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短編集

退屈な一日

作者: 霜雪 雨多

 

ごすっ。


腹部に突然衝撃を受け、目を開いた。窓から差し込む朝日が眩しかった。布団がクッションになっているとはいえ、なかなか痛い。


 「お兄ちゃん、おはよう!」


 その声はおれのからだの上から聞こえた。荒々しすぎるモーニングコールだ。

毎度のことながら、いい加減にしていただきたい。ほんの少し早く起きれば回避できることは分かっている。分かっているのだが、どういうわけか一度も成功したことがない。腹いてー。

 

「つれないなー。こんなにかわいい妹が起こしに来てあげたんだよ?軽く見積もっても100万円以上の価値はあるね。」


 ドヤ顔がうざい。

 一銭の価値もねえよ。

 今回も役割を果たせなかった目覚まし時計が、物悲しげに、時を刻んでいた。


 「ほら、着替えるから部屋出ていけ。」


「はーい。」


しぶしぶといった様子で妹は部屋を出ていった。こいつと話していると朝の時間がいくらあっても足りない。


さあ、退屈な一日が始まった。

教室はやはりというか騒がしかった。わいわいがやがやと、同じことを喋っていて楽しいのかね。

おれはグループというものには属していない。小学3年生のときに、父の仕事の都合でこの地域に転校してきたのだが、新しい学校、クラスに以前ほどなじめなかった。でもいじめられていたわけじゃない。話しかければ答えてくれるし普通に仲良くしている。

そう。知り合いはいたのだ。友達ほど深い付き合いが必要なく、容易に切り離せる。友達の価値はそれほどでもないのだ。いなくても困ることはない。


ひとしきり机を片付け、改めて教室をみわたした。

「はあ…。」

たくさんの笑い声が寝ぼけた頭にがんがんと響く。こいつらはもう毎度毎度…いや、文句を言っても仕方がない。こういうのは諦めが肝心だ。でもそのうち発狂するかもしれないから対策を講じないと。


灰色の世界で。

灰色が動く。

灰色が笑う。

灰色の声がする。

名探偵のバーゲンセールだ。

灰色なのが脳細胞だけなら、まだ救いようもあるのにな、とどうでもいいことを考えつつ朝の時間をつぶす。


「おはよう。」


空色の声がした。


彼女の周囲にだけ色がつく。とびきり鮮やかで、透明で、いとおしい色が。

 おはよう、とこちらもあいさつを返す。

 「またぼーっとして。寝不足じゃないの?睡眠はきちんととらないと。」

 「いや、顔はそう見えるかもしれないが、脳はミントガムをかんだ時ぐらいさっぱりしてる。」

 「それならいいけど…」

 ただ一人、胸を張って友達と呼べる存在。

 彼女と友達になるために、同じ委員会に入ったり、無数の小説を読んだ。

 それから、チャイムが鳴る直前まで他愛もない話をした。

うん。友達って最高だね。

「じゃあ、私そろそろ席にもどるね。」

あのさ、と声をかけると、「ん?」という風で振り向いた。

「放課後、一緒に帰ろう。」

「うん、いいよ。」

彼女はにっこりとうなずいた。

ゆっくりと息を吐く。

 数時間前から決意していた。この灰色の世界に彩りを与えてくる彼女に、今日、告白する。


時間は瞬く間に過ぎ、放課後になっていた。

え? いや別に不思議な力が働いたわけではなくて、省略でもない。

ただ時間がほんとに一瞬に感じられただけだから(震え声)


それはともかく、同級生の好奇の視線を振り払い、二人で学校を出た。

覚悟はとうの昔に決めていた。


「…なあ。」

心臓の鼓動が自然とはやくなる。頬や手が熱くなるのがはっきり自覚できる。口の中はもうカラカラだ。ここまでくるのにどれだけの時間がかかったか。首をちょこんと傾げる彼女に告げた。


「えーあの、青川次郎の新刊来月に出るの知って。」


「初耳だよああ私とあろうものが何たる不覚張り巡らせている情報網を見直しておかないとお天道様に顔向けできないよ。ちなみに黒犬シリーズの続刊であってる? 最後に出たのが確か去年の今ぐらいだからそうなんじゃないかと思うんだけど。」


ヘタレた結果、予想の1・5倍ぐらいの分量の返答が返ってきた。


「よくわかったね。」


「やったあああ!」


両手をあげ、バンザイで喜びを表現している。普段の大人しい様子からは想像もできない光景である。そういうところも好きなんだけど。


やがて、それも落ち着いたようで、教えてくれてありがとう、とほほえみを浮かべた。


「借りてた本いつまでに返せばいい?」


「いつでもいいよ。きちんと読み終わってくれれば。」


そうなのか。


「また時間を忘れるぐらい語り合いたいし。。」


「ならお言葉に甘えさせともらおう。」


「それじゃあ私はこっちだから。また明日ね。」


ふと気が付くと、いつもの十字路に来てしまっていた。


「あ、あのさ!」

渇いたのどから声を絞り出した。でもその続きが声にならない。口をもごもごさせるだけだ。ほら、こうしてるから彼女困ってるじゃないか。十数時間前に決めた覚悟はどうした。このままだと同じことの繰り返しになるだけだ。


「えっと…どうし。」


「……好きです。付き合ってください。」

彼女は目を見開いた。


…はは、この二文を言葉にするのにどれだけの時間がかかったか。自分の優柔不断さにはあきれるばかりである。お願いだか


「ごめんなさいっ!」


その一言だけ言い残して彼女は走っていた。

頭を鈍器で殴られたような衝撃。

おれはめのまえがまっくらになった!


それから、どうやって家に帰ったか、何をして過ごしたかはほとんど記憶にない。たぶん夕飯を食べ、風呂にも入ったのだろう。

スマホのコール音がした。ただでさえ載っている数の少ないアドレス帳だ。相手は大体予想がつく。画面も見ずに、おれはスマホの電源を切った。

もう、どうでもよかった。

そうして、俺は欲望の赴くまま、そのままベッドに倒れこんだ。


 ごすっ。

腹部に突然衝撃を受け、目を開いた。窓から差し込む朝日が眩しかった。布団がクッションになっているとはいえ、なかなか痛い。

 

「お兄ちゃん、おはよう!」


…『今回も』起きるのに失敗した。



退屈な一日が、今日も始まる。



一応、「僕」はこの一日をタイムリープしているという設定です。

「僕」は「彼女」に何度も告白しています。告白は受け入れられることがあるのかはご想像にお任せします。

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