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ぼくは人類を滅亡させにきた

(お題:シンプルな花)

 ぼくは疲れて、空いていたベンチに腰掛けた。ここのところ暑い日が続いて、呆れるほど真っ青な空の日が続いている。

 ぼくの仕事は至ってシンプルで、これから会う人を説得することだ。説得という響きはあまり上品なものではないけど、下品でもない。手段を問わず、デッドオアアライブ、とか言うと下品になってしまうが、手段を問う、アライブオンリーと言えば……まあ、そこそこの箔は付く。

 新聞を開く。文字を限界まで詰め込もうとした活字は、あらん限りの情報を詰め込み、堆積している。ぼくたちはこの情報の殿堂にひざまずかなくてはいけない。人は限りないものを知ることは出来ないから。それがなんとなく嫌だから、ぼくは新聞が嫌いなのだが──、例えば、ここに記してある情報が誰かの命を救うものだったとしたら。そうだな、ぼくの仕事はそれほど神聖なものとは思わないけど、これからの説得に役立つ情報がここにあったとしたら。そう考えると、別に読みたくもないのに読んでしまうのはしかたのないことのような気がする。この姿勢は決して……「読まなくちゃいけない」という依存症的な要請に基づくものではないことをハッキリしておきたい。

 待ち人は現れず。何故なら、ここが待ち合わせ場所ではないからだ。もう本来の待ち合わせ場所ですっかり待ちぼうけているのかも知れない。が、行かなければそれはわからない。シュレディンガーの待ち人というわけではないが、ぼくという現象の範囲はぼくの目と耳が捉えうるものに、限定されてしまうのだ。

 何故ぼくがもたもたしているのか、と言えば冒頭に述べたとおり、疲れてしまったのだ。人間疲れるとろくなことをしない。疲れた状態で待ちぼうけている相手の前に現れるよりも、さわやかな状態で相手の前に現れるほうが……結果としてメリットは大きいはずだ。

 ところで、人類は衰退して久しい。何を以って人類の衰退とするか、というのは議論が起こるところだが、そういう議論が起こらないところでのみ、ようやく衰退は起こっていると、ぼくは改めて定義することが「できた」。

 ぼくが目にしているのは、呆れるほど真っ青な空。雲ひとつ無い。雲は、みんな人類が吸収してしまったのだ。人工衛星はもう飛んでいないだろうが、いま衛星写真を取ったのならば、地球儀みたいな地球がそこに写っているであろう。つまり、雲の全くない、シンプルな一輪の花みたいな、地球が。

 もう一度言うが、人類の衰退は、何を以って衰退とするのか、という議論の起こらないところでのみ初めて起こった。雲は、そのひとつの証人として、空に浮かんでいないのだ。不在という証人。不在という存在は、あまりにも雄弁に物語る。

 ぼくは立ち上がって、歩き始めた。もう疲れていない。きっと、いい仕事ができるだろう。

 待ち合わせ場所は、このベンチの置いてある建物の、ぼくからみて裏側。ひとりの男がそこで待っていた。ぼくは声をかける。

「やあ、グレッグ。待たせたかい」

「ほとほと待ったよ。まあ、おれは死を待ち焦がれて久しいから、それに比べりゃ豆粒みたいな時間だ」

 ぼくはほっとした。

「人類は……ずいぶん遠いところまで来たね」

「そうさ。終焉まで来ちまったんだからな」

「地球上に残っているのは、ぼくと君だけになってしまった」

「どうしてこうなったんだか」

 グレッグは呆れたように呟く。どうしてこうなった、と言っておきながら、あんまり深くどうして、と問うことはしない。ぼくだってそうだ。そうやってマスキングをしておかないと、いつだって自由に発狂できる身の上なのだ。

 グレッグはニヒルに笑う。

「俺達が同時に死んじまえば……人類は滅亡だぜ」

「そう。ぼくは人類を滅亡させにきた」

「お前を殺しておれも死ぬ、っていうのをよくもまあ、そんなかっこ良く言い変えたもんだ」

 その通り。ぼくもグレッグも男だ。人類が滅ぶのはもう確定しているのだ。どうせ滅ぶのに……どうしてぼく達はこの雲のない空の下、生きる必要がある?

 説得は成功した。ぼくたちは頷き合って、お互いのこめかみに銃を突きつける。

「人類最後の殺人が銃殺って、なんだか皮肉なもんだな」

「そうかな」

 ぼくとグレッグは同時に引き金を絞った。





 私は映像を見終えると、ガムを包み紙に吐き出した。機能していないコンビニで奪ってきたものだ。

 監視カメラに映っていたのは、男二人組がお互いの頭を銃でブチ抜いていた瞬間だった。音声付きだ。びっくりするほど克明に捉えられている。その前にその男達の片割れが、建物の逆側のベンチに座って独りごちていた映像も残っていた。

「人は限りないものを知ることはできない、って自分で言ってたんじゃねえか」

 人類は滅亡したのかも知れないが、イコール絶滅というわけではない。私は山中で難を乗り越えて、最近ようやく都市に出てきたばかりだ。同じような仲間を何人か発見し、彼らと徒党を組んで都市の復興に努めている。みんな自然の中に隠れていたから、行方不明者として数えられ気がついたら死人にされていた者達だ。

 情報に跪くのが嫌だった奴が、そんな情報に振り回されて、人類を滅亡させるというロマンティシズムに沈んでいくのを見るのは気の毒であり、こう言っちゃ何だがファニーな話だった。滅亡させる、と勢い込んでいたが、誰がその滅亡を観測すると思っていたんだろうか。自殺する自分自身か? 死んでいるのに?

 それとも私か? 人類である私が、人類の滅亡をどうやって観測するのだろうか。

 ──そんな風に批判をするけれども、私は残念でしか無い。貴重な命をふたつも失った、と。

 私はただ、無力感に打ちひしがれながらも、立ち上がって赤ん坊の都市へと向かった。

本当に誰も知らない物語ってどうやって書くんだろう……とか思った一編。

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