遠い次元の遥かから
(お題:愛と死の伝承)
狂い咲く桜があたり一面に広がっている。季節は、秋。永遠の命を授かった桜の花は、穏やかな水面をたゆたうように、静かに揺れている。
ぼくがこの地を訪れたのは三度目、目的はぼくの花嫁を弔うことだ。とはいっても、ぼくが彼女と結婚生活を営んだり、普通の恋仲にあったりしたことはない。というか一度しか会ったことがないのだ。少なくとも、今ここにいる「ぼく」という認識に於いては、という次元の話では。
ぼくの花嫁は死ぬことを剥奪された、たった一人の幼い女の子だった。
ぼくは被曝者だ。二度に渡る世界大戦終結の百年後、三度目の世界大戦はあの大きな大きな大陸の中央から西寄りの地域にかけて行われた。これは真実の意味での世界大戦だ、何故なら全世界の人間がこの戦争に加担したものだったからだ。人々は経済活動を通して、知らず知らずの間に戦争経済にもその持ち金を投与していき、それを元手に彼らは戦闘に従事した。いくつの命が散ったのだろうか、分からない。きっと……時が経つにつれてその数は少なくなっていくのだろう。
その地域では戦術核兵器が五発ほど爆発した。ぼくはそのうちのひとつに当たったというわけだ。そういうことになっている。
でも実際はそうじゃない。ぼくはぼくの花嫁に助けられたのだ。
ぼくは兵隊として徴発され、大掛かりな輸送機を使ってとある地域に連れて行かれた。砂塵の吹き荒れるその街でぼくらは陣営を作り、大本営からの指令を待った。その折、ぼくは仲間に誘われて街に繰り出した。戦争でやることと言ったら、何百年経っても変わらない。とある空き家に入ると、むっと鼻を突く臭いにぼくらは顔をしかめた。ぼくらは社会の大事なリソースであるから、PTSDにかからないようによく調教されていた。なので死体なんて見てもなんとも思わないし、人を殺したり犯したりすることに呵責を覚えないようになっている。流石に痛覚のコントロールまではされないが、そこまできたら本当にSFばりの戦争だ。まあ、だからといっても、死体の発する不快さはどれだけ調整されても抑えることは難しい。ぼくはその空き家で死体を見つけた。老いた女の死体だ。自ら首に刃物を突き立てて絶命している。
で、ぼくはその空き家の二階でぼくの花嫁を見つけた。浅黒い肌に大きな目、厚い唇に幼い輪郭。この地域によくいる普通の娘だ。
「何をしている? 逃げ遅れたか?」
ぼくは英語で訊いた。すると彼女は首を振って、
「ううん、あなたを待っていた」
驚くべきことに日本語で喋り始めた。
「ぼくを? あんまりデンパなこと言うんじゃないぞ。ぼくみたいに優しい連中ばっかりじゃないからな」
「そう、あなたはとても優しいの」
なんだこの子は。ぼくのことをまるで何十年も見てきたかのような口ぶりだった。「おーい、何かあったのか?」ぼくの仲間が二階に上がってくる気配がする。
「まずい、その辺に隠れてろ」
ぼくはわけも分からずこの娘を匿おうとした。そのほっそりとした腕を手に取り、手近にあった衣装棚のような場所へ隠そうとした……が、石像のように彼女の身体は動かなかった。
「あなたに伝えなくてはいけないの」
彼女は言う。ぼくは手が汗ばむのを感じた。
「たったこれだけは最後に……私はあなたを、愛していると」
「な、何の話だ……」
ぼくは呆然としてそう返事をして……次の瞬間ものすごい勢いでぶん殴られていた。目の前には女の子の死体があり、ぼくの手は真っ赤に染まっている。そして、ぼくは仲間の一人も手にかけようとしていたのだった。
ぼくはすぐさま精神異常のレッテルを貼られて本国へ強制帰還させられることとなった。送還の日、ぼくはぼんやりと飛行場に突っ立って、戦闘区域があるはずの方角を眺めていると、突如、閃光が走った。そして、歴史の教科書で見た、あの印象的な形の何かを見たのだった。
時が流れて、戦争は終わった。
ぼくの花嫁はぼくを救ってくれた。今ではそう信じて疑わない。
ぼくはたまたま営業で通りかかった、この永遠の桜の咲く地でひとつの民話を聞いた。いくつものIF世界を飛び回る少女がいる。そして、彼女は誰かを助けようとするがどのIF世界でもその誰かは死んでしまう。そして、ある時に自分が死ぬことでその誰かを救うことができるのだと悟った彼女は、その愛する誰かの手によって殺されることを選ぶ……。
それは、ぼくの花嫁が自分の存在を僕に知らしめようとした、精一杯の手段だったに違いない。
その民話は、愛と死の伝承として、その地方に留まり続ける。僕はそれを彼女の墓標として、毎年弔いに訪れるようになったのだった。
お気に入りです。今まで読んだSFの影響が丸出しですけど、自分なりにすとんとまとまったな、と思ってます。




