第14章 第5話
長かった夏休みも終わり二学期が始まった。
「そろそろ行こうよ、お兄ちゃん!」
礼名と一緒に家を出ると、学校に向かって商店街を歩く。
「お兄ちゃん、話を蒸し返すようだけどさ、麻美華先輩と綾音先輩は何とかならないかな?」
「う~ん……」
昨日の夜、仕事が終わった後にも同じことを言われた。
せっかく店を改装してふたりだけのお店に戻れるというのに、どうしてあのふたりは押しかけてくるのか。わたしとお兄ちゃんの恋仲を邪魔するためとしか思えない。わたしとお兄ちゃんのラブラブでいちゃいちゃな生活を妬んでいるとしか思えない。早く説得してよ…… とまあ、そんな内容だ。
「だけど、倉成さんも桜ノ宮さんも僕たちの生活を心配してくれてのことだから、そんなに目くじらを立てなくても……」
「違うよっ! あのふたりが狙っているのはお兄ちゃんだよっ! お兄ちゃんに近づいて、お兄ちゃんを惑わせて、礼名とお兄ちゃんの甘い恋路を邪魔するつもりだよっ!」
「いや、百歩譲ってそうだとしても、僕と礼名は兄妹だから甘い恋路とかないだろ」
「ありますっ! わたしとお兄ちゃんが進む道はみんなに祝福されるバージンロードにまっすぐ繋がってるんだよっ! ライスシャワーが降り注ぐんだよっ!」
話がかみ合わない。
「ライスシャワーと言っても競走馬じゃないよ!」
「馬は降り注がねえ!」
とことん話がかみ合わない。
桜ノ宮さんは困った人を放っておけない性格だし、秘密だけど麻美華は僕の妹だし、礼名が考えるような理由じゃないと思うんだけど、彼女は頑として主張を曲げない。
「礼名はどうして兄妹ふたりに拘るんだ?」
質問した瞬間、僕と視線が合った礼名は拗ねたように目を逸らす。
「だって、独占できるじゃない……」
「独占?」
「お兄ちゃんを独占できるじゃない……」
「彼女達が店を手伝っても、普段は僕たち兄妹ふたりじゃないか?」
「勘だよ、礼名の直感だよっ! 女の霊感ヤマ勘第六感なんだよっ!」
礼名は僕を睨むと語気を強める。
「あの先輩方は、礼名から大切な何かを奪ってしまう気がするんだよっ!」
「…………」
「今回、ななちゃんのご両親の件だってしゃしゃり出てきたよね!」
「だけど、あの話を聞いたら誰でもそうするんじゃないか」
「そうだけど……」
今度の金曜、ななちゃんのご両親がオーキッドで話し合いをする。
それは、僕たちがななちゃんに出来る精一杯の応援。
昔、母が祝福したななちゃんのご両親に、僕らができる精一杯のこと。
昨晩、金曜日の計画を練りながら、礼名は僕に呟いた。
「お母さんだって絶対同じ事をすると思う」
その礼名の企てを知った麻美華と桜ノ宮さんは当然のように計画に参加してきた。
「これはお母さんの意志を継いだ、わたしとお兄ちゃんの役目なのに!」
ななちゃんをよく知る麻美華と桜ノ宮さんとしては当然の行動だと思うけど、礼名は兄妹ふたりに拘っている。
「そこまで拘らなくても……」
「うん。礼名にも分かってるんだ。先輩方は親切で助けてくれてること……」
暫くふたり無言で歩いて行く。
やがて大通りに出ると、学校が見えてくる。
「神代くん、礼名ちゃん、おはよう!」
背中から声を掛けられた。振り向くまでもなく桜ノ宮さんの声だ。
「あ、おはよう」
「先輩、おはようございます」
「どうしたのふたりとも、元気ないわね。今日から新学期じゃない。元気出していきましょ!」
彼女に背中を押されるように僕たちは校門へ向かって歩みを早めた。
* * *
久しぶりの授業はとても長く感じられた。
「じゃあな神代、明日例のヤツを持って来るからな!」
「ああ、宜しくな。楽しみにしてるよ」
放課後、岩本に手を挙げると僕も席を立つ。
例のヤツ、とは人気アニメ『アイドルライブ』の新作OVAだ。ブタの貯金箱を叩き割り先行予約して手に入れたと言う限定バージョンのフィギュアつき。とことんアニオタなやつだ。ま、必死で借りた僕も同類だけど。
「お兄ちゃん!」
その声に振り向くと、ドアのところに礼名が立っていた。
僕は鞄を持って礼名の下に急ぐ。
今日は学校帰りにふたりで寄るところがあるのだ。
「私も帰ろうかしら」
背後から麻美華の声が上から突き刺さる。
しかし、一瞬立ち止まった僕の手を礼名が引っ張る。
「さあ、早く行こうよっ!」
「ふたりで帰ろうなんて。無駄よ礼っち。今日悠くんは私と帰るのよ」
「勝手に決めないでくださいっ! わたしとお兄ちゃんはこの後用事があるんですっ!」
「私の許可なく抜け駆けとは。悠くん、いい度胸ね!」
「いや、許可とかいらないだろ!」
上から目線を炸裂させていた麻美華だけど、僕の言葉を聞いた瞬間、その瞳が憂いを帯びる。
「じゃあ、私も一緒についていくわ」
「どうして麻美華先輩がついてくるんですかっ! 用事があるって言ってるじゃないですかっ!」
「今日は悠くんと一緒に帰ろうと思っていたのに…… 生徒会の仕事も必死で昼休みに終わらせたのに…… お迎えのリムジンも断ってるのに…… それなのに……」
「ああ、分かった、分かったよ、倉成さんも一緒に行こう……」
「やった!」
一瞬で麻美華の表情が変化する。そして僕の腕を取る。
「お兄ちゃん、なに情に流されてるんですか! この程度のことで同情していたら麻美華先輩が増長して巨大ロボ化しますよ! ご近所のビルを破壊したりして、はた迷惑ですよ!」
「さあ悠くん、行きましょう! 遙かあの虹を超えて!」
「どこまで行くつもりですか! 行き先は歩いて五分ですっ!」
僕ら三人は校門を出ると目的地に向かって大通りを歩く。
「いいですか、麻美華先輩。これから行くわたしとお兄ちゃんの買い物に絶対口を出さないでくださいよっ!」
「あら、お買い物なのね。分かったわ、口は出さないから思う存分買いまくるといいわ」
「じゃあ、約束ですよ。指切りですよ!」
礼名は麻美華と指切りをする。
「何かしら? ケーキ? 和菓子? マカロンもいいわね」
「甘いものじゃありません」
「クレープも美味しそうだし、プリンもいいし。あ、シュークリーム専門店もあったわね」
「だから、甘いものじゃありませんってば!」
「じゃあ、甘くないシュークリーム?」
「その発想から離れてくださいっ!」
やがて。
礼名は目的の店の前で立ち止まった。
「ここですよ!」
赤、ピンク、黄、白、青、紫……
あらゆる色の花が咲き乱れる店内に入ると、エプロン姿の貴婦人が僕らを笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。どんなお花がご所望でしょうか?」




