クーデレな姉と、観察者な僕。
前略。僕の姉はクーデレだ。
……もう一度言おう。
先天性白皮症で、彫りの深い西洋系の顔立ちをしている僕の姉は、クーデレだ。
何故クーデレだと言い切れるのかって? ……僕の姉はクーデレだからだ。答えになっていないのは僕もわかっているけど、僕の少し長い話に付き合ってくれれば自然と理解してくれると思う。
じゃあ、僕とクーデレな姉の平凡な一日のお話を聞いてもらおうかな。
* * *
僕の朝は普通の人と比べると早い。理由は一つ。中学二年生という中だるみで中二病なお年頃の学年を怠惰に過ごしている僕は、面白いことが大好きだ。常日頃面白いことを探すために、時間を変えて学校に登校する。それに対応するため、早く起床するのだ。面白いことはどんな時間でも見られるからね。
それはさておき。うちの中学校の開門時間は七時であり、大抵の部活の朝練は七時半過ぎから八時前まで行われている。僕が所属しているのは外部の活動組織のため、朝練には参加することが許可されていない。朝練こそ青春の一つであり面白いことだと思っているから、残念だ。あー、朝っぱらから汗を垂らして運動する少年少女。実に青春っぽいな。
参加は不可能だけど、見ることだけでもしたいので大抵は早く登校する。まあ、今日は意味もなく遅い時間に登校するけど。
鳴り響いていた目覚まし時計を止めた僕は、布団の上でぼーっとしながらそんなことを考えていた。ふと隣を見ると、艶やかで美しい白髪の僕の姉。
『坂井陽』が小さな寝息を立てていた。
中学三年生でありながら、まだ反抗期が来ていない姉は、僕とお母さんの間に挟まれて寝ている。お母さんの隣にはお父さんがいるのだが、お父さんはなぜかカーテンが塞ぐ窓の下に隔離されて寝ている。イビキがうるさいわけでもないのにね。
本来、アルビノを患っている陽姉さんは、一番日が当たらない端で寝るべきだが、僕が一番端となっている。普段は疑問にも思わないような些細なことだけど改めて考えてみると不思議だ。今度お父さんとお母さんに聞いておこう。
さて、陽姉さんは、可愛い。弟の僕が見ると贔屓目になっているかもしれないけど、それでも可愛いと断言出来る。中学生の男子というと、異様な存在を嫌うか、陽姉さんの美貌に心を奪われるのどちらかだ。僕が言えたことではないのだけど、中学生の男子は単純馬鹿が多いからね。ただ、サブカルチャーに詳しい男子はそれこそ豚のように……おっと失礼。激しく興奮すると思う。
白髪メガネのクーデレとかどこのライトノベルだよ、という感じだし。
絵に描いたような美少女であり、クーデレな陽姉さんは高校生くらいになったらもっと人気になるだろうな。頭もいいし。すりよってくる奴らは排除しないと。覚えておこう。
色々と脱線していた僕は、布団から立ち上がって一階に向かおうとした。すると、
「碧斗……」
僕、『坂井碧斗』の手を陽姉さんが握ってくる。その小さな手は、不安げに揺れていながらもそこそこ強い力で僕をこの場に引きとめた。
ほとんど開いていない目をこちらに向けながら、陽姉さんは僕を引っ張る。起きているのか起きていないのか、どっちなんだろう。
「う……うんん」
こてっ、と可愛らしい音を立てて陽姉さんは再び布団に倒れこんでしまった。それも、僕の手を離さずに。うん、どうやら寝ていたみたいだ。
……申し訳ないけど、手は離させてもらおうか。僕は陽姉さんが起きないようにそーっと、優しく手をほどいた。
* * *
家族全員で揃って朝食を食べる。これは昔から変わらない。僕たちに反抗期が来ても多分、ずっと変わらないだろう。
大皿いっぱいに盛り付けられたスクランブルエッグを無表情で食べている陽姉さんは、あいかわらずすごい。なにがすごいって、猛スピードで動く手と、何事にも動じない落ち着いた顔との対比だ。全く、陽姉さんの胃袋はいったいどうなっているんだろうか。普段運動をしないからエネルギーが消費されることはあまりないと思うんだけど。
小食気味だが、朝はしっかり食べる僕は、トーストを二、三枚一気に食べていた。こんがり焼かれたトーストに乗せられていて光っているチーズは、とろとろで今にもトーストからこぼれてしまいそうだ。……毎朝食べているけど全然飽きないな。これが本当の好きな食べもの、なのかも。
皿を持って書き込むように食べている、というわけでもないのに倍速された映像のようにスクランブルエッグを見ているだけで、どこかおなかがいっぱいになってくる。
「ご馳走様でした」
モーニングコーヒー(無糖のブラック)を飲み終え、うすいトーストを完食したお父さんは席を立ち、食器を片づけようと台所に歩き始めた。そこまではよかった。
台所から帰ってくるときにお父さんは机の角にぶつかってしまったのだ。お父さんがぶつかった衝撃で震える机は、乗っていた食器を落としてしまった。よりにもよってその食器は陽姉さんが食べている途中のスクランブルエッグが入っていた皿だった。
たまたま箸をおき、休憩していた陽姉さんは落下していくスクランブルエッグを一瞥すると焦ることなく皿を確保した。目にも留まらぬ早業だったりするんだけど、これも我が家では一応の日常となる。表情を変えることなく、スクランブルエッグを全てさらに乗せた陽姉さんは、再びスクランブルエッグを食べ始めた。
僕には見える。控えめに盛り付けられたケチャップが冷や汗を流しているのを。……ドンマイ。
「すまんな」
「ん」
陽姉さんはお父さんの謝罪を一言で受け流した。
そうして非日常的な日常の一部、朝食の時間は過ぎていった。
* * *
学校の休み時間にて。僕はクラスの仲のいい友人たちと話していた。すると、教室のドアが開かれる音がした。その音は、ドアの近くにいた僕でも注意しなければ聞こえないほどの音で、開いた人の慎重さがわかる行動だった。
誰だろう、なんて他人事のように思っていた僕だったが、ドアの先にひっそりとたたずんでいた人物を見て思わず息をのんだ。
ニット帽のようなもので隠されているがかすかに見える白髪に、控えめな鼻に乗せられたメガネ。そして目を疑ってしまうような、整えられた容姿。
どこをどう見ても僕の姉、坂井陽だった。
「……お弁当」
教室中の注目に耐えきれなくなったのか、僕の背中に隠れた陽姉さんはそうつぶやいた。あいにく僕も身長は高い方ではないので隠れ切れていないのだが、そんなことはどうでもいい。とりあえずは弁当を持ってこなければ。
この学校の中学生は、昼食をお弁当か給食化を選択できる。僕は給食のつもりだったのだけど、陽姉さんの事情で僕もめでたくお弁当となった。僕は小さい身体に反してかなりの大食いだ。具体的には、一般的な弁当箱二つ分くらい食べなければ一時間もたたずにおなかがすく、というくらいだ。
陽姉さんは少しばかり抜けている部分がある。なので、時々お弁当を忘れることがある。その時は、僕のお弁当をわけてあげる、というのがお母さんの生み出した策だ。
「はい、陽姉さん。こんくらいでいい?」
「ん。……ありがと」
お弁当の中身を半分ほど取り出して、タッパーにつめて渡した。タッパーの中に入っているお弁当の中身を見るとどこか変だけど、陽姉さんが忘れたのが悪い。……ここは厳しくしないとな。
教室中の視線が集まっていることを肌で感じながらも僕は、勇気を出して陽姉さんに一声かけた。
「お弁当は絶対に忘れちゃダメだよ。わかった、陽姉さん?」
不満そうな顔をしながら陽姉さんは首を小さく縦に振った。
「……」
ニット帽のようなものを深くかぶりなおして、陽姉さんは教室を去って行った。
静まり返っていた教室に再び喧騒が戻った。
「いやー、やっぱ碧斗のお姉さんは美人だな!」
「白髪クーデレ美少女って感じだもんな」
「罵られたい。冷たい目で冷ややかな罵倒を受けたい。切実に」
僕の個性的な友人たちが陽姉さんの感想を述べ始める。
友達だからこそ、許してあげているけど、もしコイツラが何の関係もない奴らだったら殴り飛ばしているかもしれない。
まあ……陽姉さんが美少女って呼ばれると僕も嬉しいんだけどね。
* * *
昼休み。僕は友人たちをおいて一人、図書室に乗り込んだ。と、いってもいつもと同じ行動なのでなにもないんだけど。
図書室に置かれている机に肘を置き、姿勢を崩して本を読んでいる白髪美少女――坂井陽はこちらを一瞥すると、また本の世界に浸かりこんだ。いつものことなので、慣れているけど、何故かつらい。
日の光から隔絶されたこの空間、図書室最深部にこもる陽姉さんはいつも本を読んでいる。なぜか毎日一番初めに来るし。僕が図書室に来るのは、単純に本が好きというのに加えて陽姉さんと会う目的もある。しつこくすると嫌われちゃうからいつでもどこでも一緒、なんてわけにはならないけど。
僕はポケットから厚めの文庫本を取り出すと、陽姉さんの隣に座って読み始めた。
しばらく、図書室の沈黙が破られることはなかった。
それにしても。図書室には人が全く来ない。それも不思議なほどに。ほぼ毎日通っているけど、僕たち姉弟と読書好きの女子生徒以外は見たことがない。
気まずい雰囲気が流れそうではあるけど、案外そうでもない。静かだけど居心地がいい、無理に例えると図書館がもっと滞在しやすくなる、という感じかな。
陽姉さんが本を読み終えたようだ。僕は本から目を離さず、なんとなく気配で感じた。
「……」
陽姉さんの聞こえないくらい小さなつぶやきを耳で感じながら、僕はふと右斜め後ろを振り向いた。
「あ」
そこには陽姉さんがいた。かすかに口元がつりあがっていて、どうやら笑っているようだ。顔がかなり近い位置があるので、細かい部分まで観察できた。……笑っている陽姉さんは可愛い。それは断言できる。普段はクールで感情を見せるのは少ないが、稀に見せる笑みが陽姉さんの美しさを引き立てる。
うん、やっぱり陽姉さんはクーデレで可愛い。
白髪でメガネでお姉さんなクーデレ。
そんなアニメみたいな容姿をしている人物がこうやって、現実にいてもいいと思う。
だって楽しいもん。
* * *
どうだっただろうか。本当は放課後の主人公くんの話も語りたかったけど、時間が迫っててね。申し訳ない。
この、どうでもいい語りを聞いてくれて僕の姉に興味を持ってくれた人が増えてくれたら嬉しいな。
……それじゃあ僕は日常に戻ろうかな。
「バイバイ」
反省:オチがない。