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自給自足市民

(お題:当たり前の春雨 )

 彼はその県で、一番認知度の低い市で生まれた。どれだけその市が自らの土地性をアピールしても、市民たちの近年稀に見る平凡さによって流されていってしまうような、というかそもそも何にも特産も物産も見どころもない、交通も便が良いわけではないし、都市開発の業者も繁盛を見込めそうにないから敬遠するレベルで、なんにもないところだった。とはいっても、別に人がいないわけでも田舎というわけでもなく、ふつうの市並にチェーン店とかコンビニも揃っていたから、住むのに不便な土地柄というわけではなかった。

 それなのに認知度が低いのは、市外へ人があまり出ないからだった。それは心理的なところに起因するものであり、ある種の感染症を恐れてなのか、それとも外界への漠然とした恐怖なのか、そこの市民は市外へ出ることを忌避し、常識としてすべてその市のうちで収めるようにする傾向にあった。

 そんな市で育った彼なので、市内の中学、市立高校、そして市立大学に通うことによって、学業を修めた。市外に出るというのは、市民たちの間では両親に死なれて行き場をなくした人間か、無駄な野望に燃えて飛び出していく人間かのどちらかでしかなかったから、彼は当然市内の企業に就職する。市外から商品を仕入れて、市内の小売店で売る、その仲立の仕事だ。

 この仕事はありえないほど楽だった。相手は得意先しか来ないし、そもそも認知度の低いような場所なので、新規開拓を狙った人間もあまり来ない。地図上にはしっかりと存在が記されているのに、他の自治体と変わらないものだと皆思い込んでしまっていた。だから、彼は商品を横流しにするだけで、その仲介料を得ることができていた。このスパイラルは、彼が死ぬまで続いた。彼が死んだ後も。

 彼は一度、ここの市民でありながら、市外へ飛び出して行って、帰ってきた男と話したことがあった。大学の同期だった男で、他の同期たちと居酒屋で飲んだ時のことだ。

「いま、割りと軌道に乗ってるけどさ、この市を出て正解だったとは思わんな」

 男は言った。

「とにかく、世界って広いんだよ。開拓するべきルートなんて、無限にあると言って良い。そんな絶望的な広さに比べたら、この市が実現している変化に乏しい環境が、理想郷に見えてくるんだ」

「確かにチャンスは無限に広がってるけど……俺たちみたいな市民が目指す無限って、そっちの方じゃないような気がしたんだよな。なんというかさ、外の方は、ラーメンの丼の中に当たり前のように春雨が入ってるような感覚。分かる?」

「でも、俺はもう外の世界に信頼を置いてきちゃったからさ、ここにはもう居座れない。明日にはもう発たなきゃいけないんだ、仕事が立て込んでてさ。だから、これだけお前らに伝えに来たんだよ。この市は確かに閉塞しきっているけどさ……いま俺達が推し進めてるグローバルが完成したら、それもまたひとつの閉塞なんだよな。地球村としてひとつに閉じちゃうわけ。そしたら、もうこの市の存在意義なんてなんにもないだろ? だから、その日が来る前に、ここの市民は何かすべきことがあるんじゃないかな、って思ってさ」

 彼はそれ以来その男と出会うことはなかったし、その男が言っていたことをどうこうすることもなかった。

 一ヶ月に十回ほど、彼は路上ライブに出くわした。アコーススティックギターをかき鳴らして、ハスキーな声のボーカリストが歌っている。たまにドラムやベースもついて、ちょっとしたライブをやっていたりもする。通り掛かる人は大抵立ち止まって、その演奏に耳をすまし、差し出された帽子に小銭を投げつける。そして、君の声は細いが芯はある、もっと幅をもたせたら言葉がもっと真摯に伝わるのではないか、とか、ギターの弦の弾き方が滑りすぎているので、もっとリズム感を出してみたらどうか、とか色々なアドバイスというか批評というか、そういう声がかかる。アーティストは、ありがとうございます、と一つ一つを熱心にメモにとっている。そうしておいて、次の路上ライブにはその反省点が生かされている。君、前より良くなったね、とか声がかかると、ミュージシャンたちは嬉しそうな笑顔を見せるのだった。

 それから、彼はこの市を支えているのは、外部にいる人々の絶え間ない努力のお陰であることを心得ていた。恵まれない子どもたちのために募金をお願いします、と言う声があれば、極力協力するようにしていた。ただ、それが見て見ぬふりをしていないのだ、というアピールにしかならないことも知っていた。どうしようもないことを考えていてもしょうがないから、彼はそういうルールを自分に課すだけ課して、ぼんやりと職場と自宅の往復の日々を過ごした。そして、たまに聞こえる音楽に足を止めるだけの日々を。

 当たり前という事象の目の前では、彼らの閉塞は充足と直結していた。だからこそ、足を止めることができていた。たったそれだけのことを外部の男が春雨になぞらえて指摘できたのは、なんとも皮肉な話だった。

あとで「食いもんの方の春雨!?」とツッコまれましたが、僕はどちらかというと駆逐艦の方かと思ってました。

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