ファルッカの世界
もう一度ジョシュヤに貰った武器を、まじまじと見る。
真っ黒な赤い血管の浮き出た、両手用の大きなハンマー。
一撃の大きい武器はトラメル人っていってたが、ジョシュヤもトラメルの武器屋だ。
対人にこの大きなハンマーが向いているか分からない。
トラメル人でもモンスター退治を生業として生きている人も多い。
だが大多数が、罠や魔法または音楽や毒でモンスターを無効化させ多勢で狩る。
故にモンスターの硬い皮膚や装甲を貫く、一撃の重い武器が好まれる。
逆にファルッカでは、人同士の殺し合い。
武器同士の戦いで、先にダメージを与えた側のアドバンテージは言うまでもない。
足や手の負傷でも、相当な有利になる
だが、そもそも俺はここの星の住人じゃない。
俺のがたいは、この世界ではかなり大柄で筋肉ダルマだ。
この星に住む平均的な男性身長は160センチ平均体重45キロ。
それに対し俺の身長は190程で、体重は120キロだ。
そんな俺から見て小柄な一般人の両手武器を、筋肉ダルマで身長も高い俺が使う。
両手用武器を片手で使える可能性は大いにある。
何よりマジックアイテムという、良い方の不確定要素。
森の奥についたので、馬から降りハンマーを構える。
「見た目いかちぃが、思ったより軽いな」
試しに、片手でハンマーを振り回す。
問題ない所か、その軽さに驚愕だ。小枝を振るように大型ハンマーを振れる。
黒い塊に映える血管の装飾が、赤く禍々しい光を放つ。
疾風の速度に加速したハンマーの質量が風を巻き起こし、木の葉が吹き飛ぶ。
ブォンブォンと速度をあげ、最高速度はもはや残像だ。
1.5倍てのはスイング速度が上がるからダメージがあがるのか。
「こんな早くハンマーが振れるのかよ。ジョシュヤやるじゃねえか」
考えても欲しい、ハンマーが日本刀を超えるスピードで振る事ができたら。
居合いの初撃とナイフの攻撃速度に、威力は見えない速度で発射されたボーリング玉だ。
なおかつ体が質量に持ってかれないマジックアイテム。
素振りしてわかったが、攻撃軌道もピタ止めも自由。
マジックアイテムの理に、まじまじとハンマーを見る。
ジェット装置も、レーダーも反重力制御もない。
この材質と技巧だけ。アナログの力でこれ程の物をつくるとは。
魔法やスクロールもそうだ。現代科学の力を合わせればテクノロジーは加速する。
この星の支配者になれば、宇宙の支配すら経済から手に入る。
俺は気持ちが昂るあまり、天を向き目を瞑り咆哮を上げていた。
確実にこの見た目と武器に相まって、はたから見るとモンスターにしか見えない。
心を落ち着かせて、馬に乗る。
馬がドン引きした目で怯えていたのが、恥ずかしくなる。
「にしても馬屋や、田舎の町で王様やってる場合じゃねぇ。」
馬を運転中、昂った思考はまた昂る。
馬を無意識に足で締め付け、ゲートへ向かう速度が自然とが早まる。
ジョシュアの忠告道理、ファルッカのスカライトに行くはずだった。
しかしこの武器は完全に力に自信のある者かつ両手用、それを俺は片手で使える。
「回り道してる暇はねぇ、ファルッカ王都のゲートに直に乗り込んでやる」
そんな有頂天の俺を、ゲート付近の人だかりは俺を見るや否や道を開ける。
俺はハンマーを右手に担ぎ、肩にハンマー柄を乗せる。
奥で若い男達が俺の噂をしている。
この町で産まれた、若い不良の集団や冒険者だ。
目を輝かせながら、俺の方を見ている。
全員が普通のシャツとズボンだが、武器一つで武装している。
目つきは悪いが、畏怖の念を感じる。
「やべー鬼狸だ。実物初めてみたけどすげー」
ナイフを持った一番背の低い少年を皮切りに。
次々と声が上がる。力に素直な、社会のはねっ返り達。
「ゲラスさんの兄貴分だろ、逆らうやつが行方不明になるゲラスさんのよ」
「あの三人衆殺しちゃったらしいぜ。あの人切りパルスと一緒に」
皆が称賛している。
聞こえないふりをしているが、非常に気になる。
耳が大きくなるとはよく言ったものだ。
しかしそちらを見るわけにはいかない。
不良社会では、格がかなり離れた下っ端を無視する。
冷たくするのが一番良いのだ。
相手が不良なら、好意でも手を振られたら半殺しにしなくてはならない。
冷たくされ、格上を目指し話せる地位まで登った時に話してもらえる。
礼儀は暴力と恐怖で、身をもって教えられる。
上に上がれば、もっと上の扱いも優しく特別扱いになってくる。
これが嬉しく、自分の男としての器が上がったと思ってしまうマインドコントロール。
野心を上げる集団組織システム。
まず野心がない奴は、不良の世界で絶対成功しない。
善人・悪人どちらにしろ人を傷つけても自分を幸せにするのが不良。
野心は不良という存在その物の原動力なのだ。
話が長くなったが、ファルッカのブリトンにゲートに到着する。
ドラゴンですら、数体は入れる大きな門の入り口はは蒼く光っている。
所持品は
1.5倍両手用大型ハンマー
スクロール各種
ポーション各種 回復 解毒の2種
解体ナイフ
5000GP
青い光のゲートをくぐる。
一瞬で無機質だが、透明感のあるコバルトブルー色の、大きな正方形の部屋に転移した。
真ん中に台があり、横幅3メートル縦2メートルの巨大世界地図らしきものがある。
描写は中世の古びた地図だが、地図の上でリアルな雲や風に波などが動いている。
現実の天候と衛星でリンクさせている。
街の付近にある地図上の青いボタンが、転移先選択というわけだ。
「魚眼レンズの応用とプロジェクターマッピングか、これはいい趣味してやがる」
観察していると、地図の下のコバルトブルーの台に大きなボタンが2つある。
赤いボタンと青いボタンで、FとTと書かれている。
これが並行世界の選択ボタンなのだろう、Fとかかれた赤いボタンを押す。
「うお! な、なんだ!」
コバルトブルーの部屋が、天井から血の様に赤く染まっていく。
そして部屋が全て血で覆いつくされた赤の様に染まる。
地図が燃え始め、黒い地図が浮き出る。
街や地形は同じなのだが、青いボタンは全て赤く代わり地図が不気味な雰囲気に変化する。
初見の俺は、地図に向かい罠かとハンマーを構えていた。
相当動揺してしまったが、一人でよかった。
「ブルルルウルゥゥゥル」
乗っている馬が怯えて叫んでいる、気の強い奴にすればよかったか。
腹に力を込め馬を挟み。強くたずなを引く。
やっと落ち着いたようだ、馬ですらトラメルか。
「血の色のゲート、血の門か……ずいぶんしょっぱなから、期待させる演出だぜ」
天井からどんどん赤く染まり、周りが赤一色になった頃。
転移先の王都ブリテンの赤いボタンを押す。
ボタンから赤い湯気が立ち上り、俺と馬をを包んでいく。
「ブ、ブルルルルルルウ! ブルウブルウ!」
「うっせー! ぶるってんじゃねー! 男も雄も度胸だいくぞ!」
実際馬と会話するほど、動揺してるのは俺なんだが。
光が差し込み、気付いたら赤い門の前の森に立っていた。
昼だというのにほんのり薄暗く、目が慣れていく。
全ての木が冬の様に枯れており、枯れ木の森にかこまれた平地。
ゲートを中心に赤い光で、半径10メーターの円が書いてある。
バルキリから聞いていたが、この円の中は町と同じ扱いでガード圏内だ。
地面は荒野で、不気味な雰囲気が漂う。
スカライトですら舗装されてた道は朽ちてぼろぼろな汚い灰色煉瓦だ。
ここはファルッカとはいえ、王都ブリテンのゲートなのだが。
「………!」
突如複数の視線を感じる。気配を読めなかった。
灰色というか、薄汚れた白い顔まで覆った頭巾ローブが三人。
だが武装はなく、ローブのみで靴も履いていない。一言で見すぼらしい。
朽ち木や切株に座って話している。
ただ例の三人組と違い、違和感が全くないのは所作の違いか。
じっと眺めていると、薄汚い頭巾ローブが一人寄ってくる。
声の変る前の、高い少年の声だ。
馬に乗った俺の前に近づいてくる。立っても、身長150センチ程度か。
「お兄さん。絶対当たる自慢の占いしない?」
「しねーな、近寄んじゃねー」
肩に乗せていたハンマーを片手に持ち、上空で一振りする。
少年と俺の間を、空を裂く音と共にハンマーが疾風の速度で振られる。
質量と速度から風が舞い、落ち葉が吹き飛ぶ。
相手が魔法使っても、詠唱時間中に頭を弾き飛ばせる。
プレッシャーで教えてやる。奴にとってここは死地である事を。
「へへ、お兄さん面白い事するね。ゲートから半径10メートルはガード圏内だよ」
「そんなおっかない物、脅しにもならないからねー。構えず占いやってくれよ1k(1000GP)だ」
確かにガード圏内だ。テレポートされて、一瞬で殺されるのは勘弁だな。
こいつが俺のハンマーに飛び込んで、怪我したら俺が死ぬ可能性もある。
確かめるにも情報不足だ。
かといって3人がガード圏内から出たら、襲ってくるかもしれない。
魔法が無ければ全然余裕だが、不確定要素が多すぎる。
「1kとは随分ぼったくってんじゃねーか」
武器で脅せないなら、睨みを利かす。
俺の眼光に怯まない人間は、今のところこの星ではいなかった。
しかし薄汚いローブ三人は一瞬顔を合わせ笑いだす。
馬鹿にされたようで、不愉快だ。
そして前の一人が頭巾を脱ぐ。
赤いボサボサの髪に、死んだように座った目。
ニヤニヤした口元は変わらないが顔は整っている。
少年ではなく、若い女だ。そこらの村娘より全然上玉。
童顔で若く見えるが、色気がある中学生に見える大学生ってとこだな。
「お兄さんには高かったかな?」
ここは主導権争いだ。
俺も笑われたのを、やり返すように大きく笑う。
「ガーハハッハ! 随分小せぇと思ったが、女か。趣味も占いったぁ納得だ」
まずはパワーバランスの取り合いを意識したジャブだ。
乗馬した大男の俺は、下を冷たい目で見下す。
少女に静かに、ドスを効かせて言い放つ。
「もう一回言ってやる。俺の前から失せろ」
沈黙が30秒続く。
赤毛の少女がまたにやりと口を開く。
「お兄さんトラメルから、今日初めてきたでしょ?」
「そうみえるかい?」
「お兄さん話す気なかったのに、お兄さんから質問してる。それが答えだよ」
無邪気に笑う少女、場所が場所とはいえ仲間は切株に座ったまま。
俺相手に、この少女の実力で十分と。
俺を舐めてるのか、この女を信用してるのか分からねーが。むかつく話だ。
「占い受けてやるよ、拾いな」
1000GPの小切手を馬上から地べたに投げる。
俺が1000GP持ってないと思ってたらしいが。俺からしたら小金だ。
さあどう出る? 膝を折り地に落ちる金を拾えば、暗黙的に俺が上になる。
コネにするにも、戦うにも上は俺って分からせた方がいい。
しかも跪いた瞬間ハンマーで小切手を巻き取ってやる。
赤っ恥だなお嬢ちゃん。
だが、赤毛の少女は拾わない。
後ろに手を組んで俺を見上げている。
「お兄さんが私の占いに1000GPの価値があると判断したら、後でもらうよ」
「ほー見た目から乞食と思ったが、仁義はあるみてーじゃねぇか」
「お客様には2パターンあるんだ! 僕を先生先生と呼んで、僕に尽くすお客さん。お兄さんみたいなお金を払ってる自分尽くされるのが当然。なお客さん」
「お前が先生だ? 冗談の先生なら間に合ってるんでな」
「ははは、お兄さんおっもしろーい! そうだね。でも結果は一緒。僕の占いは毎回当たるんだ」
「僕に尽くすお客さんは、僕が何言っても信じる。自分で考える事を放棄した豚さんさ」
この少女と俺は話が合いそうだ。
しかし親近感は油断を招き決断力を鈍らせる。
一層気を引き締めて、少女の一挙手一投足に注意を張る。
「では占いの結果がで、出ましたー! お兄さんはファルッカの洗礼を受けるどぇす!」
やはり、仲間を呼ぶ時間稼ぎか。
鴨と思われるには腹が立つが、慣れたもんだしかし重要なミスがある。
俺をガード圏外に誘い出さねば無駄。
10メートル先から、飛び道具できてもゲートがある。
「お前が自分でここガード圏内っていったんだぜ、当たらない価値は0円の占いだ」
ハンマーで小切手を取り上げ、ガード圏外の森にも注意を配る。
外に仲間がいるのかもしれない、ゲートを左手で触り行き先を決める。
負けるとも思わないが、撤退路は確保した。一瞬でトラメルのスカライトに帰れる。
小切手は回収した、これで俺になんの損もない。相手の目論見はご破算だ。
「そうだねTに帰りなお兄さん、お兄さんタイプだから」
残りの切株に座ってた2人も消えていた。
「……スキルか」
左手を即座にゲートに突っ込み転移する。
赤い部屋をコバルトブルーに青いボタンで戻し、トラメルのスカライトに帰った。
1kの小切手をバックパックに入れようとふたを開ける。
無い。所持品どころか、バックパックの中に何も無い。
4000GPとスクロールとポーションが見事消えている。
根こそぎ盗まれた、これがファルッカの洗礼か。
リスク無しに盗めるなら、俺に態々話しかける必要はない。
見た目のいい女に声かけさせて、実行犯2人はハイドっていうスキルつかったな。
インビジのスキル版で姿が見えなくなる。
おそらくハイドの上位ステルスだ、徒歩ならハイド状態で歩けるスキルだ。
ハイドが一定以上修練すると身につくスキルだったか。
あの女に隙はなかった、犯人は消えた2人だな。
しょっぱなはやられた様だ。
「おもしれーじゃねぇかファルッカ、あの女の名前聞き忘れたな」
次は圏外に出てやる、必要なスキルを覚えて絶対仕返ししてやるさ。
奴らが圏内にいるのも自分が弱者なのを分かっているからだ。
戦闘系にもスキルがある、あいつらが盗みのスキルを覚えるなら俺は戦闘だ。
澄まして全部わかったような、面しやがって……そそるじゃねーか。
惚れたか、いやいや認めたんだ。あの女を手に入れておもちゃにしてやるぜ。
その日はイエローキャブで酒を飲んだが、いくら飲んでも忘れられなかった。
自分が鴨にされた事がどうしても。