表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/35

安置・ポジショニング

(お題:黄色い嘔吐)

 僕は図書室の留守番をしていた。図書委員でもなんでもないがこの学校の自治は崩壊していて、だれでも好き勝手にやることができる。そう、ひとりひとりの生徒がリーダーシップを発揮するせいで、役割を割り振らなくてもその場その場で自動的に自分のすべきことを発見して、手際よくやってくれるからだ。だから……いわゆる荒れていて崩壊しているのではなく、自治が必要ないくらいに発達しているために逆に旧時代の(つまり「普通」だと思われていた)制度が崩壊しているというわけだ。

 まあ、その中でも僕は落ちこぼれの方で、みんなやってくれるから仕事が回ってこない。この学校にもいくらかの割合でそういう人達がいる。とはいっても、せいぜい内申点がもらえずに大学への推薦がもらいにくくなる程度のもので、僕はとっくにそんなの諦めて、二年生の秋だというのに参考書を買うくらいのやる気の無さを見せていた。

 これも僕にやたら構ってくる兄貴分的な中川に見られたらうんざりされることだが、僕は留守番をしながら普通の本なんかを読んでいた。母さんが学生の頃に読んでいたものらしいから、随分と黄ばんでいるその本は、田中啓文の短篇集のうちの「嘔吐した宇宙飛行士」。満腹の時とかに読んだら、こっちまで吐き気を催してしまいそうなそれを、静かな図書館で読み進める。内申点の高い生徒はこういう時に参考書或いは教科書を読んでいるもんだが、内申点なんていらない僕にとっては心底どうでもいい話だった。

 で、僕が誰に頼まれて留守番をしているかといったら、兄貴分の中川ではなく、恋人ポジションの須藤だった。須藤はこの図書室の室長的なクラスにいるほど人望があるのだが、人望がありすぎると必然的に仕事が多く舞い込んでくる。そこで暇そうな僕によく白羽の矢が立ち、こうして留守番を頼まれる。生徒が持ってきた本を処理するだけなのだから、こんなの誰にだってできるし、この学校には本を期限内に返さない奴は居ないから、催促する必要もない。ホワイトな職場だが、逆に張り合いがなさすぎるきらいもある。だから、須藤はよく不在になる。

 吐瀉物の塊から主人公が出てくる場面で、須藤が帰ってきた。僕は顔も上げずに、

「今日はどこに行ってきたんだよ」

「図書室ではお静かに」

 腰くらいまである長い長い髪を、三つ編みで一本にまとめた彼女が言う。何時間かけてこんなことを毎日してるのか訊いたことがあったが、毎朝、新聞を読んでいる間に済んでしまうらしい。ホントかよ。

 僕は本を鞄にしまうと、参考書を取り出す。超学歴社会の昨今では、大学の名前=生涯年収に直結する。ほとんど例外はないと言っていい。だから、一般受験を覚悟した僕は今からでも頑張って準備しなくてはいけない。

 須藤は僕の隣りに座って、押し黙った。図書室で静かにといったのは自分なのだから自然な態度のように見えるが、いつもならそんなことお構いなしにしゃべり始めるはずだ。こういう理不尽さが、いかにも須藤なのだし、喋る内容も面白いから誰も嫌な顔をしない。

「どうしたんだよ」

 僕はたまらずに尋ねた。須藤は苦い顔をして、

「あのね……私、あなたとの関係性を解消したいと思うの」

「ええ?」

 僕は目を剥いた。関係性の解消、ということは恋人ポジションでなくなるというわけだ。僕は明日から再び、このポジションに代わる人を探さなくてはならない。

「ちょっと待ってよ、どうしてまた」

「どうしてもこうしても……遠藤くんと約束しちゃったの」

「遠藤と……?」

 遠藤は僕の弟の友達だ。奴は、高校生の主催する文芸雑誌の主催をやっていて、大学をでなくても大手出版社に入ることができるくらいのスーパーエリートだ。本っ子の須藤が惹かれるのも無理は無い。僕はうなだれた。

「ごめんね、ほんとに」

「いや、良いんだ。それなら仕方がないよ。逆に君が僕の恋人のポジションにいてくれるのが不思議なくらいだった」

「だって……そうした方が、内申点が上がるんだもの」

 ああ、そうだった。この子は内申点ガチ勢なんだ。僕はため息をつく。僕たちは人間関係にあらゆるポジショニングを要請されているが、あまり自分に自信を持っていなくて可哀想な人と恋人の関係になって、鼓舞してあげればあげるほど内申点は上がっていく。奉仕力を評価されるのだ。

 で、きっと三年生の彼女にはもう内申点は必要がなくなったのだろう。もう大学の推薦が出る頃だったから。

「じゃあ、ま、これからはここの仕事をしなくていいわけだね」

 僕が明るく言うと、須藤はうん、と頷く。

「今までありがとう」

「どういたしまして」

 僕は礼儀正しく言って、図書室を出る。

 その足でトイレに入ると、便器に向かって嘔吐した。これほど素晴らしい世界で嘔吐してるのは、僕くらいなもんだろう……なんてナルシシズムに陥る。単純に、僕がポジションを失うのに慣れていないだけの話だった。初めて死体を見た人が、吐いてしまうのと同じように。

 自分から仕事を見つけられない僕が、たったひとつ大切にしていた、人との関係性だったが……たったひとつ切れただけでこんな気分になるのなら考えものだ。

 また明日からは恋人ポジションにはまる相手を探さなければいけない。

 そうしなければ、僕は大学にいけない……恋人すら居ないヤツに、大学に行く資格なんて……ない社会だから

いかにも自動的に生成されたようなお題だと、設定をすべらせるだけの話になってしまうのがネックです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ