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聖徳太子の憂鬱

作者: 北極ペンギン

この作品はフィクションです。

実在の人物や団体とは関係がありますが、

事実とは大きく湾曲して描いております。

ご了承ください。

「見ろよ、あいつ。また鬱モードに入ってるぞ」

「またかね。そろそろ立ち直ってほしいのだが」

それぞれすでに故人となっている伊藤博文と夏目漱石は膝を抱えてうずくまっている一人の男性を一瞥した。

「……彼に物申してこよう」

夏目漱石は立ち上がる。

彼の眼は苛立ちで満たされていた。

「やめとけって。無駄だよ」

伊藤博文は止めにかかる。

どうにもならないというかのように手で相手を遮る。

「彼はここにいえる多くの者より遥か昔からいた古参である。あの姿は人前にさらしてよいものではない」

「同じ政治家として何度か話したことあるけど、あれはもう駄目だ。一度味わった蜜をそう簡単に忘れることはできねえ」

膝を抱える男、日本に多くの伝説を残して旅立ったかの名君の名は聖徳太子。

高い知能と特殊な力を駆使して、日本の土台を作りあげた男である。

近代においては一万円札の図柄を飾った男として知られている———

———知られていた。

一万円札として人々の懐を潤していたのもつかの間。

彼の異名は現在「旧一万円札の男」に改められている。

そしてそんな彼を叱責しようと立ち上がった男、夏目漱石、と完全に諦めきっている男、伊藤博文、はそれぞれ千円札を飾った男たちであり、聖徳太子も一万円札になる以前は千円札の男であったことから、二人は聖徳太子の後輩にあたる存在である。


「はあ、どうせわたしは……」

「失礼、貴殿は聖徳太子と聞く」

「うん……?だれ?」

「その腑抜けた態度。覚悟はできてるかね?」

「えっ?ちょっと何?怖いんすけど」

「歯を食いしばりためえ」


漱石の拳骨が太子の頬を抉った。

勢いで太子は後ろへ仰向けに倒れこんだ。

「あ~あ、また殴られたよ。何人目だよ。このまえも変な中国人に殴られたし」

「貴殿は恥ずかしくないのか。情けなくないのか。そんな無様を晒して!」

「でもでもだって」

「まだ醜態をさらすか!」

「まあまあ、そこまでにしとけって漱石君。君にはわからないでしょう。周りからチヤホヤされる天国から突き落とされる地獄の様相が」

諭す本人自身は突き落とされる地獄を味わったことがないにしても、女を侍らせた人生を送ってきた伊藤はある程度太子の心境を理解することができた。同情できるがゆえに、漱石のように強く言うことができなかった。それはあまりに不憫と。

「でも太子も太子だよ。太子は未だに、わずかだけど流通してるし、異名がまだ死んでない。下界の様子見てごらんよ。太子のことを『旧一万円札』と表現してる人たくさんいるよ?」

言って直後、伊藤は自らの失言に気づいた。

『下界の様子を見ろ』、これはいまの聖徳太子にかけてはいけない禁句の一つである。

「いいよ。見てやるよ。ほら、見ろよ!見てみろよ!おい、目に焼き付けろよこの惨状!」


【下界】

『やった、お年玉に諭吉さん2枚だ!』

『うそ……その指輪……私のために?……うれしい!うれしいよ!だいぶ諭吉さん使ったでしょ?』

『君のためなら諭吉さんをいくつ使おうがかまわないさ』

『諭吉さん拾った。交番に届けた』

『諭吉さんが一枚……諭吉さんが二枚……諭吉さんが……』

『ああ、待って!行かないで!諭吉さーん!』


「ほら見ろよ、あっちも諭吉!こっちも諭吉!みんなみんな諭吉!諭吉!諭吉!」

多少異様な光景だが、一万円札にしかわからない愉悦があるのだろう。

元千円札だった二人にも理解できないことではない。


「おや、奇遇ですねここで会うの」

「げっ。タイミング悪っ!」

その通りである。なぜなら三人に声をかけた男は話題の中心になっていたあの福澤諭吉であったから。

「ん?その声は……福澤か?福澤諭吉か?」

「どうもこんにちわ、聖徳太子さま。ご機嫌いかがでしょうか」

「ここであったが百年目!不俱戴天の仇、福沢諭吉!貴様をここで生かして返すわけにはいかん!」

「もう死んでますよ」

すかさず太子は殴りかかる。

しかしさすがは元武士。

あっさりと飛鳥人の攻撃をかわし、流れるような動きで取り押さえる。

「くっ……殺せ!武士ならば人に生き恥をかかせたまま生かせて置くわけには行かないだろう!」

「だから死んでますよ」

さすがは現一万円札といったところか。

一切の表情を崩さずに太子の暴走を治めた。


「そういうことでしたか!なるほどなるほど。感情を押さえられなくなる気持ちもわからないでもありません。私もそういった気持ちになることがありますので」

言いがかりをしたうえ、暴行に走った男を福澤は優しく諭し始める。

「いいですか、貨幣の図柄になっているからってその本人が愛されているわけではありません。皆あくまでお金が好きなだけですから。なので数十年前までのあなたの『モテ期』はただの虚ろな幻覚です。あれは決してあなたに向けて発した感情ではありません」

さすが教育者といったところか。

辛辣な言葉で現実を直接ぶつけてくる。

どんな拳よりも痛烈な言葉が太子を正気へと奮い立たせる。

冷水を浴びたかのように、太子の虚ろな目に少しずつ生気がみなぎってくる。


「言うまでもないと思いますが、自分がのっている貨幣で自分の価値は決まりません。なぜなら人の価値は数値で表すことができませんから。あなたの頼もしい友人たちは元千円札ですが、それゆえにあなたの十分の一の価値でしかないわけではありませんでしょう?私は生前多くの立派な方々を見てきました。でも、なぜでしょうね。お札に描かれたのは私でした」

諭吉は昔を懐かしむ目で遠くを見ていた。

彼の生きた時代はまさに日本がひっくりかえる激動の時代であり、そんななかを彼と共に歩んだ偉人たちは数知れずいる。龍馬、海舟、小五郎、隆盛、博文も……どれも現代の日本の礎を築き上げた男たちだ。

そして諭吉も、彼らも、太子と同じく、日本の成り立ちにおいて欠かせない男たちだ。

財布に諭吉や野口、樋口を抱えた読者の皆様はそれをよくご存じのことでしょう。


「いや~、さすが同時代に生きた男よ。立派なお言葉に心打たれたわ!」

「教育の第一人者の言葉はなかなか的を射ている。教育者として見習いたいところだ」

「そういえばいま下界では円安が続いてるようだね。あの安倍とかいう首相の政策によってだとか」

「おや、どうしたのかね先生。様子がおかしいが」

「円安……ねえ、いえ私は気にしてませんよまったく、ハハハ」

「おい見ろ、あれベンジャミン・フランクリンじゃねえか?いやぁ~なかなか珍しい人をみた!」

「たしか彼は100ドル札の人であったね。なぜここにいるのだろうか。あれ、先生?」


その後、暴走した福澤をなだめるのに半日以上かかったという。

ベンジャミンは、円安傾向になるたびにこう突っかかってくるからもう慣れているし気にするな、と一笑してその場を治めた。さすが大正義を築き上げた男。

果たしてあの世にも平和が訪れることがあるのだろうか。


ちなみに太子はまだ膝を抱えているとのこと。


聖徳太子と福澤諭吉さん

どうもすみませんでした。

立派な人たちだと思います。


風刺っぽく書いてますが、

アベノミックスも円安も

批判しておりません。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通にギャグとして面白い 発想がよい [気になる点] 特に見出だすことができなかった [一言] やり尽くされた感じはあるけど好き。こういうのもっと増えてほしい
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