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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十五章 文化祭だよ、三人集合!
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第15章 第4話

 お店を改装した効果は抜群だった。

 礼名とふたりでお店を回しても無理はなかったし、売り上げも予想以上。

 店を閉めて夕食を終えると、僕は台所に立ちパンケーキを焼いた。

 食後のデザートを作るのは久しぶりだ。


「今日は頑張ったからな」

「ありがとうお兄ちゃん! 礼名嬉しいよ!」


 そう言う礼名は僕の横に立ち紅茶をいれている。


「ななちゃんのご家族、幸せそうで良かったね」

「そうだな、礼名も頑張った甲斐があるだろ」

「わたしたちはただ、臨時営業しただけだけどね」


 ちらり僕を見ると、礼名は優しそうに微笑む。


「なあ礼名、もしもだけどさ」

「うん」

「もしも、だよ。もしも、ななちゃんが身寄りのない女の子だったとしたら」

「縁起でもないこと言っちゃダメだよ」

「だから、もしも、だよ」


 少し困った僕を、彼女はそれ以上責めはせず。


「う~ん…… そうだな、その子のお母さんになっちゃう、とか?」

「……ななちゃんいい子だしな」

「と言うかさ、礼名がお母さんと言う事はお兄ちゃんはパパだよ。さすがのななちゃんもパパには手を出さないよね。これでライバルがひとり減るわけだよ! ぐふふふ……」

「悪い顔して笑うなよ」


 わざとらしく笑う礼名は、やがてふっと真顔に戻る。


「だけど、どうしてそんなこと聞くの?」


 どうしてって言われても特に理由はなかった。ただ、その時僕の脳裏に浮かんだのは身寄りのない僕を育ててくれた母の顔……


「あ、いや、何でもないんだ……」

「さてはお兄ちゃん、可愛い子供が欲しくなったんだねっ! 礼名とお兄ちゃんの赤ちゃんはきっと可愛くっていい子だよ! さあ、礼名はいつでも準備OKだからねっ。危険日だよ、ど~んとヤッてみよう!」

「いや、何をしたって兄妹の間にコウノトリはこないから」

「お兄ちゃん、なに夢見るお花畑のような事を言ってるの? 赤ちゃんはかぼちゃ畑で拾うんだよっ!」

「キャベツ畑だろ! かぼちゃ畑だとハロウィンだよ」

「ハロウィンって、婚約してくれなきゃイタズラしちゃうぞ、ってヤツだよねっ! でもお兄ちゃんが婚約してくれたら、わたしにイタズラしてもいいんだよ! 未成年にイタズラするのって法的にも色々問題があるけど、お兄ちゃんだけには許されてるんだよ、兄妹の愛は神聖にして侵すべからず、なんだよっ……」


 やばい、妄想が炸裂し始めた。


「あっ、ほら、パンケーキも焼けたし、食べようか」

「うんっ!」


 食卓に座るとお行儀良く手を合わせる。礼名の口から出てくるのは今日のお店のことばかり。久しぶりにふたりだけで営業できてゴキゲンのようだ。特にななちゃん一家の話をする彼女はとても嬉しそう。


「ところでさ、礼名は学校で楽しいことってあるか?」

「えっ? 学校で? 学校も楽しいよ、授業もちゃんと分かるし、友達だってたくさんいるし、それに、お兄ちゃんだっているしさ!」

「じゃあ、生徒会の役員になってみるのもいいかもな」


 僕の言葉に口に運びかけたパンケーキを落とす礼名。


「なっ、何言ってるのっ! わたしにはお店があるじゃない! 晩ご飯だって作らなきゃだし、お家のお仕事だってたくさんあるし! 第一、妹の本分は日夜お兄ちゃんとのコミュニケーションに精を出すことなんだよっ!」

「いや、僕のことなんかより、自分のしたいことを遠慮なくやって欲しいな。僕も出来る限りの協力するしさ。礼名がもし……」

「お兄ちゃん、林田会長みたいなこと言わないでよっ! 麻美華先輩みたいなこと言わないでよっ! わたしがしたいことは今していることだよっ! お兄ちゃんとこうして暮らしていくことだよ!」


 手に持ったフォークを振り回して力説する礼名。

 その剣幕に僕は少したじろぐ。


「だ、だけどさ、礼名にもなりたい自分とか、自分の目標とか、そんなのあるだろ?」

「あのね、お兄ちゃん……」


 振り回していたフォークを皿に置くと礼名は目を伏せる。


「わたし、ピアノ好きだったじゃない? それなりのコンクールでも入賞したし自分でも頑張ったと思うんだ。でもさ、あんな出来事があって金銭的にも桂小路のお世話にならないとピアノが続けられないって分かったとき、自分の自由な未来を選ぶのに全く躊躇ためらいはなかったよ……」

「ごめん礼名、大事なピアノを売ってしまって……」

「そんなことじゃないの。お兄ちゃん、勘違いしないで」


 顔を上げた礼名は優しく微笑んでいた。


「そのとき礼名が何を考えたか、分かる? 政略結婚させられて、どこの馬の骨の御曹司かも分からない男の人にわたしのピアノを聴いて貰うより、ふたりで頑張って、安い楽器でも、下手になっていても、いつかお兄ちゃんに聴いて貰えたら素敵だなって思ったの。それがわたしの夢。だから、ピアノやってよかったって思ってるんだよ、そんな未来のために、ね」

「……」


 礼名の言葉はブラコン炸裂のプロポーズかもしれない。でも僕にはただ、ありがとう、と言う言葉しか出てこなかった。


          * * *


 久しぶりに自分の部屋の窓から夜空を眺めた。

 暦の上ではもう秋だけど、天上には明るい夏の大三角形が煌めく。

 …………


 礼名は本当に今の生活に納得しているのだろうか。

 ふと、彼女が最後に弾いたショパンの夜想曲ノクターン第二番が蘇る。


「別れの曲は弾かないよ」


 そう言って笑顔で鍵盤蓋を閉じた礼名。


 あいつは僕のために自分を犠牲にしているんじゃないか? 日々その思いが強くなる。

 実は彼女は、僕と桂小路に血縁がないことを知っているんじゃないだろうか。だから桂小路を拒絶しているんじゃないだろうか。考えても仕方がないことを色々考える。本当のことが知りたい……

 麻美華が言っていた。折角の高校生活なのに、部活も高校生らしい活動も、放課後友達と遊び回ることもしないなんて、勿体ないと。そのくせ兄である僕は部活をしているのだ。ごめん礼名。もっと礼名にいいことがあるよう頑張るから。


 だけどそれって一体何をどうしたらいいのだろう……


 ああ、もう、頭が混乱して分からない。


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