世界を見に行くために
(お題:遅すぎた神話 必須要素:ギャグ)
パターンとして、と彼女は言う。
「パターンと、倒れこむ」
そんなくだらないことを言うだけの気力が残っているのなら、さっさと勉強にでも筋トレにでも戻ってくれという話だが、そういうわけにもいかず、今の僕はこの子と漫才のネタを考えなければいけない。
「パターンとして、パターンと倒れる、ってどうやって使うのさ。そんなボロ雑巾を武器に戦うようなもんだ」
「ボロボロの雑巾だって、使いようによっては最強の武器になり得るんだよっ。スーパーハイテク殺戮マシーンが現れたって、センサー部に雑巾を投げつけてやれば視界がなくなって勝ち目がある!」
「スーパーハイテクなら視界を遮蔽してる物質くらい軽々と取り除けるだろ」
僕とこの子が漫才のネタを考えているのは、世界に羽ばたくためで、もっと限定的にピンポイントに的確に正鵠を残さず射るのであれば、行き先はウィーンである。ウィーンに行くと何があるかというと、彼女のお父さんがいる。それなら最初から援助してもらって一人で行って来いよ、という話だが、そういうわけにもいかない。悟り世代とか勝手に言われている僕らが人生に起承転結をつけるには、ある程度自ずから試練を課していかなければいけない。
「ハイテク。ハイテック」
もちろん、漫才と世界はハナから関係ない。この創作活動はいわばジャブのようなもので、起承転結の起にすぎない。このギャグにもならないギャグを、クラスメイトに見せることで、また誰かのお話が花開く、そんな気がしないでもない。
「笑いってもともと攻撃的な感情なんだよね」
彼女はひたすらカタカナを乱発するハイテクマシンになってしまったので、僕はリセットボタンを押す感覚で、そんな話題をふる。
「他人の不幸を燃料に稼働する感情だからさ」
「でも赤ちゃんとかお母さんの顔見ると、にへーって笑ったりするよ」
「それは自分の欲しいものを独占しているから」
「君はいまあたしを独占してるのに、全然笑ってないよ」
「状況に振り回されてるからね」
というか、別に独占していないし。
彼女はパチンと手を打って、
「じゃあそれをテーマに行こう。笑いを武器に戦うスーパーハイテク殺戮マシーンが、ボロボロの雑巾をぶら下げて──」
「もうハイテク殺戮マシーンから離れろよ」
「繰り返しはギャグの基本っ」
「今ギャグやってどうするんだよ」
「まずあたしたちが笑えないことには始まらないじゃん?」
「それでお前は笑えたのかよ」
「内心、心の隅っこで小笑い。馬鹿笑い。大笑い」
彼女はネタ帳にするはずだったノートを千切って、鶴を折り始める。口笛で、あるアニメOPのイントロを吹き始める。下手くそだった。
「ねえねえ、どうせ内輪で披露するだけなんだしさ、君がスーパーハイテク殺戮マシンをやって、あたしがそれにボロ雑巾を投げつけるだけでウケると思うんだ」
「それだと僕の負担が異常に重い」
「そうかな」
「そうだよ」
「どうして?」
「まずそんな技術からして存在しないし」
「あはは。包丁さえ持ってれば、スーパーハイテク殺戮マシンだよ」
僕のジョークは、さらっと受け流される。
「そもそも、スーパーハイテク殺戮マシンってなんだよ」
「ハイテクな兵器でしょ」
「トロイの木馬って、当時にしたらすごい画期的な兵器だったと思うんだ。当時にしたら」
「確かに。夜になったら自動的に寝静まった人々を殺戮していく兵器」
唐突な話題変換にも動じず、彼女は鶴を折りあげる。どうせ故意だろうが、頭側も尻尾側も先っちょを折り曲げてしまったので、まるでケルベロスの失敗作みたいな出で立ちになった。
「でも、今木馬を演じるには時代が遅すぎないかなぁ?」
「遅いどころの騒ぎじゃない」
「じゃあ、今の時代の神話ってなんだと思う?」
「それは、パターンとして?」
「パターンとして」
パタ、と彼女が立てた鶴が倒れる。
「パター。バター。揚げバター。焦がしバター」
ぐぅ、と彼女のお腹が鳴る。僕のはタフだから鳴らない。
彼女はドン、と机を鳴らして主張する。
「やっぱり食べ物だよ。食べ物を奪うスーパーハイテク殺戮マシン。そして、それに対峙するは赤コーナー、ボロ雑巾を携えたアーサー王」
「それで?」
「圧倒的な文明の差に絶望して、アーサー王は負ける。トロイの木馬も負ける」
「疲れてきたでしょ?」
「うん……クレープ食べたい」
僕たちはすっかり当初の目的を忘れ去って、教室を後にした。どうして漫才なんてすることになったのか、それすらも忘れて、ウィーンに行きたいという漠然とした思いだけを共有して、僕らは学校の近くでやっているクレープ屋に向かった。
彼女は小指にちょっとついた生クリームを、僕に背を向けてから舐めとり、そのまま僕に背反するように歩き出した。僕は黙ってその後を追う。少しだけ歩いて、彼女は振り返りにんまりと笑う。僕の不幸を笑っていると同時に、彼女の幸を笑っている。すべてが共存したその表情に、僕は自らの不幸と幸を同居させたお菓子を手に持ち、スーパーでもハイテクでも殺戮でもマシンでもない、僕としての笑いをなんとか表現してやった。
「疲れてきたでしょ?」が素で出てきたので、さっさと切り上げて寝ました……。




