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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
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⑮ これが“ショー”なのか…

 ゲイルは入嶋を招くようにあるモニターの前に呼び寄せた。そこには画面を九分割して、様々な視点や角度からどこかのホール内を撮影している様子が伺えた。ゲイルの言う見せたいものとは何であろうか。入嶋は何となく見張られているような感じがして、研究室内の監視カメラの位置を探るように辺りを見渡した。

 それにしても私という異質な存在が研究室に足を踏み入れたというのに、他の研究員達はこちらの動向に関して全く関心を持たないようだ。彼らの仕事である以上、目の前の研究に没頭するのは必要な素質であるのかもしれないが、人間として生きている以上、他人にもっと関心を持つべきではないかとふと思う。

 しかしその正論とも取れそうな意見は、独身を貫いている入嶋の経歴を顧みると全く信頼できない意見であることは言うまでもない。

 ゲイルはそんな入嶋の動作など意に介さずモニターの画面をタッチして、いくつか操作を加えてまた腕を背の方に回して組んだ。

「さて今から入嶋くんに見せる“ショー”は私たちの最高傑作のその素晴らしさを十分に表しているのだ」

 不敵な笑みを浮かべながらゲイルはそう告げた。入嶋はゲイルの言う“ショー”という言葉が本来の意味とは異なる響きがしているような気がして不安になる。

 するとモニターの中で何かが動き出す。人がぞろぞろと現れたかと思うと武装したアンドロイド達がぞろぞろと陣形を組むように整列した状態で現れた。何かのSFの映画のようなヘルメットやサポーターで身を固め、両手を使わないと扱えないような大きな銃を構えるその姿は確かにショーを見ているような感覚になる。

 しかしその期待はモニター内の部屋の反対側、つまりはアンドロイド達が現れた側の反対側から現れた現実離れした巨体が確かな歩みで画面内に侵入してきたことによって見事に打ち消される。

「これは…?」

 アンドロイドのニ倍以上の高さ、少なくとも三メートル以上はありそうなその巨体は武装したアンドロイドたちよりも厚い筋肉でおおわれており、まるで一台のトラックが後輪で立っているような威圧感を覚える。全身は肌色に覆われていて、ニ本脚で立っているために大きな人間のような錯覚を起こすが、その頂点に伺えるのは馬と鳥を混ぜ合わせたような奇妙な顔面であり、その目の位置のアンバランスさがこの巨体がとんでもなく不吉な存在であることを十分に感じさせた。

 そしてその巨体は薄緑色のパンツだけを装備しており、裸同然の丸腰の姿で武装したアンドロイド達の前に堂々と現れたのである。この巨体が銃でハチの巣にされるのがゲイルの言う“ショー”なのだろうか。いや、そうであって欲しい。

 入嶋は全身が感じ続ける嫌な予感と本当にそんなことが起こるのかという期待感の両方に揺さぶられながらモニターの画面を見つめている。

「準備が整ったようだな。早速始めたまえ」

 ゲイルがそのように言った瞬間、モニター内の世界では一方的な銃撃戦が繰り広げられていた。放たれる全ての銃弾はその巨体に注がれ、耳を引き裂くような轟音は夕立のように突然現れては去って行き、元の静けさを取り戻す。

 モニターに映るのは肉塊としか言いようのない物体が沈黙する様子であった。その惨たらしい姿は見る者全てを不快にさせた。入嶋は嗚咽に似た声を思わず漏らす。

「入嶋くん。“ショー”はここからなのだよ」

 ゲイルが静かにそう告げると、突然モニター内の世界が騒がしくなる。原形を留めていないその物体が驚くべき速さで元の形を取り戻そうと動き出す。それは映画を早送りで見る不自然さに近く、また鉄を高温で溶かす様子を逆再生しているようであった。

 入嶋は目の前の世界で起こるこの奇妙な現象に何も物を言うことが出来なかった。ただただ圧倒され、また隊列を組むアンドロイド達が感じているであろう絶望感と同じものを感じるほかなかった。

「さあ、反撃だ」

 ゲイルの声と共にその巨体は動き出す。先ほどまで単なる肉塊であったとは想像できない程確かな足取りでアンドロイド達に近づいていく。目の前に迫る絶望に対してなおも無表情を保つアンドロイド達がまるで己の運命を察した兵隊たちのように見えた。

 そしてその沈黙の隊列の最前まで向かったその巨体は一体のアンドロイドを掴むとそのまま片手で簡単に握りつぶしてしまった。鈍い音がモニター内の世界から研究所内へと響き渡る。そしてまた轟音。危険を察知したアンドロイド達がまた銃弾の雨を降らす。しかしその巨体はその豪雨に怯むことなく次々にアンドロイドを易々となぎ倒していく。この非情な光景から目を離すことが出来なかった。いや、離してはならない気がした。

 やがて雨は止み、周りにはかろうじて人型を保つ物体たちが横たえている。そこにただ残るのは二本足で確かに佇むその巨体のみであった。

 これが“ショー”なのか…。

 入嶋は堪え切れない嗚咽を漏らしながらその生命倫理を崩壊させる光景に魅了されていたことに気付いた。

「入嶋くん。これが私たちの最高傑作“ゾンビア”だ」




 まさかあれがケインの言うゾンビだったとは。何度も何度も脳内で再生されるあの光景を瞼の裏で再生してはあの巨体の異常さを忘れないように、言葉にして上手く残せられるように思考を巡らせる。

 入嶋はあれからゲイルからゾンビアについて説明された後、ナースのダリアと初めて出会った病室に戻って目を閉じて横になっていた。心臓の動き、緊張と興奮はまだまだ収まる気配を見せず、あの怪物を掌握するゲイルとこれから立ち向かわなければならないという自分の未来をひたすらに呪った。

 ゾンビアと呼ばれるあの巨体はゾンビの典型的な特徴である不死の部分を再現し、またそれに加えてありとあらゆる地球上の生命体の長所をつぎ込んだ合成獣であるらしい。あの禍々しい頭部は人間以上の視野の入手とくちばしによる攻撃を可能にするためにあのようになったようだ。

 その他ゲイルに色々と説明されたのだが、あの惨状を見た後に平常心で居られるはずもなくこのような断片的な記憶しかない。そのためにあの映像をどうにか脳内で再生し、何か抵抗の糸口を探そうとしている。

 立ち向かってはいけない相手だとわかっていても、自分の変に強い正義感と冒険好きな性格のせいでこのような不毛な時間に意識を向けてしまっている。当然ながらゲイルから言われた説明以上の情報を記憶から導き出すことは成功していない。

 しかしながらあの巨体をこの島の外に出してはならない。叔父さんの意思やケインからの期待に、そしてこの世界を保つために自分がどこまで出来るのか不安で仕方ないが何か大きなことやるしかない。

 入嶋は満足という二文字では違和感を産むような充実感を確かに感じながら静かに、それはあの雨が止んだ後の世界のように眠りについた。




 翌朝はダリアに起こされた。何時間眠りについていたのか分からないが、体の調子から考えるに結構な長い惰眠を貪っていたに違いない。彼女は相変わらずナースらしい格好をしている。黒い肌とのコントラストがとても魅力的に見える。

 入嶋は体を起こして、軽く腰をひねって枕元に置いてあった(いつ外したのかわからない)メガネをかけて、おはようとダリアに間の抜けた声であいさつをした。

 素敵な笑みをたたえながら彼女は「おはようございます、入嶋さん。体の調子の方はいかがですか」と丁寧に答えてくれた。

「ああ、なかなかにいい感じだね。昨日はとんでもない悪夢を見てしまったから尚更さ」

「悪夢、ですか」と彼女は少し訝しげな表情を見せる。

 余計なことを言ってしまった。彼女の素敵な笑顔に安心しきってしまったのか、寝起きで頭の回転が始まる前だったのか、迂闊にも余計な話をしてしまった。

「あ、ああ。そうなんだ。ええと、昔のトラウマがね」

「それは大変でしたね」

「そうなんだ。でも大丈夫」

 何とも情けない言い訳だったが彼女はそれ以上の詮索はせず、既に用意してあった朝食を紹介し、その際の飲み物は何がいいか尋ねてきた。この仕事はナースというよりもメイドのようだなと感じたが、余計なことを言ってしまってから彼女が少しばかり考え事をしているように見受けられる方が気になってしまった。

 もしかして彼女もゾンビアについて既に知っていて、私が昨日ゾンビアを観たということまでも知っているのではないか。ふと彼女の表情の違和感からそのようなことが察せられるような気がした。しかしこれ以上の余計な詮索はやめにすることにしたので諦めて朝食として出されたトーストを口に運んだ。

 これからは誰が味方になりうるのか、誰が敵対しうるのか、そういう色眼鏡で出会う人たちを観察していかなければならない。

 いつの間にか食べているトーストの味がわからなくなった。

(筆者のひとこと)

久しぶりの改稿です。書き直すたびに文章量が増えていきます。少しずつ元の展開が後回し後回しになっていきます。下手すると全25話から全30話になったりして…年内に終わるのかな…?

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