⑰「残された方法は古典的で笑えるがこれしかない」
すべきことがはっきりとしたその直後、ある矛盾が入嶋の中で浮かび上がってきた。それは家のカギをどこかで無くしたと気付き散々周辺を探し回って心身共に辟易したが、そもそもその日はカギをかけずに家を出ており、当のカギも家の中に置き忘れたままというような気分に近いものだった。
「入嶋さん、ゲイルを殺せば済むのなら、何故私たちがそうしなかったのか疑問に思っているのですよね」
心の奥底を見透かされて思わずハッとする。ケインがくれたメガネを付けているはずなのにどうして理解出来るのか。ケインが真剣でありながらも全ての疑問を抱擁してくれる余裕のある目つきでこちらを見つめている。
「驚かせたようですみません。敢えて言っておきますがこれは完全な私の読みです。きっと入嶋さんならこう考えると思いました。もしかして当たっていましたか?」
「ああ、このメガネが故障したのかと思ったよ」
「それは誠に光栄なことです」
そうして非凡な青年は嫌味の無い純度の高い笑みを見せた。アレクセイも少し愉快そうな表情を見せる。入嶋は何だか肉食動物に囲まれた草食動物と同じような気分になった。この2人には敵いっこない。またその確信が違った意味で安心でもあった。
「アレクさんもういいですよね?」
ケインはアレクセイに儀式的に確認を取る。アレクセイは当然と言った頷きをする。
「入嶋さん、簡潔に言いますとあのゲイルは本物のゲイルではありません」
入嶋は2人の期待通りの驚いた顔を見せた。そしてすぐそれが感じていた疑問を解決させる理由であることを理解した。
「この事実に最初に気付いたのは博さんでした。博さんは研究所内での健康診断のデータを調べている内にゲイルのデータが不自然であることを見つけたのです。その健康診断は10年前に実施しなくなったそうなのですが、その10年前のゲイルの結果がどう考えても2足歩行が出来る状態ではなかったのです。しかしゲイルは今でも当然のように歩いている。博さんは全てを立証するデータを持ち合わせてはいませんでしたが、今のゲイルが10年前のゲイルとは違うことは信憑性が高いことを私に教えてくれました」
「そしてその疑惑を確固たる事実にしたのが私だ」
アレクセイが満を持して登場する主人公のようにケインの話に横槍を入れた。ケインはアレクさん、と心配そうに声をかけたがアレクセイは聞き流して続けた。
「私は1度ゲイルを殺害した」
入嶋は戦慄した。まるで昨晩食べた料理を紹介するような軽快さで「殺害」という言葉をアレクセイは用いた。それは同時に彼がこれまでその行為を幾度もなくやってきたかのような事実を裏付けるような軽快さであった。
「しかしゲイルは復活した」と入嶋の驚きをまたもや流してアレクセイは続ける。「確かに急所を打ち抜き、脈が止まるのを確認したはずだった。なのに、だ。この意味が分かるか?ミスター入嶋」
アレクセイは隠しきれない苛立ちを声に滲ませながら入嶋に問いた。
「それは、おかしい」
それは答えになっていないのは明白だった。しかし目の前で座っている男がほんの数分で魅力的な存在から恐怖そのものに変化した。あまりの動揺に頭がうまく働かず、そのような言葉しか導くことが出来なかった。きっとケインの言う「信用し過ぎるな」というのはこういうことなのだろうか。
しかし信用されていなかったのは入嶋の方であり、アレクセイは確かに1つの質問を通じて入嶋の覚悟を確かめた。そしてその覚悟がこちら側にあると感じた為に事実をさらけ出したのである。アレクセイはそうしてこの場の空気をコントロールした。
「ああ、おかしいんだ。だがケインの話を聞いて全てが氷解した。10年前からのゲイルはアンドロイドのゲイルで、“オリジナル”のゲイルはこの島のどこかで静かに暮らしている。つまり、だ。私たちの目標はその“オリジナル”を見つけ出すということだ」
「で、でもどうやって?」
「入嶋さん、これを使います」
ケインはどこから持ってきたのか1枚のカードをテーブルの上に置いた。
「このカードはどの扉も開くことが出来ます」
「え、まさかこの島内しらみつぶしに探すということ?」
「そのまさか、だ。残念ながら何もかも用意周到にやっているゲイルは何ひとつヒントを残さなかった。残された方法は古典的で笑えるがこれしかない」
「でも1枚しかないのはどうして?3枚あれば効率がいいだろうに」
「もちろんそれが最大効率なのは間違いありません。しかし私たち2人はこの島内での研究員ですので怪しい動きをすれば計画がバレてしまうのです」
「ええ!1人で探してオリジナルを見つけ出せってこと?」
世界を救うかもしれない勇者は全くいいように使われるものだ。そう言えば今までやってきたゲームの主人公は自ら引き寄せられるように面倒ごとに巻き込まれて、ぼろぼろになりながらも全てを解決してきたではないか。だからと言って巻き込まれたかったわけではない。それでも入嶋はどこかで胸の高鳴りを感じていた。この島の裏側に触れる、決して表沙汰にならない部分を公にする。それはすなわち日本で報道カメラマンとして1番やりがいを感じていたことに違いなかった。
魔法のカードと原子力事故当時のこの島内の地図の写しを手にして入嶋は世界平和の為の会議を後にした。アレクセイという存在から離れることが出来たのか、自分に与えられた使命に誇りを感じているのか、入嶋の足取りは以前よりも確かな強いものであった。
(筆者のひとこと)
驚きの事実が!という感じのシーンです。改稿前より文章量が大幅に増えました。人の感情の変化を文章で表すのは文章に限らずとにかく難しいものです。とても勉強になります。




