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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十四章 胡蝶蘭とサルビアと
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第14章 第2話

「「「いらっしゃいませ~っ」」」


 フリルが可愛いピンクのワンピに純白のエプロン。

 お揃いのユニフォームをまとった美少女三人が出迎える。


「おっ、今日は凄いね!」


 入ってきた八百屋の高田さんは、窓際の席に腰を下ろし目尻を下げる。


「やっぱり、こんな贅沢なお店は他にないよ。先週行ったキャバクラなんか二万円も払ったのに可愛い子は皆無だわ、お触りは禁止だわ、もう散々でさ。女子大生で~す、とか言ってたけど、ありゃ絶対ウソだね。三十は超えてるね」

「でもほら、年齢はどうであれ、話が面白くて楽しめたらいいんじゃないですか?」


 愛想笑いを浮かべる礼名。


「いやいや、礼名ちゃんの方が話も断然楽しいよ。せっかく悪友と連れだって、かーちゃん騙して行ったのにさ。二万円だよ、二万円。あんなんならガールズバーにしときゃ良かったよ……」

「あら、先週は同窓会で居酒屋に行ったんじゃなかったのかしら?」

「げっ、お前いつの間に! うげぼがぼげっ!」


 ●★△?♂ごきっ★◎♀?ばこっ


 奥さんのエルボースマッシュからの厚化粧スープレックスが炸裂するのを必死で止める礼名。


「はあはあはあ…… いらっしゃいませ、奥様。お久しぶりですね」

「はあはあはあ…… この展開ホントに久しぶりね。モーニングセット宜しくね」


 久しぶりなのに見慣れた光景、見慣れた惨劇。

 新装開店初日から、微笑ましい滑り出しだ。


 ふたりの席にお冷やを運ぶのは桜ノ宮さん。

 今朝は開店準備をしていると桜ノ宮さんと麻美華が入ってきた。


「すごいね神代くん、お店、綺麗になったじゃない!」

「そうね、私のお肌のように真っ白ね」

「って、ふたりとも、どうしてこんな早朝から来たの? 今日はお客さんなんだからゆっくり来てくれたらいいんだよ」


 しかし、そんな僕の言葉はあっさりスルーされる。

 ふたりは勝手知ったる他人の家よろしく、無断で僕の家に入ると着替えを始めた。

 礼名は運悪くパン屋に買い出しで不在。僕にはふたりを止められない。


 やがて店の制服に着替えたふたりは高らかに宣言する。


「さあ、今日は新装開店大サービスよ、頑張るわよっ!」

「いや、今日から手伝いはいらないんだけど」


 そんな、僕の言葉はどこ吹く風。ふたりは店でスタンバる。

 パン屋から戻ってきた礼名が驚いて必死に説得するも馬耳東風。結局、今日一日だけと言うことで手伝って貰うことにした。


「そう言えば、お花ありがとうね」


 窓に映るスタンド花を見て思い出した。お礼くらい言っとかなきゃ。


「お花で良かったかしら。松茸とか食虫植物とかでも良かったんだけど」

「いや、花で良かったです」

「ねえ、松茸を贈ったら、神代くんが妊娠するの?」

「するわきゃないだろ!」


 と、そんな経緯で。

 今日はウェイトレス豪華三人体制の新装大サービスデーになったのだった。


 からんからんからん


「おはよう、ございます……」


 その声は視線を動かすまでもなく、誰の声だかすぐに分かった。


「「「いらっしゃい、ななちゃん!」」」


 三人のお姉さんに迎えられた彼女は、しかしいつもの元気がない。


「ななちゃん、どうしたのかな?」

「なんでもないよ。きょうはみんないっしょなんだね」


 中吉らららフレンズの三人に囲まれ、微かに笑顔を見せた彼女は、しかしはしゃぐこともなくちょこちょことカウンターに歩いてくる。


「ぶれんどで」

「ミックスジュースだね」

「うん」


 きょろきょろと改装した店内を見回しながら、座の高いカウンターの椅子にちょこんと座る。


「おみせきれいになったね。しんぴんみたい」


 僕はななちゃんに改装した内容を説明する。

 賢い彼女は僕の説明をすんなり理解してくれた。


「きれいなおはな!」


 やがて彼女はカウンターに置かれた花籠を見つめる。

 いつもは造花しか置いていないオーキッドだけど、花をたくさん貰ったので礼名が生花をアレンジして花籠を作った。店名にちなんでピンクの胡蝶蘭が主役の花籠。昨晩礼名が嬉しそうに僕に手渡してくれた。


「えへへっ、これ、お兄ちゃんのために作ったんだよ!」


 僕の脳裏に頬を染めた礼名の笑顔が蘇る。


「ねえ、このおはなはなに?」

「このピンクの花は胡蝶蘭って言うんだ」

「こちょう、らん」


 暫くななちゃんはじっとその花籠を見つめていた。

 あまりに熱心に見つめる彼女に礼名が声を掛ける。


「ななちゃん、お店の入り口にお花がいっぱいあったでしょ。欲しいのがあったら持って帰っていいよ」

「ほんとっ?」


 礼名に付き添われ、嬉しそうに外に出たななちゃん。やがて小さなその体から溢れんばかりの花を抱えてくる。


「ねえ、れいねえちゃん、きれいなはなたば、ふたつつくりたい」

「ふたつ? どうしてかな」

「パパとママにあげる」

「ななちゃんはパパもママも好きなんだね」

「うん。パパもすき! ママもすき! どっちもいっしょだよ! どっちかはいやだよ!」

「どっちかはいや?」

「うん、あのね……」


 一生懸命に喋るななちゃんの大きな瞳が、突然涙で溢れた。花を仕分けしていた礼名の手が止まる。しかし彼女は涙を手でこするとまた語り始める。


「パパといっしょかママといっしょか、ななはどっちがいいかって…… ななはどっちもすきなのに……」

「…………」

「…………」


 洒落にならない話のようだった。


「ななちゃん…………」


 暫くの沈黙の後、礼名はななちゃんを抱き寄せる。


「じゃあ、パパとママに花束を作ろう。綺麗なのを作ろう」


 礼名は玄関を出ると真っ赤なサルビアを持って来る。


「このお花は家族が仲良しになるお花だよ」

「ほんと? かぞくなかよし?」


 礼名とふたり、夢中で花束を作ったななちゃん。出来上がったふたつの花束には真っ赤なサルビアとピンクの胡蝶蘭が溢れんばかりに咲き乱れる。


 やがて、家に帰るななちゃんを、礼名が付き添い送っていく。

 ひとりひとつ花束を持ち、元気に店を出たふたり。

 しかし、歩いて片道たった五分の彼女の家から礼名が戻ってきたのは一時間後だった。


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