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イン・ジ・アイランド  作者: ハルヤマノボル
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⑬『ゲイルの野望を止めてください』

 入嶋は手が汗ばんでいることを急に自覚した。両手のひらをジーンズにこすりつけ、恐る恐る右手のひらを天井照明が投げる穏やかな光にかざすとキラキラとした線が拳線に沿って流れていた。

 気付けば頬の後ろに、首筋に、汗が流れているのを感じる。これまでに感じたことのない高揚感が体に変化をもたらしているようだ。

『入嶋さん、まずはこの島の存在について説明しましょう』とケインは答え、テーブルにあるコーヒーカップに手を伸ばし、それを口に含んだ。そしてこの島のことについて淡々と説明し始めた。

 この島は元々周辺の島国が保有する領地であったが、戦時中の植民地支配により連合軍の駐屯地として近代化が進められた。そして戦後、敵国の捕虜を幽閉して人体実験を行う施設と代わり、製薬の歴史の裏で大きく貢献したようだ。国際社会へと時代が移り変わる中で締結された和平条約によりその島から人の尊厳を奪う施設は失われたが、その代わりに科学実験としての最先端の施設へと変貌を遂げた。

 失敗しても周辺の海域以外に重大な被害をもたらさないという極めて人類の利己的な理由の下、推し進められた危険な科学実験の数々はこれまた人類の進歩に大きく寄与することになった。しかしその数年後に行われた原子力の実験に失敗し、人間を含む全ての生物が生存できない程に汚染されてしまう。

『入嶋さん、これがこの島がロストワールドと呼ばれている理由です』とケインは告げ、またしてもコーヒーを口に含む。

『人が住めるようになったのと、難民に何か因果関係があるようだな』

『よくご存じですね』

 ケインは少し意外そうな視線を入嶋に向けた。入嶋はまだ手のひらでキラキラ光る線を眺めている。

『ここからが本題です』とケインはまた淡々と語り始める。

 最悪の状況に陥った中でも希望は存在したようで、わずかな生存者たちが放射能汚染を自力で除染し、崩壊したネットワークシステムを立て直し、何とか最低限の連絡は取れるほどの状態に戻したそうだ。

 その生存者たちから送られたメッセージに当局は驚いたが、実験の失敗の詳細を知る者の存在を快く思わない上層部の命令により秘密裏にその生存者たちは殺されることとなった。そこでこの島の歴史が終われば良かったものの、島の状態の良さに気付いた上層部たちは何か有効活用出来ないかと思案し始める。そこで生まれた計画こそがこの島の抱える闇である。

 その一つが自国に受け入れるはずだった難民たちを戦禍に巻き込まれて死亡したことにして、この島に送りつけること。もちろん非人道的行為であるが、難民を受け入れようとしたという表向きの事実は国が誇れる実績となり、国際的な会議などで他国に貢献度をアピールできると考えられた。

 そしてもう一つは核に代わる新たな軍事力の開発を行うこと。過去の世界大戦と同じ惨劇を繰り返すわけにはいかず、近年の戦争において核に頼ることは世界的にタブーとされている。批判され続ける「核保有国を抑えるために核を持つ」に代わる新たな力の開発を秘密裏に行うには、世界から見放された島はうってつけの環境であると考えられた。

 これら二つの極めて身勝手で利己的な動機によりこの島は今も存在し続けているとケインは締めくくった。

『核に代わる新たな軍事力っていったい何のことだ?』と入嶋はシンプルに興味を抱き、ケインに対してこのような質問を投げかけた。

『僕もその概要についてあまり深く関われていないので詳しくはわかりませんが、いわゆるゾンビです』とケインは答える。

『ゾンビ?』

 パッと入嶋の脳内に浮かんだのはボロボロの服を着て褐色もしくは緑色の不気味で乾燥した肌を露出させてよたよたと歩く典型的なゾンビの姿であった。

 入嶋は狐につつまれるような気分になる。

 このような極限の環境に無理やり加えられて、まさか一番聞いてはならないような秘密の真相が「ゾンビ」だと聞かされて落ち着いていられるわけがないだろう。

『きっと入嶋さんの想像するものとは異なると思いますが』

 ケインはゾンビというありきたりな単語を使ってしまったことを後悔しながらも、入嶋が想像するゾンビを思い描くと思わず笑いそうになる。

『それで、どう俺がここに連れてこられた理由に繋がるんだ?』

 入嶋は手のひらをひらひらさせるのをやめにして、腕を組んで真剣な顔でケインの方へ向いた。見つめ合う二人、ただ空調の気の抜けた音が部屋を満たす。

『ゲイルの野望を止めてください』

「ゲ、ゲイル…?」

 自分の口から声が漏れたことなど気が付かないほどに入嶋は動揺していた。島の歴史と尊厳を奪われた難民たち、そして謎に包まれた核に代わるゾンビの存在。その先にある私がこの島に連れてこられた理由がゲイルの野望を止めること。

 手のひらがまた水っぽくなるのを感じる。

 どうすればそれらが繋がるのか?

『ゲイルはこの島の支配者です』

 ケインが前触れなく話し始めた。今度はコーヒーを口に含まないようだ。

『そして世界転覆を企む者でもあります』

『それがヤツの野望なのか』

『そうです。ゲイルは利用するだけ利用してきた世界に対して強い敵意を抱いています。そしてそれを実現するためにゾンビの開発を進めているのです』

『君の言う核に代わるゾンビか』

 改めて言われても実感が湧くはずが無かった。そもそも核という圧倒的脅威に対抗しうるゾンビというものが想像できるはずがない。だいたい核そのものについての知識が乏しいのだから尚更だ。

『この島内でゲイルに逆らおうとする人間はいません。全ての難民と研究員は望まない形もしくはゲイルからの勧誘によりこの島に送られてきた身です。私はこの島で生まれ育ったので境遇は異なりますが、大半はゲイルに感謝しています』

『俺はその勧誘とやらに当てはまるのか…?』

『入嶋さん、あなたは無理矢理連れてこられた例外です。それ故にゲイルの脅威となりうる存在になれます』

『だいたい何を根拠に俺が脅威だの、野望を止めるだのと思われているんだ?』

『博さんがそう言っていたからです』

『博…!?おじさんが…?』

 この瞬間、入嶋は叔父のせいで自分がこの島に拉致されるという迷惑を受けていたことを急に思い出した。しかしその後に感じたのは叔父に対する憤りではなく、何か他に理由があって叔父は私を選んだのではという自分の勘が正しかったのではという期待であった。

(筆者のひとこと)

自分なりに丁寧に書き直したおかげで時間がかかってしまいました。改めてこの島の全貌と世界観を表すのと、これからのストーリー展開を期待させる重要な回です。次話も同じく重要です。


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