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或いは、僕もまた

(お題:天国の女の子)

 いま、いまのいま、ショートカットをして、ずれこんでずれこみ果て、ねずみ色とおうど色と茶色とその他ネガティブな色合いをないまぜにないまぜに、大きく大きく育ったその絶海の孤島、はたまた世界の果ての大きな巨大な孤島、無限の重量に耐え、黙ってその場に横たわり続ける手合に、この目は何の役目を果たし得るのか。

 正太の念頭にあるのは、いつだってあの夏の公園の風景だった。その風景に幾度も幾度も、自分の姿を当てはめてみる。濃密な油絵によって描かれた世界に、デジタルによる平塗りの自分が挿入されるような、圧倒的な違和感に耐えながら、そのシーンを何度も再生する。

 女の子が二人いる。彼女たちは喧嘩をしている。そこは砂場で、既に幾層もの厚みを持った匂いが立ち込めていた。正太は彼女たちに近づく。喧嘩をしてはいけないと窘める。帽子を被った女の子は、うん、と素直に頷くが、もう一方のショルダーバッグをかけた女の子はうん、とは言わない。だって、ひろちゃんが悪いんだよ、と抗議をしてくる。

 正太は二人の話を聞いて、大人らしく仲裁をしてあげようと試みた。まず、ひろちゃんと呼ばれた帽子の女の子は、ほうちゃんと呼ばれるショルダーバッグの子から、一緒に映画を見に行こうと誘われた。もちろん断る理由もなくオッケー、と答え、二人は別れた。しかし、ひろちゃんはその日に別途の用事が入ってしまった。その用事が何だったのか、今となっては分からない。

 まだ別の日に予定を立てて行けばいいじゃないか、と正太はほうちゃんに言った。

 『或いは』、ひろちゃんに先に約束した方を優先しなくちゃダメじゃないか、と正太はひろちゃんに言った。

 ほうちゃんは怒って、この日じゃないとダメなの! と甲高い声を出して走りだした。

 『或いは』、ひろちゃんは悲しい顔をして、そうだよね、と呟いて、とぼとぼと正太たちを置いて歩き出した。

 そして、そのときにカンバスが音を立てて振動し出す。大きな大きな鉄槌が振り下ろされたように地面が揺れ、正太とひろちゃん『或いは』ほうちゃんは地面に立っていられなくなって、砂場に倒れこんだ。手にこびりついたあの冷たい感覚を今でも覚えている。

 全ての鬱憤を晴らし終えたように地面の揺れが収まった時、正太はその時自分の隣に居た女の子が誰だか分からなくなっていた。女の子は二人居たはずなのに、一人は崩れた土砂に生き埋めになってしまって、一人だけになっていた。ほうちゃん、『或いは』、ひろちゃん。どちらが生き残って、どちらが死んでしまったのか、……正太には分からない。

 あれから十数年が経ち、正太はほうちゃん『或いは』ひろちゃんと結婚をした。パートナーとなっても尚、正太にはほうちゃんなのかひろちゃんなのか、二人の区別がつかなかった。彼女は今でも帽子をかぶり、ショルダーバッグをかけて、正太の隣に居る。そして、そのことが正太にはとても悲しいことだった。自分があの時、喧嘩をとめていなければ、素通りしていれば、死んだのは自分であったのに、と悔いていたのかも知れない。

 そんな正太の葛藤を知った彼女は言う。

 わたしはほうちゃんでもありひろちゃんでもある。だから、何の心配も要らない。これから何度でも、喧嘩を止めてくださいね、と。

 ……そう優しく語りかけるほうちゃん『或いは』ひろちゃんの彼女をはっきり見た時、正太は知った。

 正太もまた、『或いは』の支配下にいるに過ぎないと。 

 ほうちゃん『或いは』ひろちゃんは、ほうちゃん『或いは』ひろちゃんの自分ではない方の姿を見ているのかもしれないと。

 そして、同時にほうちゃん『或いは』ひろちゃん『或いは』正太は、きちんと天国にいるんだな、と悟った。天国と地獄はいつだって、コインの裏表に過ぎないのだから。

いとうせいこうさんの『想像ラジオ』を読んだ直後に、こんなお題を出されたらこういうのを書くしかなくなるじゃないか、と怒りながら書いたやつです。

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