第15章 第2話
コン研の文化祭の出し物は『二次元喫茶』になった。
二次元喫茶とは、各テーブルにパソコンを配し、モニター上の二次元萌えキャラに人工知能で会話をさせて、お客さんを楽しませる、と言う喫茶店だ。
「パソコンは空気読まずに喋るし、ウザいとコーヒーが不味くなるしょ?」
「そうね、それにすぐに飽きるかもね」
「だいたいさ、モニターの二次元相手に会話してる姿って、キモくない?」
メイド喫茶案を推す一部部員からはそう言う声も聞かれたが、黒縁眼鏡に七三分けの梅原部長はまじめ一筋だった。
「ここはコンピュータ研究部だからやっぱり主役はコンピュータであるべきだ!」
桜ノ宮さんのメイド姿をひと目見たい一心で「メイド喫茶案」を推していた菊池も、梅原部長の正論を前に屈した。
僕は文化祭までに出し物用の会話プログラムを作らなきゃいけない。
「ああ、メイド姿が、女子部員のメイド服姿が……」
呆然と立ち尽くす菊池は萌えキャラデザインの担当になった。
「菊池くん、そんなにがっかりしないで。ねっ!」
菊池を優しくなだめる桜ノ宮さんは喫茶メニューの担当。
みんなそれなりに忙しくなりそうだ。
部活を終えると、外はもう夕暮れ時。
コン研の仲間と別れて校門を出ようとすると、校舎から礼名が走って来た。
「お兄ちゃ~ん!」
「あれっ、こんな時間まで何してたんだ?」
「生徒会室で色々と……」
僕は礼名と並んで家路につく。
「色々って何だ?」
「色々は色々。エロエロでもペロペロでもメロメロでもないよ」
「さては話を逸らす気だな」
礼名は僕の顔を覗き込むと、クスリ笑う。
「隠しても麻美華先輩から漏れちゃうだろうから話すね。あの後ね……」
中吉らららフレンズ再結成の話の後、生徒会室に残った礼名は次期生徒会役員へのお誘いを受けたのだそうだ。南峰高の生徒会は文化祭が終わると新体制に移行する。生徒会長と副会長は全校生徒による投票で選ばれるが、生徒会長には現・副会長で倉成財閥のお嬢さまであり抜群の知名度とカリスマ性を誇る麻美華の当選が確実だった。
「わたしね、林田会長と麻美華先輩に副会長に立候補するようしつこく誘われたんだけど、断った」
前を見て歩きながらそう言うと、礼名はふふふっ、と笑い出す。
「わたしにはオーキッドがあること、麻美華先輩も知ってるはずなのに、どうして誘ってきたんだろうね。断るに決まってるのにね!」
「……オーキッドがなけりゃ、実はやりたいんじゃないのか?」
「えっ? そんなのイヤだよ。だってさ、面倒だもん!」
「ふうん」
生返事をしながら、面倒という単語が礼名の口から出るのに違和感を感じる。
そして、そのままふたりの会話は途切れた。
やがて、礼名が沈黙を破る。
「中吉らららフレンズの再結成も面倒だけど、あのロミジュリは絶対阻止しなきゃだったし。何だったっけ、あのふざけたタイトル」
「確か、ロミ子とジュリエッ太だったっけ?」
「あ、そうそう、それだよ、それ。どうしてお兄ちゃんと麻美華先輩が恋人役になるんだよ? お兄ちゃんがロミオならジュリエットは礼名しかいないのにさ!」
頬を膨らました礼名がちらり僕を見上げる。
「わたしはお兄ちゃんとふたり、もっと平凡に過ごしたいのにな。たくさんのお友達とワイワイガヤガヤ賑やかなのもいいけど、もっと平凡でいいんだ。お金持ちじゃなくていい、有名にならなくてもいい。ごく普通に」
昔からいつも友達の輪の真ん中にいて明るくて聡明な礼名。イメージの中の彼女はもっと華やかな世界がよく似合う。実際に桂小路の跡取りを嘱望されていて、一流芸能プロからオファーを受けたりしている。平凡を願う彼女の言葉は本心なのだろうか。
「それはそうと、コン研の出し物は決まったの?」
「ああ、二次元喫茶をやるってことになった」
「何なの、その二次元喫茶って。店員さんがマンガキャラにでも扮するの?」
「それじゃコスプレ喫茶じゃないか」
僕は企画の意図を説明する。礼名の感想はメイド喫茶推しだった菊池と同じだ。
「コーヒーで一服しているときにパソコンに喋り掛けられるって、何だかすっごくウザいんじゃない?」
「ま、そこを上手く加減するのが僕の仕事なんだけどね」
「そっか。お兄ちゃんも忙しくなるんだ……」
前を向いたまま呟く彼女の横顔がどこか寂しそうに映る。
「ごめん礼名、僕だけ部活とかして」
「何言ってるの? わたしも中吉らららフレンズ再結成で忙しくなるし。お互い頑張ろうね」
僕の前に躍り出て振り返った彼女はいつもの明るい笑顔を見せてくれた。




