灰色の脳細胞によせて
(お題:灰色の探偵)
むちゃくちゃに頭がいいということは、周りの人にとっては良いことなのかもしれないけれども、本人取っては全く良いことではない。ひとが1の時間をかけてやるものを、コンマ1でやってしまえるのだから、ひとをぼーっと待っているのも愚かなものだし、かといってその間に自分のしたいことをしてしまったら、またひとを置いてけぼりにしていってしまって、却って待つ期間が長くなってしまう。
例えば、彼女が数冊(しかもそれぞれ用いられている言語が違う)の書物を並べて開いて、まるで異同を調べるかのように、版の違う楽譜の差異を調べるかのようにちょこまかと動き回るような仕草をもって、鬼のような速度でそれらの書物を読み進めているとしたら。そのあとに、君と議論がしたいのだよ、と言って、その書物たちを押し付けられて、さっさと読んでこいと命令されたら、死ぬほど絶望するというものだろう。君は家に帰って辞書を引きながら、フランス語やらラテン語やらギリシャ語やらを読み進んでいっても、到底彼女の気に入るような議論はできない。というか、君があくせくその書物を読んでいる間にも、彼女はエラい数の書物をばかばかと読んでいき、翌朝眼の下にクマをこさえた君の顔面に新しい課題となる書物を叩きつけたとしたら、もう君はガマンができないというか、彼女の圧倒的な頭の良さ、天賦の才能というものを実感せずにはいられないし、思わず人間をやめたくなってしまうのも無理はない。
むちゃくちゃに頭がいいということは、一度読み終えた探偵小説を、もう一度読みなおしているようなものだと、君は思った。ただ、すっかりとそのタネと仕掛けを忘れてしまっている。それなのに、そこに至るプロセスをすっかり覚えてしまっているから、ささっとタネと仕掛けに辿り着くことができる。そしてなおかつ、彼女は歴史をあまねく俯瞰している。膨大な記憶領域を持つコンピューターが、そこで作成されたファイルごとに日付を記録し、自らの歴史をそのハードディスクに焼き付けていくのとおなじように、その灰色の脳細胞に時間の流れを刻みつけていく。だから、たまに今を見失い、どこに立っているのかわからなくなる。それを教えるためだけに、君はぶさくつ言いながら彼女の隣に侍り続けるのだ。
むちゃくちゃな頭の良さは、本人にとっては何でもないことだからこそ、周囲にとっては便利な「道具」となり得る。コンピューターは文句を言わないが、ひとは文句を言う。その点において、彼女はひとであったし、道具ではないと言い張れる数少ない根拠であった。パソコンが、ひとの助けを得ない限りAという記録とBというデータを結び付けられないのとは、別の次元の話で。めちゃくちゃに頭が良いということは、ただそれだけの理由で「この私」を周りの眼から覆い隠してしまうのに、十分な威力を持つ。そういう意味では、鉛の弾と脳細胞は紙一重の意義を孕んでいると言っても良い。
むちゃくちゃに頭が良いということは、想像を破壊する。例えば、ナショナリズム。自己犠牲という美徳。あるいは、美、そのもの。だからといって、そのちっこい頭は想像力を放棄することはない。巨大な鋼鉄のハンマーで、鋼鉄のオブジェを完膚なきまでに叩きのめす。彼女が行う営為はたったそれだけのことだ。消えた皿とか、消えた宝石とか、消える人間とか、喋る人形とか、そういう奇術を生み出そうとする人間の想像という営為を、彼女は完璧に破壊する。君がその観測者なのだ。
往々にして、探偵というのはそういうものになる。頭の良くない人達の望んでいる想像を、破壊してしまう。破壊せずにはいられないのだ。だって、知ってるんだから。一度読み終えた探偵小説を、読みなおしてみればあなたにもきっと分かる。探偵はきっとつまらない。名探偵はもっとつまらない。だからこそ、本に読み耽るし、それを人に押し付けたりする。時折、アフガニスタン帰りの愚かな医者と出会ったりする。
探偵というのは、もはや単独では生きていくことができない存在になってしまった。彼女たちには、ある種の愚かさが外付されなければいけないのであるから。それはれっきとした不幸ではないか? 才能があるというのは、やはり不幸なのではないか? 勝手に妬まれ、勝手に理解され、勝手に称揚される存在であるということ。そのことは、素晴らしい発明品に対する態度と変わらないのではないか、と。
そして、そうなるとやはり愚かしさが良く思えてくる。探偵小説を一度読み終えたものが、探偵小説を初めて読む者に接する態度というのが、そこに見えてくるのではないか。だとするとどうだろう、不幸とか、幸福とか、どちらが良いとか、そんなことはどうでもよくなってくる。そんなことは些細な問題にすぎない。そんなことはどうだっていい。ただ、あくせく生きる日常に溶けこむことが、その健やかな灰色の脳細胞にはできない相談なのだ。そこにどうして幸福とか不幸とか……そういう想像が舞い込んでくるのか。
彼女なら鼻で笑ってその想像を砕くだろう。
その番となった君の存在に、彼女は幸福とか至福とか、そういう感慨は抱いていない。抱く必要もない。ただ、そのめちゃくちゃに回転の良い頭が、君という存在を欲しているという、ひとつの事実がそこにあるだけなのだから。そのリアルに乗っかっている限り、彼女は何度でも探偵小説を読み直す勇気を得るだろう。資本主義を象徴する高層ビルディングのてっぺんで、階段で上ってくる君を待つだけの勇気を、得たのだろう。
『GOSICK』で書けと言わんばかりのお題のせいで正真正銘の散文になってしまいました。




