彼氏のシャツがダサすぎる
俺。
そうデカデカと達筆に書かれたシャツを着て、私へさも当たり前のようにツーショットをせがんできているこの男。
「どうして旅行の時に限ってヘンな服を着てくるの?」
私の意識としては、なるべく棘を出さないよう言おうとしたのだけれど、口から出た言葉はつまようじくらいの鋭さがあった。
「……俺も別に着たくて着てるワケじゃ……あ、いや、それだと語弊があるなぁ」
どっちでしょうか。
「とにかくさ、一緒に撮ろうよ、な?」
「着替えたら考える」
苦笑いをしながら「困ったなぁ」と言って頭を掻くコイツ。
コイツは一応、私の彼氏だ。
出会ってからは四年、付き合い始めて三年になる。
「困ってるのはこっちよ、どうしていっつも……はぁ」
彼氏とは三ヶ月に一度くらいのペースで、二泊三日の旅行に行っている。
つきあい始めて少しあと、彼氏が沖縄旅行を提案してきたのが始まりだ。
それ以降定期的に近いカタチで、彼氏、亮介から旅行に誘われている。
ここまでは良いのだ、ここまでは。
亮介は少し人見知りだけど、仲良くなってからはとても一緒にいて居心地が良くて、落ち着く。
頭も良くて、仕事もかなりのやり手だと亮介の友達から聞いた。
顔も私はカッコいいと思う、ここは個人差アリ。
人を物件扱いするのはイヤなのだけど、万年フリーターの私にはもったいない優良物件である。
だけども、
「その服のセンスはどうにかして欲しいわ」
服のセンスがダサい。
「字が入ってる服って、あんま良いデザインないんだよ、一応これでもセンスがありそうなシャツを選んだつもり、ではある」
どうして字が必要なんでしょうか。
この質問が私の口から出ることは無い。
だって今まで旅行の度に言ってきたんだから。
厳密に言うと、亮介の服のセンスはずっとダサいワケじゃなくて、旅行限定でダサいのだ。
いつものデートはふつう、オシャレさんってワケじゃないけど、ダサくはない。
最初の沖縄旅行の時は、「日」の一文字が両肩にプリントされた薄茶色のライトジャケットだった。
家に迎えに来てくれた亮介のジャケットを見て、体がしばらく止まったのは今でも覚えている。
次の京都への旅行の時も、ひらがなが一文字だけ背中にプリントされたデニムシャツを着てきた、「さ」か「し」のどっちかだった、ハズ。
デニムシャツパターンはその二つだったから。
三回目の大都会東京への旅行で、私はとうとう聞いた「どうして字の入った服を着るの?」
亮介が言った言葉はこうだ。
「俺の人生を決める、儀式みたいなものなんだ」
それ以降の旅行でも、亮介は一文字の入ったダサすぎるシャツを着て私とツーショット写真を撮った。
「女」だったり「氏」だったり、一番ヒドかったのは「下」。
そのシャツを着てきた旅行でした喧嘩を越えるコトは、タブンない。
今回の旅行も例に漏れず、亮介は一文字服を着てきた。
バラエティ番組とかで変な日本語が書かれたシャツを着ている外国人が特集されてたりするけど、まさか自国の人間が着るなんて。
手を組んでそっぽを向いて、そんなコトを考えていると亮介が回り込んできた。
「わかった、わかったって、写真撮ったらシロクロにでも行って着替えるからさ」
亮介は普段あまり表情を変えないのだけれど、今の亮介を見てそう思う人は少ないだろう。
眉をこれでもかとへの字にして、両手を合わせているいからだ。
「次の旅行は、変な字の服禁止だからね」
亮介の表情を見て、なぜだが罪悪感が沸き写真を撮ることを許してしまった私、甘い。
「……ありがとう」
亮介の特徴の一つに、メンタルが弱いことが挙げられる。
でもまぁ、
「じゃあ撮るよ、はい」
そんな所も嫌いじゃない。
亮介の肩に自分の肩をくっつけ、スマホのシャッターを――。
「あ、悪い、本当に申し訳ないんだが」
はぁ。
やっぱり、
「文字が入らないとダメなのね」
気まずそうに頷く亮介、心の中で吐いたため息を今度は地面に吐いて、別の観光客であろう中年のご夫婦? にスマホのシャッターを押して貰った。
俺、そう白で書かれた黒色のカットソーを着た、亮介と肩を触れ合わせながら。
。
。だった。
通例の旅行通り字に分類するなら「。」が正しいと思う。
分類しないなら丸。
「……字じゃないから、許して」
無地の白い長袖シャツ、タブン結構高いと思う。
亮介のスタイルが良いのもあると思うけど、どこか高級感を漂わせているシャツだ。
襟元とウエストの作りから見て、そう判断させて頂きました。
アパレルファッションバイト歴七年の私の目に間違いはない。
だけどもその高級感に一点だけ、文字通り一点だけおかしな箇所がある。
私から見て右下に、添え物のように黒のペイントで丸、「。」が書かれてあるのだ。
いやでも。
「良いんじゃない? カワイイと思う」
悪くない。
高級感の中に遊びがある感じで。
「マジ!?」
そんな驚かなくても。
「亮介ってキレイめな服が似合うんだけど、遊びが少ないのよね、でも今着てるのは良い感じ、ブランドどこ?」」
ファッションを生業にしている人間の血が騒ぎ、早口で亮介に聞く。
「ジュンブル、だったかな?」
なんですと。
「メッチャ高くない? 二万くらい行ったんじゃないの?」
ジュンブルと言ったら中々に高級なブランドだ、ファッションオタクな人が着るレベルで、散歩と読書が趣味の亮介が着る代物じゃない、大体いっつも亮介が着てる服の価格帯と、離れすぎている。
「うん、消費税入って三万越えたよ、でも少しでもカッコいいのが俺も良かったし、まずその、瑞季に嫌われたくなかったから、高いの買った」
服がダサいだけで嫌うワケがないでしょう。
ワザとダサいとわかってる服を着てくるのに、怒ってるだけで、私は亮介を嫌いになったコトは一度もない。
……喧嘩したときは、二、三回言ったかもしれないけど。
それにしても亮介の旅行時限定文字ファッションへのこだわりは本物だ。
必ず写真には文字が入るようにするし、今回みたいに高い買い物をすることも辞していない。
今にして思えば、他の服もセンスは無けれど作りが良いものがちらほらあった気がする。
「これがキッカケで高い服に興味持ったりして」
できれば止めて欲しい、旅行に行くホド貯金が出来なくなるのは目に見えているし。
それくらいファッションには諭吉さんと英世さんと漱石さんの大群が必要になる場合があるのだ。
亮介は苦笑いをしながら、白シャツの胸ボタンあたりを引っ張り、
「それは無いかなぁ、文字シャツ以外は高くてショッピングモールの中にあるショップのセール品くらいだから」
少し間を空けて、亮介がまた口を開く。
「……あと、文字シャツを買うのもこれで最後だったしね」
ん。
「それって、もう旅行しないってこと?」
急に自分の体温が下がっていく感覚を覚える。
これで旅行が最後だとしたら、私にとって最悪な結末があるのだ。
「もうこれで終わりにしよう」と亮介から言われること。
私の表情がよっぽどだったのか、亮介は慌てて手を横に振る。
「ああ、いやいや、タブン旅行は続けると思うよ、もちろん瑞季が嫌じゃなかったらだけど、変なシャツを着て旅行するのが最後って話」
ああ良かった。
何か亮介に悪いことをしたかと自他ともに認める凡脳で考える必要は無くなったようだ。
一通りの会話を終え、亮介の車に乗り飛行機へ。
今日は鳥取へ砂丘を見に行く予定らしい。
亮介の旅行計画は、けっこうアバウトだ。
タブン砂丘を見に行った後の予定は決めていないだろう。
だけどまぁ、
「好きだよ、亮介」
そんな所も嫌いじゃない。
鳥取への旅行からしばらく経った。
そろそろ亮介から旅行のお誘いが来る時期なのだけれども、そんな様子は見られない。
いつもは下手くそな言いまわしで私が行きたい場所をそれとなく(本人はそれとなくと思っている、ハズ)聞いてくるのだ。
他のバイトが休んでしまった所為で七連勤になった直後の休み、私は圧巻の十二時間睡眠をキメた。
一通りの身支度を整えたあと、ふと旅行の誘いが遅いことが気になって、なんとなくスマホを開いてみる。
すると、
『今日ヒマ?』
以心伝心という奴でしょうか、亮介からメッセージが入っていた。
起きた時には無かったから、シャワーを浴びている最中に送信されたメッセージだろう。
『今起きた』
と書いてタヌキがデフォルメされたスタンプを付けて送る。
すると、一瞬で既読が付いた。
『私の家に来れますでしょうか』
どうして敬語なんでしょうか。
それにしても珍しい、亮介がすぐ既読を付けるなんて。
『いいよー』
送る。
付き合って四年ちょっと、彼氏の家に行くことへの緊張はゼロ。
その後亮介と夕方に行く約束をして、私は再びベットに横になった。
七連勤なんてバイトにさせるな、この野郎。
少し肌寒くなった夕方の田舎道を軽自動車で走り、亮介のマンションを目指す。
亮介がキッカケで好きになったバンドのアルバムを流して数十分で亮介宅に到着、六階建ての三階だ。
手料理でも作ってやるかと思いながらインターホンを押すと、すぐに亮介がドアを開ける。
「やぁ、相変わらず何も無いけど、入って……って、まだ疲れとれてなさそうだね」
「大丈夫よ、寝すぎて疲れただけだから」
結局ゼンブで十七時間くらい寝てしまった、少し頭が痛い。
そのままバンプスの脱いで、もう何度めかもわからないワンルームへお邪魔する。
「あれ、今日部屋ちらかってないね」
いつもはそれなりに散らかってるんだけど。
パイプハンガーに目をやると、何着か例の文字服がかけられてあった。
ホント、どうして旅行の時にだけ変なファッションセンスになるんでしょうか。
「まぁ、たまにはね? どうぞごゆっくり」
言われていつも座っている場所に腰を降ろすと、亮介がケトルでお湯を沸かし始め、コーヒーを淹れてくれた。
私の好きなフルーティーな香りのするブレンドコーヒーだ。
行く途中のコンビニで買った焼きプリンと一緒にコーヒーを呑みながら亮介に仕事のグチを話していると、亮介が水色の冊子を取り出した。
「何それ?」
高そうなアルバム冊子だ、オシャレな雑貨を買う趣味は亮介には無いハズだけど。
「まぁまぁ、見てみてよ」
亮介が珍しくニヤニヤしている、これは何かある。
言われるまま亮介からアルバム? を開くと、まず最初にあったのは不機嫌な私と苦笑いの亮介のツーショットだった。
亮介の服には『俺』と書かれてある。
その写真だけが大きいアルバムの片面を独占していた。
亮介を見てみると、まだニヤついている。
首を傾げて再びアルバムに目をやり、隣のページを見てみると『と』と書かれたデニムジャケットを着た亮介と私のツーショット写真が一枚。
他のページもそんな調子でツーショット写真が一枚だけ。
漢字で書かれる文字シャツの写真だけ何枚か同じページにあるだけで、あと変な所は無い。
というか、このアルバム自体ヘンなんだけど。
「亮介ってアルバム作るセンス、無いのかも」
良く分からないまま最後のページの『。』を見終わり、ゆっくり閉じる。
「あれ? わからない?」
若干苦笑いぎみに言ってくる亮介だけど、残念ながら私にこのセンスを理解することは出来ません。
事実を伝えてあげようと思った矢先、亮介がアルバムを指差し、
「じゃあヒント、俺のシャツの文字が重要」
文字?
あのダサすぎるシャツ達に何か意味があるのでしょうか。
再びアルバムを開いてみる。
『俺』と『と』
……。
「俺と?」
そのまま口に出すと、亮介が何故か顔を赤くして頷く、ついでに頭を掻いていた。
どうやら文章になっているらしい、そのまま文章にしていくと、
「俺と、マルマルして下さい。」
何をして下さい、なんだろうか。
三ページ目にある漢字は『糸』と『土』と『口』。
四ページ目には『女』と『氏』と『口』。
降参のポーズとばかりに両腕を上げると、亮介は顔を赤くさせたまま次のヒントを出して来た。
「その漢字たちを合体させてみて、下さい。それが俺の、今までの旅行を通しての、メッセージなんだ」
言われるまま、この漢字たちを合わせてみる。
『結』と。
『婚』。
え?
「え? ちょ、ちょっと待って、え?」
「三年前から、ずっと思ってた」
顔に血が集中してくるのがわかる。
アルバムのメッセージを合わせると『俺と結婚して下さい。』になった。
それはつまり、亮介が、私へ、プロポーズを。
ここまで考えてからは、もう何も考えられなかった。
気付いたら涙が流れてきていて、ファーストキスすら私からしたくらい草食系な亮介が、私を抱きしめてくる。
「俺と一緒に暮らそう、瑞季」
この時私がした返事は、お世辞にも綺麗とは言えなくて、涙と鼻水で濁っていたけど。
「……はい」
一度も後悔したことはない。
――
「おかーさん、これ何?」
「ふふ、それはね――お父さんがプロポーズの時に……」
――彼氏のシャツがダサすぎる・完――