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更新された顔

(お題:どうあがいても顔)

 ある日突然、俺の部屋の壁に顔が出現して困り果てた。壁は塗り立てたコンクリートに壁紙を貼り付けただけのものだったが、そこにゴキブリが這ったような痕を以って、いびつな顔を形作っていたのだ。模様でしかないと分かっていても気持ちが悪いので、なんとか掃除して綺麗さっぱり洗い流そうと思っても消えてくれなかった。仕方なく、好きなアニメのポスターを上から貼ってみたところ、翌日別の場所に同じ顔が出現した。どうあがいても、顔は俺の部屋から消えてくれなかった。

 まあ人間慣れるもので、一週間も放っておいたらそいつの顔も気にならなくなった。別に本当に見られているわけでもないし、人が来る時とかは暫定的にポスターを上から貼っつけておけばいい。

 そんな風に適応してしまった時、俺は変化に気がついた。その顔の造形が変わってきている。顔を構成する線が細くなり、やけに写実的になり始めてきたのだ。ぼんやりと、とある男の顔を映し出し始めたのだ。それでも模様は模様であることに変わりないし、俺は大して気にせず毎日過ごしていた。

 で、とある休日にとある牛丼チェーン店で牛丼を買ってとぼとぼと帰る途中、後ろからひどく慌てたような足音が聞こえてきた。立ち止まって振り向いてみると、服に塗料か何かが飛び散った奴が、必死の形相で俺の方へ走ってきている。手には刃物が握られており、その鈍い銀色に俺は驚いて一歩飛び退った。その空いた空間を、そいつは全速力で駆け抜けていった。

 どうやら強盗らしいが……俺はそんなことよりも、あの強盗のその必死めいた顔の方に衝撃を受けていた。あいつの顔は俺の部屋にあった顔と一緒だったからだ。

 すぐに家に帰って牛丼を食い尽くすと、改めて壁に焼き付けられている顔を見た。間違いなく、あの強盗の人相だった。俺はその模様を写真にとって、牛丼屋で事情を聞いている警察に写真を見せてやった。

 翌朝、目を覚まして新聞を見ると、そいつが捕まっていたことが小さく報道されていた。まあ、監視カメラもあったようだし、俺が手伝うまでもなかったようだ。で、壁はどうなった、と顔の模様がある方を見ると、別人の顔になっていた。今度は前よりも若い顔になっていた。やっぱり気持ち悪かった。

 一週間の間、何も起こらない日が続いたが、ある日ぼんやりテレビを見ると、壁にある顔が映し出されていたのだから驚いた。そのニュースでなされていた、その顔についての説明に曰く、殺人未遂であった。ラジコンに炸薬をくっつけて、殺したい相手の部屋に打ち込んだらしい。消防車が駆けつける騒ぎになったが、相手はトイレ中だったから無傷だったし、家もボヤ中のボヤで済んでしまった上に逮捕されたとなると、こいつは犯罪に大して向いてないんだな、と俺は観戦者のような心持ちで思った。で、案の定壁に張り付いている顔も人相を変えていた。なんと……今度は、有名な政治家の顔が出てきていた。次の日から俺は新聞とニュースを欠かさずチェックするようになった。

 三日後、その有名な政治家は汚職疑惑で逮捕されていた。まぁ、政界ではよくある事件だが、まさかこうまで続くといよいよこの壁に浮き出た顔が気味悪くなってくる。将来の犯罪者の顔を映しだすとは……。

 しかも、罪状は次々とグレードアップしていった。窃盗から始まった壁の顔面シリーズは、放火、強盗・強姦、そして殺人にまで至った。殺人犯の顔に見つめられて寝るのは、なかなかに精神を削ぎ落とされることだった。

 なので、同じアパートに住む女の子に、その顔のことをぽろりと漏らしてしまった。すると、女の子はびっくりした顔をして、「えー、私の部屋にもあるんですよ! それ!」と声をはりあげた。案内されて、女の子の部屋に上がってみると、確かにそこには顔があった。病んだような女の顔だった。そして、次の日にその顔を俺はテレビで見ることになる。幼児を虐待、そして殺害した、母親の落ち窪んだ顔。もしかしたら、このアパートのすべての部屋にああいう顔が浮き上がってるのかな、と俺は思ったりした。

 俺の部屋に映る顔はついに虐殺の指導者にまで到達した。アフリカの小さな国の独裁者の顔が浮かび上がり、数日のうちに彼は新聞の国際面で取り沙汰されていた。2ヶ月で数万人を殺した独裁者……、顔が更新されるのは翌日の朝だから、俺はその晩、虐殺者に見つめられながら眠れない眠りについていた。

 で……、次の日に壁を見た俺は愕然とした。なんと、同じアパートのあの女の子の顔がそこに浮かび上がっていたからだ。

 そんな馬鹿な。あの子が虐殺者よりもひどい犯罪を犯すっていうのかよ。

 と、その時部屋のドアがノックされた。カンカンカン、と甲高い音がする。そのあまりのうるささに、用心を忘れて俺はドアを開いてしまった。

 そこに女の子が立っていた。手には包丁が握られている。……この刃でドアをノックしていたのだ。

 有無をいわさず彼女は切りかかってきた。閃光が煌き、腕に痛みを覚える。俺は必死でそれを躱しながら、どうにかしようと試みていた。気が付くと、ドライヤーのケーブルを握って……それで彼女の首を絞めていた。気が付くと、俺の右腕と彼女は随分と重たくなっていた。俺は荒ぶる息を押し殺しながら彼女から離れ、部屋から出た。

 そ、そりゃそうだ、と俺は思った。どこかの国で何万人虐殺されるよりも、自分が殺されることのほうがよっぽど重大な犯罪だからな。俺は震えながら……女の子の部屋へと向かった。仮説を確かめてみたかったのだ。

 彼女の部屋は鍵がかかっていなかった。震える足で踏み込んだ俺が眼にしたのは……、他でもない、俺の顔だった。慌てて自分の部屋に戻ってみると、彼女の死体と共に浮かんでいるのはやっぱり俺の顔だった。

 そこに描かれた俺の顔は、まるで死人のような無表情だった。

珍しく筋がついたなぁ、と書いた後に思いました。あんまりこういうの好きではないんですけど、たまにくらいならいいかも。

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