ないかもしれません」
「それは残念ですね」
いつになく強気なダリアの語気で入嶋は撃たれるはずがないという思い込みが揺らぎ、もしかすると撃たれるかもしれないと急激に弱気になった。
「ええ、残念です。では私の質問に答えて下さい」
何を答えれば助かるのか脳内をフル活動させて理由を探したがどの引き出しにもこの状況を好転させるようなものはなく、ただただ曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。
「質問に答えにくいのなら具体的に尋ねます。タダシさんはどうしてこの扉を開けることが出来たのですか」
「それは、これを使ったんだ」
入嶋はそう言ってジーンズのポケットからカードを取り出そうとした。
「動かないで」
ダリアは鋭くそう言い放った。入嶋は思わずたじろぎ、彼女そのようなパワーがあった事に驚く。
「私が‘それ’を確認します。手を挙げて後ろを向きなさい。言う通りにしなければ足を撃ちます」
よどむことなくそう告げられた入嶋はただただそのように従うほかなかった。振り向いた先に見えるのはこの廊下が永遠に続いていくような闇で、まさにその闇に自分が吸い込まれていくのではないかという恐怖を感じる。
「そのままの姿勢で答えて下さい。‘これ’は何ですか」
いつダリアにポケットの中をまさぐられたのか気付かなかった。
「研究施設内のどの扉も開けることが出来るという魔法のカード。ケインとアレクセイから貰ったんだ」
「アレクセイ、ですか」
ダリアはカードのことよりもアレクセイに引っかかったようである。
「それにケインですか。確かに彼ならそのようなものを持っていても不思議ではありません。タダシさん、確認したいことがあります。イエスかノーで答えて下さい」
そう告げられた瞬間、背中に何か冷たく細い棒のようなものでつつかれているような感触を得た。まさか銃口では。答え方によっては撃たれる。入嶋は感じたことのない焦燥感で心臓の鼓動が早くなり、眩暈に似た違和感を覚え始めた。
「あなたは‘本物のゲイル’を探している」
予想外の質問に入嶋は目を丸くした。ダリアが何故そのことを知っているのか。絶望感に満たされた脳内に疑問という新たな液体が混ざり込む。確かアレクセイはあの場に居合わせた三人以外には話していないはず。まさか盗聴されていたのか。もしそうであるなら何故俺なんかを盗聴するのか。疑問が疑問を生み出しては増殖し、入嶋の絶望を覆い尽くしていく。少し入嶋は冷静さを取り戻せたような気がした。
「答える前に、ひとつだけ確認したい」
「イエスかノー以外の答えは期待していません」
銃口が背中を押す圧力が強まった。
「死ぬかもしれないんだ。お願いだ」
「そうですか」ダリアは少しだけ逡巡して「質問の内容によっては撃ちますがよろしいですか」と入嶋の嘆願に答えた。
「出来れば撃たれたくないものだけど。ええと、寝ている間に、体のどこかに盗聴器を付けたり、とか、していたかい」
少しの沈黙。息がつまりそうになる。
「なぜそうする必要はあるのでしょう。タダシさん」
ダリアはそう答えて、入嶋の背中に立てた銃口をあっさりと離した。
「ダリアさん、これはいったい」
背中に立てられた銃口が離れるのを感じた瞬間、そこに柔らかな風がそよいで、心臓に纏わりついていたべったりとした何かが取り払われるような感じがした。解放感とはこのことか。
「その質問から私は私の質問に対する答えがイエスであることを察したまでですよ。もし本当に知らなかった場合はノーと答えるはず。私に質問したということは私の質問そのものを疑った結果であり、それは自分たちしか知らないはずの情報を知られているという事実が原因です。なぜ私がその情報を知っているのかタダシさんはあれこれ考えて、盗聴されていたのではないかという可能性に辿り着いた。タダシさんのその質問の元を辿れば自然とイエスという答えにしか結びつきません」
「それはどうして」
入嶋はダリアの言っていることがうまく掴めなかった。
「簡単に言うとアレクセイと繋がっているからです」
「アレクセイが盗聴されている、ということなのか」
「タダシさん、そういうことではありません」
かすかに笑うような声が背中に届く。
「まずは両手を挙げたまま背中をこちらに向けている状態を直しませんか」
入嶋は急に恥ずかしくなったと同時に、この状況を作った責任にはダリアにあるのではないかと訴えたくなった。
振り向くとそこにはいたずらな笑みを見せる彼女がいた。ただ入嶋はこの女性の底知れぬ能力に恐れるほかなかった。
(筆者のひとこと)
ストーリーに何も関係が無さそうだったキャラクターが実は後半関係してくるというありがちな展開なんですけど、皆さんは好きですか?イエスかノーで答えて下さい。




