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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はじまりのコトバ

作者: 愁しゅう

女の子っぽいカンジの男子がニガテな方は、読むのを避けてください…。

 たった一言で、そのひとを好きになってしまうことが、現実にあると思ってなかった。


 全校生徒が好奇心いっぱいの目で見つめるステージ上で、ぼく鏑木悠也(かぶらぎゆうや)は、緊張とそのための吐き気で足をガクガクと震わせていた。

 ぼくの横に並ぶ四人はみんな女の子。

 なぜなら、これは…

「では!今年の我が校のマドンナを発表します!」

 毎年の恒例行事らしい…ミスコン、だからだ。

 まかり間違って推薦されてしまったぼくは、それこそまかり間違って最終審査まで残ってしまっている。

 男子の視線は揶揄、女子の視線は軽蔑。

 それは小学生のころから変わらない。

 だれひとり、ぼくをぼくとして見てくれない。

 たとえ、外見がよかったとしても…ひとりなら意味がない。

 …気持ち悪い。はやく…みんなの前から姿を消してしまいたい。

 けたたましく鳴るファンファーレも、ぼくには騒音にしか聞こえない。

「満場一致で、一年C組鏑木悠也くんです!」

 スポットライトに目が眩んで、さらに体調が悪化する。

 クスクスという小さな笑い声と、わざとらしい拍手の中、司会者の生徒会長がマイクを向けてきた。

「二年三年のお姉さま方を差し置いての受賞!いまのお気持ちは?」

 …どうでもいいから、はやくここから降ろして。

「…嬉しいです。投票ありがとう、ございます」

「いやあ、新マドンナは慎み深いですね〜」

 ぼそぼそと決まり切った言葉を述べると、生徒会長はあからさまに揶揄ってきて、その口調にどっ、と体育館は笑いの渦に巻き込まれた。

 ぼくは、この学校のピエロだ。

 高校生活も、きっと、いままでと変わらない。


「男のクセしてマドンナなんて、バッカみたい」

 教室のドアを開けた瞬間飛び込んできた声に、つい入口でそのまま固まってしまった。

 喋っていた女子は、ぼくの姿を見ても別に悪いことは言ってないって具合に睨んでくる。

 リップグロスを塗りたくったテカテカな唇と、合成繊維のバッサバサな睫毛、ふくよかなバストをした彼女は一次審査で落ちていた。

 きっと、自信があったんだろうな。

 彼女を取り巻く女子も、鼻で笑ったような表情だ。

 そんなの、とうに慣れてる。

 なるべく同じ中学のひとがいない学校を選んでも、結果はいつも変わらない。

 だから、いいんだ。もうどうでもいいよ。

 無言で自分の席に戻ろうとすると、誰かに右腕を掴まれた。

 そのまま腕の先を見ると、アッシュグレーのメッシュが入った前髪が目に映った。

「井上…くん」

 右にふたつ、ひだりにみっつ、ピアスをしてる彼、井上一芳(いのうえかずよし)は、ちょっとした有名人だ。

 入学式には、きれいな女性にオープンカーで送ってもらっていて、毎日違う女の先輩を連れ歩いて、保健室の先生ともいろいろあるらしい。

 友達がいないぼくの耳にも入ってくるほど、遊び人な彼の噂は入ってくる。

「なんだ、ちゃんと喋れるんだな」

 なにも言わないから喋れないかと思った、と口の端をあげて笑って立ち上がると、くしゃくしゃとぼくの髪を掻き撫でた。

 こんなふうに触られるのははじめてで、なぜかドキドキと胸が騒いだ。

「やわらかい髪。目も唇も自然でこんな、なんだから、おまえらみたいなツクリモノの女が勝てるワケねえだろ」

「っ!なんですって!?」

「あんただって、その女をとっかえひっかえしてるでしょ!」

 『ツクリモノ』という言葉に反応した女子が、一斉に井上に怒りの矛先を向けた。

 ギャーギャー喚くな、としかめっ面をして耳を塞いだ彼は、なんとぼくの体を腕の中に収めてしまった。

 あ、タバコの匂いがする…。

「別にツクリモノが悪いとは言ってねえだろうが。ただ、こいつは本気で可愛いんだからしょうがねえって話。あんまし僻むと性格歪むぜ?」

 キーッ、っていう金切り声が聞こえてきそうなほど、彼女たちは顔を真っ赤にしている。

 ああ、井上はぼくを庇ってくれたんだ。

 見た目、不良?っぽいけど…いいひとなんだなあ。

「…かわい、い?」

「可愛いからマドンナ様に選ばれたんだろ?もっと、自信もってみろよ」

 いま、ぼく…声に出してた?

 自信、なんて…ぼくなんかがもってもいいの?

 目顔で問いかけると、彼は頷いて笑った。

 そして、もう一度くしゃり、と撫でられた頭が、なんだかとても熱くて…胸がきゅっとした。


 放課後、日直で最後まで残っていたぼくは、担任から健康診断の問診票を取ってくるように言われて、保健室へ行った。

 けれど、少しだけ開いたドアの隙間から、女性のか細い声が聞こえて立ち止まった。

 どうしたんだろう、と覗き込んで…そのまま動けなくなってしまう。

 最初に見えたのは、保健の先生のすらっとした足と、その先で脱げそうになった黒いハイヒールだった。

「っ」

 そして、その足を支えて体を密着させていたのは…井上だった。

 彼は眉間に皺を寄せて目を眇め、僅かに開いた唇からは小刻みに呼吸の音が漏れている。

 なにをしているのか、なんて、実際に経験のないぼくにだって判った。

 見てはいけないのに、どうしても目が逸らせなかった。

 しかも男なら、夢中になって見るのは先生のはずなのに、ぼくの視線はずっと彼に縫いとめられている。

 頬を伝う汗と、息を詰まらせる声。

 …そして、やわらかく弛緩していく表情。

「っ、は…」

 気がつくと、全身にぐっしょりと汗をかいていた。

 身体の中心が熱を持って苦しい。

 どうしよう、どうしよう。

 はじめて覚えた欲情、という感覚にすっぽりと飲みこまれてしまう予感がした。

 胸の奥底から溢れ出して、迫ってくるモノから逃げるように、ぼくは鞄も置き去りにして家まで全力で走り続けた。


 それから、ぼくは井上を見ることができなくなった。

 彼を、ぼくの汚い欲望で穢してしまったことが、いたたまれなくて…申し訳なくて。

 それでも、どうしようもなく彼を好きになってしまっていて。

 この、芽生えてしまった想いと欲望を、どうしたら手放すことができるのかな…。

「あーっ、もう!フラレた!」

 教室中に響き渡るような声で叫んだのは、例のミスコン一次審査敗退の彼女だ。

「ま、これでスッキリしたんじゃないの?」

「そうだよね〜。次行こっか!」

 …それは、あまりにもあっけらかんとしすぎてるんじゃないかな。どうでもいいけど。

 あ、そっか。フラレれば、少しは軽くなるのかなあ。

 そうしたら、彼をぼくの中で、あんな目に遭わせなくてすむのかな。

 ちらっと見た井上は、どこかつまらなそうに窓の外を眺めていた。


 放課後、思い切って話しかけて、呼び出すことに成功したのは奇跡だと思う。

『もっと、自信もってみろよ』

 彼のその言葉がぼくに勇気をくれた。

 それでも、緊張して足はずっと震えてるし、恥ずかしくて涙が溢れてくるのは止められない。

「こいびとにしてください」

 そう頭を下げると、彼はふうん、とぼくを観察しているみたいだった。

 どんな表情をしてるのか確かめるのが怖くて、顔を上げられない。

 失敗した、かなあ…。

 ここでフラレても、明日また教室で会うんだ。クラス中に、ぼくが告白したことが広まるかな…。

 ううん、彼はそんなことをするひとじゃない。

 だったら、最初からぼくなんかを庇ったり、しない。

「ぼくで満足できなかったら、浮気しても…いいから」

 え…?なに、言ってるの…ぼく。

 フラレにきたのに、そんな食い下がるようなこと、どうして言ってるの?

 あっ、と思って顔を上げると、井上は少し険しい表情をしていた。

 ぼくが告白なんてしたから、気を悪くした?

「そんな覚悟があるなら、まあいいよ」

 けれど彼は、ぼくが予想してなかったことを言ってくれた。

 一瞬、なんて言われたのか判らなかった。そのくらい、信じられないことで。

 …ほんとうに?ぼくで、いいの?

 こいびとに、してくれるの…?

「っ、嬉し…い…」

 溜めこんでいた涙が、とうとう溢れて頬を伝った。

 はじめて好きになったひとが想いに応えてくれる、そんな幸運があるなんて。

 涙が止められないぼくの頭を、彼はその大きくてあたたかいてのひらで、撫でて慰めてくれた。

 言葉にできない想いが溢れて、ぼくは彼に抱きつくことでしか言い表すことができなかった。


 彼と付き合いはじめて、ぼくは変わったと思う。

 自分でも驚くほど、わがままでずうずうしくなった。

「カズくんなんか、大っ嫌い!」

 ばっちーん!と彼の頬が大きく音を立てた。

 浮気は許したくないけど、最初に言ってしまった手前、どうしてももうやめて、って言えない。

 ウザイとか迷惑とか言われてフラレたら…それこそ、死んでしまいそうだから。

 浮気を知って最初に平手で打ってしまったときは、ほんとうに無意識で、どうしようって思ったけど、そのあとに彼はとろけそうな甘い言葉で慰めてくれた。

 彼にとってぼくは、もしかしたら毛色の違うおもちゃ、くらいな存在なのかもしれない。

 けれど、いまは彼の瞳の奥にある、やさしい色を信じてる。

 叩いても怒らない彼の気持ちが、ぼくだけに向けられることを願ってる。

「このローション、いい匂いだな」

 カズくん(ちょっと恥ずかしい呼び方かな?)が、ベッドサイドに置いてあるボディローションを手にして、鼻をクンクンと動かしていた。

「うん、マンゴーっていい香りするよね。カズくんがぼくからするって言ってる、甘い匂いってコレでしょ?」

 カズくんはぼくと付き合おうと思った理由に、ぼくから香るらしい、甘い匂いもあったと教えてくれた。

 マンゴーの写真がパッケージの、そのローションは、最初は父さんが母さんのご機嫌とりに買ってきたものだった。

 でも気に入らなかった母さんに押し付けられて、そのままリピート購入するほど愛用してる。

「いいや、違う。ユウのはもっと熟れてる甘さっていうか…なんなんだろうな?」

「それはこっちが訊きたいよ」

 ぼくがクスクス笑うと、カズくんがぼくを引き寄せて、髪に顔を埋めてくる。

「ん…、やっぱこっちのがいい匂い」

 髪ってことは、シャンプー?でもフルーツ系の香りじゃなかったはずだけどなあ。

 髪に触れる吐息がくすぐったくて、もうやめて、と彼のシャツを掴んだ。

「…あ、ぅん…っ」

 すると、彼の唇がすっ、と移動してきて、ぼくの唇に触れてきた。

 最初はぼくの唇を堪能するように、自分の唇で挟んだりやわらかく歯を立ててきて、それからゆっくりと、ぼくの口腔内に忍び込んでくる。

 ぼくの、ぽってりとした唇は、なんだかタラコ唇みたいで恥ずかしかったけど、カズくんはそれがいいって言ってくれるんだ。

 どうやら彼はそうとうのキス好きらしくて、それこそまったく経験のなかったぼくは、キスだけでぐったりしてしまう。

「…は、ぁ…っ」

 力が抜けてベッドに沈んだぼくの唇を追いかけて、カズくんが覆いかぶさってくる。

「も、苦し…、ゃだ…っ」

「腹、減ってんだよ。もっと食わせろ」

 そのやりとりの間も、彼の舌や唇はずっとぼくの唇に触れて離してくれないんだ。

 それでなくても肉厚なぼくの唇が、さらに真っ赤にぷっくり腫れるまで続けられる、甘い甘いキス。

 意識が朦朧としてきて、恥ずかしい気分になってくるけど、まだそれ以上はない。

 ぼくに合わせてゆっくりと歩んでくれている、彼の心が嬉しくて、けれどいつも胸が切なくなる。

 あのね、カズくん。

 ぼくはもっと、欲深い人間だよ。もっと、カズくんが欲しい…ぼくのぜんぶが融けて、ドロドロなってしまうほど、深く愛されたい。

「カズ、くん」

「ん?」

「だいすき」

 ぎゅっ、と抱きついたぼくに、彼はちゅっと啄むやさしいキスをくれた。

続きがあれば18禁指定になります…。

年齢が到達してない方や、それ以上の描写が苦手な方はスミマセンです…。

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