家族
ヒュン!
風を切る音がする。
俺の頭目掛けて黒矢が飛んでくる。
それを躱した後黒矢使いを放置し、弓を射るオークの本隊に向かって駆けだす。
距離を詰めれば、弓兵は何もできない。
「お前に構ってる時間ねーんだよ! 手柄の山だ!」
俺は全速力でハンマーを振り回しながら走る。
弓兵を守っていた歩兵オークは、道を開けるように逃げ出す。
柵もない、小高いだけの丘の上に弓兵が一杯いる。
「ヘベーヤウ! ベーギィキィ!!」
オークは恐慌状態で、丘から我さきに逃げ出す。
50匹とはいえ、クラス2つ分程度なものだ。
味方の接近に秀でる強者がミンチになり、前から正規軍後ろからは俺が向かってくる。
蜘蛛の子を散らすように逃げるのは自明の理だろう。
俺以外の方向に逃げてしまった……腰抜けどもめ。
「ッガ!ガガガガアアアアアアアアアア!」
腰巻と毛皮の胸当てを巻いた、どうみても子供のオークが小さい片手斧を振りかざし向かってくる。
小さい牙をむき出しにして、咆哮だけは一人前だ。
俺の方に向かってくるとは運のねぇガキだ、ちと脅してやるか。
ハンマーを振りかざし構える。
一直線に俺に向かって走ってくるガキオーク。
「っへ! ガキの癖に、勇敢じゃねーか」
「ガアァァァ!」
接近したところで、ハンマーを思いっきり地面に振る。
地にハンマーがめり込みその土砂をオークの子供に投げかける。
土砂や石つぶてが、子供のオークに飛んでいく。
「石のシャワーはどうだ坊主? ハッハハハハ! ん?」
まったく気にせず、血だらけになりながら向かってくるオークの子供。
斧を構え、不退転の覚悟で突っ込んでくる。
「ガアアァァァ!」
「……一人前の戦士だな、舐めて悪かった」
大人のオークが一斉に逃げる中、手斧で接近戦を俺に挑む子供。
ハンマーを構え、一撃で苦もなく殺してやろう。
ガキは殺したくないがこの子供はもう戦士だ。
俺のハンマーは電光石火のスピードで、オークの子供の頭をとらえた。
風を切る鈍い音と共に、ハンマーの質量が風を巻き起こす。
一撃で全てが終わる、こいつに免じて今日のオーク狩りは終わりだ。
「グチャ!」
ひしゃげた音と共に血が風圧で飛ぶ。
しかしその血は、この子供のオークの物ではなかった。
子供を庇う様にして、黒いローブで顔を覆った痩せ型の黒い弓を持ったオークが間に入った。
右肩に俺のハンマーが命中したらしく、右腕は折れ曲がって骨が突き出て出血している。
「ガ、ガグガ! アロ! ガグググガ」
子供のオークが、吹っ飛んで倒れた痩せたオークに走り出す。
顔見知りの様だが何を言っているか全くわからない。
俺に向かってくるときは決死の戦士だった子供のオーク。
泣いている姿は子供そのものだ。
「ふん、興がそがれちまったぜ。あ? この黒い弓に黒い矢、てめーか」
俺は青筋を立てて、うずくまる痩せたオークに近寄っていく。
庇おうと斧を俺に振りかぶる子供を蹴り飛ばし、うずくまったオークに近づく。
さっきの黒矢のお礼をしなくてはならない。
なんかボソボソ喋ってるので、黒弓を蹴り飛ばし胸倉をつかむ。
黒い頭巾ローブが外れて顔が見える。
浅黒い肌ではあるが、顔や体系は人間の女とあまり変わらない。
黒い髪は長く、ドレッドヘアーで右側は編み込まれたアシメの様だ。
黒人ダンサーの女性を彷彿させる。筋肉質で、しなやかなで美女といってもいいだろう。
「っち、こいつメスか」
「ユ、ユウキ。ニゲテ……イキテゲンキニ」
さっきの大斧の様に、人語喋れるオークか。
ユウキってのは手斧もって向かってきた子供のオークか、なんなんだ糞。
「アロオオオオオォオ!」
ユウキが手斧を握りまたこちらに走ってくる。
それを俺はメスオークの胸倉をつかんだまま、蹴り飛ばす。
ゴロゴロと転がっていくユウキ。
「ユウキ! オネガイ! ニゲテ!」
俺はメスオークの首に力を入れ持ち上げる。
そして眼光に力を入れ、メスのオークの顔を睨みつける。
「おめーは自分の心配しろよ! あぁ? イラつかせんじゃねーぞ」
「コ、コロシテクダサイ……ダカラアノコダケハ……ッゴホ」
「あぁ?」
「ワタシ、アロー。アナタノコロシタ……ブユウガオット。ユウキハ、ワタシタチノタイセツナコ」
俺の頭のごちゃごちゃが水を流すように一気につながる。
俺の殺した羊の骸骨かぶったオークの大斧戦士がブユウで、このメスオークがアロー。
その子供がそこに転がったガキのユウキという事だ。
親父を殺すのを目の前で見て、単身で自分も親父と同じ獲物の斧で突撃して来た。
それを殺すのを庇って母親が助けにきた。
俺はアローを地に投げ捨てる。
「ッグフ、ユウキ……ユウキ」
折れてない左腕をユウキの方に伸ばしながら、ずっと名前を呼んでいる。
ユウキは気絶しているみたいだ。
目の前にいるのは、2匹共自分を殺そうと狙ったオークだ。
命をベットして相手の命を賞品にした賭けに負けた、それだけだ。
殺さなくても、俺は夫と父の仇で必ず敵になる。
俺はハンマーに力を入れ振りかぶる。
「オカアサン、ゴメンネ。ユウキマモレナイ、ワルイオカアサンデゴメンネ」
アローは手はそのまま目を瞑った。
俺に殺される、未来がわかっているようだ
「……っく、」
「あああぁ! うぜえぇ!」
ハンマーを何度も構えるのに、振り下ろせない。
俺はこんな甘ちゃんだったか? 合理的に殺すべきだ。
しかし腕は、どんなに分かっていても構えたまま微動だにしない。
「こっちだ! 人がいるぞ!」
ガチャガチャと鎧の音を鳴らして、槍をもった傭兵達がやってきた。
チェインメイルや皮鎧を着た兵が6人程。
「オークが生き残っている! 殺せ!」
意識を取り戻したユウキに兵士たちが寄る。
ユウキは俺の方に斧を置いたまま走り出した、正確にはアローの方だ。
転びながら、もはや四足歩行の様にがむしゃらに走ってくるユウキ。
そして俺の足元で、アローの手をにぎりうずくまる。
「アロ! アロ! アロ! グガグアガアアロ!」
「アァ、ユウキ」
折れてない左腕で、地に這いつくばりながらアローはユウキを抱き寄せる。
2人共泣きながら目を瞑っている。
「このメスオーク黒弓のアロだ! そこの人オークから離れろ!」
俺は茫然と地に伏す2人……オークを見ている。
兵士が走ってくる、このまま兵士に殺させれば楽だろう。
俺は感情が交錯しているが、合理性を取ることに決め背をむける。
「こいつは大手柄だぜ! 兄さんこの黒弓は手ごわかった、まさか女とは」
「あぁ」
「このメスオークなかなか上玉じゃん」
「まじだ、っひゅー」
森の中からわらわらと、傭兵が集まってくる。
無精ひげを生やしてるのは俺もだが、なんというか小汚い。
一番偉そうな、一人の傭兵がベルトをガチャガチャと外し始めた。
こいつ顎しゃくれてるな、三日月ばりだ一瞬亜人かと思ったぜ。
「俺シレネってんだよろしく! 兄さんもう味見した? 金100ゴールドで俺やっていいかい?」
こいつらオークとやろうってのか。
舌なめずりをする下種な顔がアローの体を嘗め回す。
シレネの後ろで、順番を待っている手下の傭兵の顔はにやにやしている。
シレネがアローのローブに触ろうと手を出す。そこにユウキがかみついた。
「いてぇ! このガキがぁ!」
逆の手でユウキを殴り飛ばす。
やはりオークでも子供は子供、大人になれば人間より怪力になるのだが。
ユウキは吹っ飛ばされ、地に背を強打した。
「ッガゴ!」
「ユウキ! ……ウウッウ」
シレネがアローのローブに手をかける。
小学生低学年並の子供の前で母親を集団で……
そんなゴミの様な案件に俺が、関係なくとも加担している。
傭兵仲間同士のコネクションの為へらへら作り笑いしながら、何してんだ俺は。
「やめろ」
俺の考える前に、言葉が口から出ていた