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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十四章 胡蝶蘭とサルビアと
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第14章 第6話

 店内を埋め尽くすピンクの胡蝶蘭こちょうらん


 金曜日、授業が終わると大急ぎで店へと戻った。

 そして頼んでおいた大量の花を受け取ると店内を飾り立てる。


「入り口は終わったから、礼っちはそっちの窓を宜しく」

「トイレにも飾ったわよ。神代くんは着替えてきたら?」


 今日はななちゃんのご両親がこの店に来る日だ。どんな展開になるか全く想像もつかない。仲直りの話になるのか、離婚交渉になってしまうのかすら分からない。お父さんには仲直りの意志があるようだけど。


「どうして麻美華先輩と綾音先輩がいるんですかっ! 今日の事はわたしとお兄ちゃんに任せてくださいって言いましたよねっ!」

「礼名ちゃん、水くさいわよ。オーキッドはあたしたち四人のお店でしょ!」

「違いますっ! わたしとお兄ちゃん、ふたりのお店なんですっ!」


 今日の事は礼名が仕掛けたことだ。ななちゃんのためにも、この店で話し合って貰うよう、おばあさんを通じて掛け合った。しかし、ななちゃんとお父さんが店に来たことで麻美華と桜ノ宮さんにも計画が露呈。その上、今飾りつけている花は麻美華がお金を出したものだ。


「口は出さないって約束したじゃないですか!」

「そうよ。でも、金は出さないとは言ってないわ」


 月曜の放課後、花屋に向かった僕と礼名に、麻美華もぴったりついてきた。そして今日のために花を注文しに来たと知るや、さっさと支払いを済ませてしまった。勿論、その後麻美華と礼名が大揉めに揉めたことはご想像の通りである。


「これで準備はいいかしら。じゃあ、後はお任せするわね。私達はこの倉成通信製の最新鋭監視カメラ『ぬすみ見くん』で見物しておくわ。売り文句は「えげつないほど高解像」よ。

「そのキャッチコピーだと変な用途を想像しますね」


 麻美華と桜ノ宮さんは家の居間で待機することにしている。シリアスな話をするのに、店員ばかりぞろぞろとヒマそうにしていても邪魔になるだけだろう。


「取りあえずみんな家に上がって」


 店内を見回すと僕は外に出る。そして入り口に用意していたボードを掲げた。



  本日貸し切り



 勿論、ボードにも胡蝶蘭を添えて。

 外は生憎の小雨日和。

 空模様を気にする僕の横に礼名が立った。


「緊張するね、お兄ちゃん」

「ああ、こんな気分は初めてだ」


 今日唯一のお客さまが来るまでたったの一時間。

 しかしそれは永遠のように長く感じられた。


 からんからんからん


 やがて。

 最初に現れたのはお父さんだった。

 今日の彼はきちっとしたグレーのスーツ姿だ。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 礼名が彼を窓際の当店特等席へと案内する。


「これは!!」


 驚いたように店内を見回す彼に、僕は椅子を勧める。


「ご注文はのちほど伺いに参ります」


 お冷やを置くと一礼しカウンターへと戻った。


「お母さん、遅いね……」

「まだ約束の時間まで五分あるよ」


 彼に聞こえないように小さな声を交わす。どうやら礼名も落ち着かないようだ。

 時計の針はゆっくり進み、そして約束の時間になる。しかし母親は現れない。


「あっ!」


 突然礼名がカウンターを飛び出し店の外に出た。

 そこには落ち着いたベージュのジャケットを羽織った小柄なご婦人が、傘を差したままで立っていた。


「お待ちしておりました。さあ、どうぞ」


 礼名は傘を預かると、彼女を席へと案内する。

 ななちゃんを思わせる大きな瞳の貴婦人は俯き加減に店に入ってきた。


「ようこそいらっしゃいました。本日おすすめのメニューはクリームソーダになっております」


 ふたりにメニューを差し出す礼名。


「僕は、それで」

「あたくしも」


 席に着いたご婦人も驚いたように店内を見回している。

 やがて、ふたりの間からぽつりぽつりと会話が聞こえ始めた。


 僕は注文の品を作る。今日のために用意した赤いソーダシロップ。僕たちに出来るのはふたりに最高の場所を提供すること、ただそれだけだ。


「じゃ、運んでくるね」


 礼名はふたつのクリームソーダをトレーに載せると小さな声で囁いた。


「アルバムの写真と同じだね」


 八年前のアルバム。

 胡蝶蘭で飾られた店内の写真に、赤と緑のふたつのグラスが写っていた。これはそれを再現したものだ。


 そして。

 お父さんの前に緑のメロンクリームソーダ、お母さんの前には赤い苺クリームソーダを置くと礼名はふたりに語りかける。


「昔、母が大変お世話になったと伺っています」

「いや、お世話になったのはこっちの方で……」

「そうです。この胡蝶蘭の飾り付けは本当に懐かしくて…… わたし、この花が大好きなんですよ。もう、懐かしくって……」

「はい、今日は母が残していた写真を元に当時を再現してみたんです。覚えてくださって本当に嬉しいです。ただ、ひとつだけその時と違うところがあるのですが、お分かりになりますか?」


「ええ、勿論です」

「はい、勿論」


 偶然か、声が揃う。ふたりはお互い顔を見合わせると、お母さんが口を開いた。


「この席にある、この真っ赤なサルビアの花。とても綺麗」

「はい、その通りです!」


 後ろ姿からも、礼名が喜んでいるのが伝わる。


「この花籠は、ななちゃんが作ったんですよ。それはそれは一生懸命に心を込めて」

「じゃあ、この花はななが選んだのですか?」

「勿論です。ななちゃんが大好きな花だそうですよ」


 『家族の愛』と言う花言葉を持つ、その情熱的な赤い花を見てお母さんは一瞬言葉を言い淀んだ。そして、紡がれた言葉は少し震えていた。


「これが、ななの気持ち、なんですね……」


 礼名は一礼して戻ってくる。その表情から不安の色は薄らいでいた。

 最初はぽつりぽつりとしか聞こえなかった窓際席からの会話が増える。

 だけどここは喫茶店。僕たちは様子を覗き込むことも、余計な口を挟むこともしない。


 ふたりだけに貸し切られた店内をゆっくりと時間が流れていく。

 三十分ほど経ったのだろうか。ななちゃんのご両親が揃って立ち上がると僕らの方へ歩いてくる。


「ご両親にお線香を上げさせて貰えませんか」

「あっ、ありがとうございます!」


 それを聞いた瞬間、礼名が慌てて居間へと舞い戻る。恐らく居間で店内を覗き見ている麻美華と桜ノ宮さんを二階へと追いやるつもりだろう。僕はわざと時間を掛けてふたりを家へと案内した。


          * * *


「実は、ね」


 その夜、居間でパソコンに向かっていた僕に紅茶を入れると、礼名も食卓に座る。


「昔、お母さんが言ってたんだ。常連のお客さんが結婚するんだけど、ふたりとも強情だから少し心配だなって。きっとななちゃんのご両親のことだと思う」

「へえ、良く覚えてるな、礼名」

「うん、礼名も凄く気になったからかな。で、その時わたし、じゃあ、どうなっちゃうのって聞いたんだ。お母さん答えは、でもきっと大丈夫よ、だった。ふたりは心を許しあって同じ未来を想い描いたんだから、って……」

「…………」

「今日、もう一度心が通じ合えたとしたらいいんだけど」

「きっと大丈夫だよ」


 あの後。

 ななちゃんのご両親を見送ると、家の中から桜ノ宮さんと麻美華が飛び出してきた。


「ねえ、どうだった? うまくいった?」

「わからない」


 僕は正直に答える。


「どうしてよ。そのために悠くんと礼っちが店にいたんでしょ!」

「勿論、僕も礼名も精一杯のことはしたよ。そこは大成功だ。だけど結果はわからない、それはななちゃんのご両親が決めることだ」

「それはそうだけど……」


 これが公式見解。

 これ以上のことは僕にも礼名にも分からない。

 だけど。


「そうだね、きっと大丈夫だよね。だって……」


 礼名は食卓の花瓶に活けられた真っ赤な花に目をやる。


「ななちゃんのお母さん、あのサルビアの花籠を、大切に大切に、抱き抱えるように持って帰ったんだから」



 第十四章 胡蝶蘭とサルビアと  完


 第十四章 あとがき


 いつもいつものご愛読、本当にありがとうございます。

 神代悠也です。


 店を改装し、誰の力も借りず、慎ましやかでもふたりで生きていこうと模索する僕たち兄妹に、相変わらず絡んでくる桜ノ宮さんと麻美華。そんな時ひょんな事から発覚したななちゃんの家族の危機。この章はそんな夏の終わりのエピソードでした。

 最近、桂小路の動きがなくって、もっと平穏な日々でもいいはずなのに、何だかんだと騒々しい毎日。僕はもっと平穏な日々が欲しいのに、礼名に麻美華、そして桜ノ宮さんのパワーには参るよ、ホント。


 と言うわけで、最近恒例のお便りコーナーです。



 神代先生、こんにちは。

 ……別に「先生」、じゃないですけど。取りあえず、こんにちは。


 いきなりですけど、僕はモテません。

 ……ホントにいきなりですね。


 それもこれも、原因は女の人との縁がないからだと思います。

 進んだ高校は男子が多く、理系の僕のクラスは男子学級。

 中学の時も男友達ばかりで可愛い女の子と会話した記憶など全くありません。

 それに比べて神代先生は毎日可愛い女の子達とイチャラブできて羨ましいです。

 どうか僕に、女の子に囲まれて過ごす秘訣を教えてください。

 ちなみに僕の好みは、美人で可愛くて性格もよくって、無防備で門限がなくって僕一筋な女の子です。

 では、よろしくお願いします。



 って、いないよ、そんな女の子!

 美人で可愛くて性格よくて無防備な時点で、速攻大変なことになるだろ、その

 それに君はもっと大事なことを見落としていると思うよ。そもそも僕は羨ましがられる状態じゃないってこと。考えてみてよ、僕は毎日『妹』に振り回されているだけなんだよ。イチャラブなんてとんでもない。

 もし、それでも僕が羨ましいと思うんなら、君に贈るアドバイスはただひとつ。


 ご両親にお願いして、妹を作って貰いなさい。

 できれば二、三人!


 えっ、今更一六歳も歳の離れた女の子なんかいらないって? 何言ってるの! 温室で促成栽培すればすぐに成熟しますよ、きっと。

 それにね、女の子がいると自然と女の人との縁が増えるんですよ、幼稚園の先生とか、習い事とかで、ね。


 分かってくれたかな?

 女の子を集めるには女の子を周りに置くこと。これ、鉄則だよ。


 と言うわけで、次回予告です。

 いよいよ秋本番、文化祭シーズンが到来です。

 準備に練習に余念がない文化系サークルの連中。しかし、南峰高校は例年、生徒会の出し物も人気を集めていた。そんな生徒会の今年の企画は中吉らららフレンズの再結成ステージ。しかし礼名は猛反発をする……


 次章「文化祭だよ、三人集合!」も是非お楽しみに。


 それでは、また。神代悠也でした。


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