A King of Authors
(お題:小説家たちの王)
王というのは大抵の場合、自分自身で動くことを要請されない。例えば歴史の出発点とかの王様は、きちんと優秀な成績を収めていたから皆にも信頼されたし、王として君臨するだけのカリスマを養えたんだろうけれども、そういうのは大体一代目だけであって、それ以降はお飾り、お人形、象徴としての肩書程度にしか用をなさない。百獣の王であるライオンでさえも、メスに狩りをやらせる。本人はたてがみ生やして凛々しくありさえすればいい。
だから小説家たちの王も、別段自分が小説を書く必要は全くなかったのである。
丹野見という男は、業界では小説家たちの王と呼ばれていた。何故かと言うと、小説家たちがみな口ぐちに丹野見のことを話題に上げるからである。曰く、彼とこの前スーパーで会ったのだが、ものすごく面白いアイデアをくれた、とか、近所で子どもを遊ばせていたらたまたま出会って、話し込んでいたらついつい自分の好きな作家の話になってしまったのに、彼は全く自分と同じレベルでその作家の作品を通読していて話が合うこと甚だしく、子どもに先に帰られてしまった。バイト先にたまたま丹野見さんが現れて、僕の作品をべた褒めしてくれたと思ったら、一気に販売部数がハネ上がった……とか。
本屋に立ち並ぶ文庫本の背表紙に名前がある人は、みんな……純文学から時代小説、ライトノベルに至るまでほとんどの小説家が、丹野見の名を口にして、彼への崇敬の念を表するのだった。きっと丹野見の一声かけるだけで、あらゆる小説家は耽溺し、従って行ってしまうことは想像に難くない。
この丹野見という人物に、編集者達は会ってみたいと思って、あらゆる小説家に情報を求めた。が、彼らが最初にぶち当たるのは決定的な「ズレ」である。つまり、丹野見という人物についての情報に、ことごとく齟齬があるのだ。まず、性別からして安定しない。インターセックスである、とか言う人までいる。髪の長さは坊主から踵までバリエーションがあり、裸眼であったり派手なメガネをかけていたりサングラスをかけていたりカラコンをしていたり、電車のドアで頭をぶつけるくらい背が高かったり、一番高い本棚に背が届かないくらい小さかったり、三重顎になるくらい太っていたり、首が筋張るほど痩せていたり、声は乙女のようなか細い人から、ガテン系の野太い声まで出せる、とんでもない超人……まあ、小説家たちの王というくらいなのだから、それくらいあってもいいが、しかしそこまでくるともはやドラえもんでも再現が不可能なレベルの齟齬である。だから、大半の人は発見を諦めてきた。作家それぞれがそれぞれの「丹野見」さんを架空の人物を作り上げてイマジナリーアドバイザーにしているのだ、とか結論づけて。
丹野見の謎についていち早く見解を示したのは、とある調査会社だった。
小説家たちはもれなく丹野見という人物に会っているが、それでは果たして小説家の卵と呼ばれる人達はどうなのか。すると、少なくとも彼らの調査した範囲(小説家養成学校の生徒など)では、誰一人として丹野見に会ったことがある者はいなかった。編集者を介して存在を知るものはいたが、顔を合わせたことはない、というのだ。
そこでその調査会社が出した結論は、「丹野見」なる人物は「丹野見」という組織の一員で、本が出版された作家について調べ上げ、それぞれ適した人物が派遣されているのではないか、というものだった。動機は、「小説界を大いに盛り上げるために」。単純な推測だが、単純なだけに不思議と納得がいくものだった。
この仮説を裏付けるために、調査会社のスタッフの一人が本格的に小説を勉強して、一年間の修行の果てにとある出版社の新人賞を獲得、出版される運びになった。そして、彼は小説家たちの王、丹野見と接触することに成功したのだ。
先方の方からスタッフの方へと歩み寄ってきたのだった。夜になって、スタッフが家に帰ろうとすると、前を歩いていると男が財布を落とした。拾って届けてやると、やあすみませんありがとうございます、と言って、それから周囲を見渡して、これこれという人を知りませんか? と名前を言った。それはスタッフの名前だったので、自分がそうだと名乗ると、おおこれはすごい偶然だ、私は「丹野見」と言うんですがね、あなたの本を拝見しましたよ、と彼は言い、近所の居酒屋に誘ってくれた。この丹野見は落第生みたいな格好だった。スタッフは次回の接触時に正体を探ろうと思い、今回は泳がせておいた。
二回目にあったのは、中央線の電車内だった。やあ、と丹野見の方から話しかけてきた。スタッフはいよいよ、あなたは何者なんですか、と問うた。小説家たちの王と呼ばれているようですが、実際に何者なんですか?
すると、丹野見はこう答えたという。
確かに私は小説家たちの王ですよ。小説というのは実に面白いもので、同じ人でも違う時代に生きていたら、絶対に違う小説を書くでしょう? 何が小説家たちに変化をもたらしているかといったら、同時代に存在するたくさんの小説家たちですよね。お互いに影響し、影響を受けながら、無限に文章を生成している。
いわば、影響そのものなんですよ、私は。
と、丹野見は、答えたという。
スタッフはその台詞にとても感銘を受けて納得し、上記の台詞を添付した報告書を提出したが、依頼主である編集者達は顔をしかめるしかなかった。丹野見という人物に接近するには、自分が小説家になるしかないじゃないか、と。
調査会社のスタッフのプロ根性がすごい……。




