ドレイクと罠
待ち伏せして数時間は過ぎた。もう昼だ。
日の光が牧草を照らし温度は高いが、乾いた風が心地よい。
怪しい黒いフード付きのローブを着た3人組が現れる。
全員この暑い日差しの中、フードを被り顔は見えない。
形から入る当たり、本当に大した事なさそうだ。
パルスといた強面の俺を探してるみたいだ。
俺がいないと確認するのに、パルスの周りをうろちょろと30分程かかる。
こんな人のいない草原で、どうみても怪しい3人組。
パルスも完全に気付いている。
俺がいないと分かるや否や、開き直った様に横柄な態度でパルスに近づいて行く3人組。
パルスが調教している馬を、2りでブロードソードやメイスで嫌がらせしている。
瀕死の馬のとどめは、魔法使いがマジックアローで止めをさした。
1サークル目の攻撃魔法で、詠唱が短い代わりにすぐ攻撃できる。
全員が攻撃姿勢に出た。これでこの仕返し作戦は7割終わった。
「何でこんな酷い事するんですか、辞めてください。今ならまだ……」
怯えながらも、強い拒絶を出すパルスの声が草原に響く。
3人組はへらへら笑いながら、リーダー格らしき男が前に出る。
男はブロードソードを地面にさし、両手の指をかかって来いといわんばかりに折り曲げる。
「今なら何? ほら掛かって来いよ。生意気だからこうなるんだぜ」
ローブで顔が見えないが生理的にイラッとする声だ。
武器を持った3人が、丸腰の馬飼いの少年を恫喝している
隣にいた血の気の多そうな男が、ローブをはぎ取る様に脱ぐ。
毛深いずんぐりとした無精髭の男で、獲物の片手棘付きメイスを振り上げ大声で恫喝する。
「あー暑いんだよ! おいこら! あの大男はどうしたんだ? あぁ?」
「ぷぷぷ、やめなよ怖がってるじゃん。ねぇバーカ」
同意したようにフードを外した最後の魔法使いは女らしい、小太りのブスな女だ。
性格も顔も悪いとかどうしようもないな。
3人組がパルスを囲むように布陣する。
話にならない相手にパルスは決心した。
鞄の中のスクロールを握り締める。
「わかりました、僕は貴方達を許しません。貴方達も僕を恨んでください」
パルスが、バックパックからスクロールを出し魔法を唱える。
3人組は身構え、魔法使いの女は腰を抜かす。
そりゃ6サークル目の魔法だ、馬テイムしてる奴が使えばびびるだろう。
この女は2サークル目までの魔法しか使えない。
6サークルと言えば、一国家の軍隊の魔法使いレベルだ。
「早く! 殺して! このこ6サークルのスクロール詠唱してるわ!」
周りの二人は、おどおどしている。
手りゅう弾が目の前に投げられれば、投げ返すか逃げるかしかない。
大人数で弱者を嬲る事が基本の3人組には、直接殺す覚悟は無かった。
この世界で直接の殺人または致命傷が原因での殺害に至った者、全員が例外なく殺害者となる。
その未来はシステムアリスによるファルッカという並行世界への自動転送。
ファルッカに送られると、数年はこのトラメル戻れない。
治安は最高潮に悪く、ファルッカに送られ生きて帰還する人間は50人に1人。
6サークルの攻撃魔法を喰らえば一撃で死ぬが、この青い少年が打つとは思えなかった。
案の定パルスが唱えたのは攻撃魔法ではない。
姿を消す6サークル魔法インヴィジブルだ。
「え、なんでこの子……ってスクロールのインビジじゃん」
魔法使いらしい女は腰を抜かした癖に、インヴィジブルと分かると立ち上がる。
そしてローブについた土や牧草を手で払い、右往左往していた男2人を笑い飛ばす。
「なんだ、なんだなんなんだ?」
「怖がって隠れたみたいだよ、スクロールで1000GP使ってぷぷぷ」
事実が飲み込めたのか、安堵からか3人は大爆笑している。
だがインビジを暴く魔法リヴィールも6サークル目の魔法だ。
3人組が、パルスに何もすることはできない。
「どんだけヘタレだよ! 何が許しませんだあぁ? どうしてくれるんだぁ?」
元気を取り戻しメイスを振り回しながら、近くの馬を殺していく血の気の荒い男。
2人は座りながらニヤニヤ見ている。
@野生化
ドレイクはれっきとしたモンスターであり。
調教の枷を解かれ、野生化したモンスターは勿論人を襲う。
大人しく待機の指示を受けインビジされ、動かなかったドレイクを縛るものはもう何もない。
「ゴゥオォォウゥゥオゥゥゥ!」
突如何もない場所から真っ赤なドレイクが現れる。
座っている女の目の前に、高さ3メーターの大きなドレイクがそびえ立つ。
「え? え? これえ? ドラゴン?」
ドレイクの口に赤い炎が灯る。
その炎の弾は、中腰の魔法使いに吐き出される。
地を揺るがすような咆哮と共にとんだ炎の弾は、魔法使いの女の上半身に直撃する。
女は2メートル程吹っ飛び、煙がプスプスと噴いたまま即死した。
メイスを振りかざした男が、背後からドレイクの羽を殴る。
だが尾っぽで跳ね飛ばされ近くの木に激突する。
「うわあああああああああああああああああぁ!」
ブロードソードをおいてリーダー格の男は走り出した。
メイスの男は尻尾の一撃で気絶しており、簡単に見捨てられたようだ。
ドレイクはメイスの男の方に向かってのそのそ動き出す。
勿論だが肉食だ、向かう理由は一つしかないだろう。
ドレイクは弱点がある。足が遅く炎を連発ではけないのだ。
このままでは1人に逃げられる。
俺は先回りして、ブロードソードを置いた男の顔面を思い切り殴りつける。
鼻血をだして涙目になりながら吹っ飛んだ男。
「仲間おいて逃げてんじゃ……おぃおまえ小便もらしてんのか?」
男は嗚咽を繰り返しながら、俺に土下座して謝っている。
鼻血が地面にどんどん落ちてみじめだ。
俺は土下座した男の腹部を、思い切り蹴り上げる。
「おぃおぃ、俺が聞いた事に答える以外の行動してんじゃねーよ」
腹を抑えて、血まみれの顔で泣いているその顔は恐怖で染まっていた。
唾の様な血の様なものを、口から鼻からたらし必死に謝る男。
「漏らしました! 漏らしました! す、すいませんん!」
俺は久々の暴力に酔っていたのかもしれない。
もうここはパルスに見られる心配もない距離だ。
男のブロードソードの鞘を持ちあげる。
「あげますから! なんでもあげます!馬あそこで売っても平気です!命だけは」
鞘を振り上げ俺はニヤッと笑う。
パルスにこの男が言ったセリフを思い出す。
「ほら掛かって来いよ。生意気だからこうなるんだぜ。だったかな」
思い切り、剣の鞘を男の右足に振り下ろす。
この件の鞘も鉄でできている、つまり鉄パイプみたいなもんだ。
「ぎゃあああぁぁ、うぅ、うぅ、ぎゃあああああ、もうやめてやめてー」
何度も何度も振り下ろしてるうちに右足が、逆方向に曲がった。
これで走って逃げるのは無理だろう。
「よし、よくわかった様だな。もう手を出すのはやめようこれも返す」
男に見えないように、鞘に赤い鱗の様な物を入れる。
涙か血か涎か小便かわからないが、液をいたるとこから出した男の目に希望が宿る。
どうやら殺されると思っていたらしい。
俺がとどめをさすと、自動的に殺人者としてファルッカに送られトラメルに戻れなくなる。
それでも殺すという気迫があるように見えたのだろう。
勿論手加減してるし、このまま放置しても死にはしない。
魔法のヒールが存在する以上、後遺症は無い。
彼は死んだ仲間2人に比べ、生きてさえすれば御の字だ。
「あ、ありがとうごじゃいます。ごびゃいますぅ!」
「おぃおぃ言えてねーよ、俺も鬼じゃないほらこれでも売って治療しな」
一枚の赤い鱗を近くの木の幹にさす。
固いうろこは木に綺麗に刺さる。
「こ、こへは?」
「あーメスのドレイクの鱗さ、雄のドレイクを呼ぶらしいぜ」
察したのか男の顔が絶望に染まる。
その木から離れようと、折れ曲がった足を引きずり痛みを堪えながら地を這う。
「いそげよー片足なら間に合うだろ。見つかったら餌になっちまうぜハハハハ、じゃあな」
木に刺した鱗につられ、メイスの男の内臓を食べつくしたドレイクが動き出す。
俺は遠回りして、ドレイクが居なくなったのを見てパルスの元に近づく。
「成功だな、おぃ大丈夫か」
何もないところからパルスが現れた。
「怖すぎて、寿命が縮まったよぉ。本当に怖かったよぉ……」
俺は死体の装備をはぎ取っていく。
金目の物はなかったが、馬を売るときに椅子の近くにこの武器や兜をおく。
邪魔をしようと画策してた行商人関係者が、行方不明になる。
その装備を、邪魔された本人が見せびらかすわけで効果は絶大。
システムアリスがある以上。警察はいないし、同業者は怖がる。
「ぎゃああああああぁぁ!」
遠くの森で断末魔の雄たけびが上がる。
鞘にいれたドレイクの鱗が功をそうしたらしい。
装備遺品があれば、生きられても遺恨を残すだけだ。
ドレイクの処理は、町におびき出せばガードが一撃で殺してくれる。
モンスターが町に入ると、テレポートしたガードに一瞬で殺される。
モンスターは殺意をもっているので、町で殺意をもって攻撃しようとすると死ぬわけだ。
まぁ、証拠隠滅もかねて後で俺がみずからやっておこう。
最後の男の死体から装備も回収した。
後日スカライトで俺とパルスに逆らう人間はいなくなった。
パルスは最初罪悪感で死にそうになっていたが。
環境が良くなれば、結果的に自分の中で正当化できたようだ。
人間はストレスを脳が正当化するからな。
今回の出費は馬売りの売り上げ全部使ってしまった。
まぁ、すぐ元は取れるだろう。