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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二章 学校はわたしの敵だらけです
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第2章 第4話

「やっと昼休みだあ~ 一緒に弁当喰おうぜ」


 岩本の呼びかけに鞄から青い弁当箱を取り出す。

 今朝、礼名が作ってくれた弁当だ。


 あの後、倉成さんは話しかけてこなかった。

 意外にも彼女は友達が多いらしく、休憩時間中は終始彼女の周りから楽しそうな声が聞こえてきた。僕は心の中で、彼女をわがままで鼻持ちならない女だと決めつけていたけど、あながちそうとも言えないのかな。


 ふたを開けると、綺麗な彩りが目を楽しませてくれる。

 ご飯にはふりかけ、おかずも綺麗に整列していて、卵焼きに茄子のおひたし、きゅうりと白菜のお漬け物、そしてメインにトンカツ! 何とびっくりトンカツだ! 奮発したな礼名。僕の残飯弁当とは見た目も内容もグッと違うぞ。


「あら、可愛らしいお弁当ね。じゃあ、私と一緒に食べましょうか」

「って倉成さん! どうして背後から覗き込んでるんですか?」

「朝、予告したでしょ、後で来てあげるって。じゃあ一緒に食べましょう」


 彼女は椅子を持ってくると、僕の前に座って自分のランチボックスを広げる。


「人の机の上で何してるの、倉成さん!」

「今日はサンドイッチなの。スモークサーモンのサンド、おひとついかが?」

「サーモン……」


 危うく落ちるところだった。


「ありがとう。でもいいよ。自分のがあるからさ」


 だって今日はトンカツだ。礼名が作ってくれたトンカツだ。

 そう言うと僕は箸を……

 あれっ。

 箸が、ない?


「どうしたのかしら。サーモンはお嫌い? じゃあビーフカツサンドは?」

「ビーフカツ!」


 僕の目の前にサンドイッチを持った彼女のしなやかな手が伸びてくる。ビーフのいい香りが僕の鼻をくすぐる。ああ、牛肉ビーフ。いつから口にしていないだろう。魅惑的な匂い……


「さあ、お口を「あ~ん」して」

「あ、あ……」

「ジューシーなブランド和牛の厚切りお肉よ、美味しいわよ。はい、あ~ん!」

「あ~~……」


 ガラガラッ ドンッ!


「何ですか、お兄ちゃん! その、はしたない姿は!」

「れ、礼名! どうしてここへ!」


 肩で揃えた黒髪にくりりと大きく吸い込まれそうな瞳。

 後ろの扉を開け広げ、腰に手を当てこっちを睨んでいるのは紛れもなく僕の妹、礼名だ。


「どうしてもこうしても、お昼休みにお兄ちゃんの教室へ行く口実を作るため、わざとお弁当のお箸を私が預かって…… じゃなくって、お兄ちゃんのお箸が間違ってわたしの鞄に入っていたから、慌てて届けに来てあげたのに、なんなのその、うらやまみだらな状況は!」


「うらやまみだらって……」

「牛さんのお肉はうらやましいけど、やってることがみだらすぎますっ!」

「いや、これは倉成さんが勝手に……」

「お兄ちゃんは今朝、倉成さんとは友達じゃないって言ってましたよねっ。それなのに、どうして絡み合ってるのっ? いきなり迷惑リムジン女をナンパですか? それともわたし、二股掛けられてたのっ?」


 礼名が怖い。ゆっくり歩いてくるのが怖い。


「ねえ悠くん。この人は誰なの? お兄ちゃんって呼んでるみたいだけど」

「あ、僕の妹だよ。妹の礼名。今年から南峰に入った一年生」

「ねえお兄ちゃん、今この人、お兄ちゃんの事を「悠くん」って言ったよね? ねえどう言うこと? いったいどう言う仲?」

「いや、倉成さんとは今日突然に仲良くなったらしくて。ほら芋虫だって突然蝶に変身するだろ? そんな感じだよ。だからどうしてこうなってるのか僕にもサッパリ……」


 言い訳する僕から倉成さんに視線を移すと、礼名は口の端を少し上げ、硬い笑顔を浮かべる。


「はじめまして。神代礼名です。兄が大変お世話になっているようで。わたしとお兄ちゃんは同じ屋根の下で寝起きも食事も共にして仲睦ましく愛ある暮らしをしています。申し訳ありませんが、お兄ちゃんはわたしのお弁当以外のものを食べるとお腹を壊す仕様になっています。このサンドイッチはお引き取りください」

「じゃあ、この質素しっそすぎるお弁当はあなたが作ったと言うわけね」


 ぐさっ!


 倉成さんの一言は、僕たち神代兄妹の心臓を深く突き刺した。


「うぐぐ…… 倉成さんは今、わたしが作ったお弁当を「質素すぎる」って言いましたね。今日はわたしとお兄ちゃんの記念すべき初めてのアベック登校日。だからわたしはすっごく奮発して、清水きよみずの舞台からバンジージャンプを決行して、トンカツにしたんですよ! いいですか、トンカツですよ、トンカツ。ぶたさんのお肉ですよ、鶏肉とりにくじゃないんですよ! ええ、そりゃあお肉屋さんでグラム百八十円の豚肉肩ロースの売れ残りを半額にして貰ったんですけど、ちゃんと消費期限内なんですよっ。我が家では一般に「お肉」と言うと鶏肉とりにくを指すところ、今日は正真正銘の豚肉の、しかも肩ロースなのに。それをバッサリ「質素」って切って捨てましたねっ!」


 ポカンと口を開けて話を聞いている倉成さんにビシッと人差し指を突きつける礼名。


「倉成さん、あなたはわたしたち貧乏人の敵ですっ!」

「何だかよく分からないけれど、このお弁当のいったいどこが凄いのかしら?」

「さあ、お兄ちゃん、行こうよっ。トンカツの凄さが分からない人と昼食なんて摂っちゃダメだよ。せっかく鍛えた貧乏力がすたっちゃうよ。さあ、早くお弁当を持って!」

「行こうって、どこへ?」


 右手に弁当を持つや、反対の手を礼名につかまれ、ずんずんと廊下に連れ出された。


「お兄ちゃん、礼名と一緒にお弁当を食べようよ!」

「わかった、わかったから手を離せよ」

「お兄ちゃんは反省が足りないよっ。今すぐわたしに婚約指輪を持って来てよっ」

「無茶言うなよ……」


 仕方なく、僕は礼名を連れて屋上へと向かった。


「なあ信じてくれよ、ホントに突然なんだ。倉成さんが僕に話しかけてきて、週末の土曜日に女装して家に来いって言うんだ」

「お兄ちゃんってモテモテなんだね。知らなかったよ。まあ、モテないお兄ちゃんよりモテるお兄ちゃんを攻略する方が、より萌えるけどねっ」


 よく晴れた春空の下、屋上にハンカチを敷いて。

 ふたりで弁当を頬張りながら、僕は礼名にこれまでの一部始終を話した。

 胃袋が満たされれば心も満たされるのか、やがて彼女は機嫌を直してくれて。


「しかし、ちょっと不思議だよね。どうして倉成さんはお兄ちゃんをお家に誘ったのかな?」

「うん、僕にもサッパリ分からない」

「礼名が思うに、もしお兄ちゃんに気があるのなら、いきなり家になんて呼ばないで、もっとデートに相応しい場所を選ぶと思うんだ」

「なるほど、そうかもな……」

「しかし、倉成さんもやるね。お兄ちゃんは女装が絶対似合うって見抜くなんてさっ」

「いや、僕は女装なんて絶対しないからね」

「わたしの髪がもう一度伸びたら、次はお兄ちゃんのウィッグを作ろうねっ」


「それ、いいアイディアだわ」


「「えっ!」」


 突然の声に振り返ると、そこにはウェーブが掛かった長い金髪が揺れて。

 切れ長の瞳が上から目線で僕たちを見下ろしていた。


「倉成さん!」

「私が勇気を振り絞ってサンドイッチを差し出したのに、それを無視して逃げちゃうだなんて、生まれて初めて味わう屈辱よ。残された私はどれだけみじめだったか!」


 それを聞いた礼名はゆっくり立ち上がった。

 やばい、修羅場か!

 新学期早々、全面戦争か!


 しかし。

 身構えた僕に肩すかしを食わせるように、礼名は深々と頭を下げた。


「先ほどは大変失礼しました。兄に親切にして戴いてたんですよね。これからもよろしくお願いします」

「…………」


 意表を突かれたのか、倉成さんはポカンと口を開けたまま。


「ただ、わたし達兄妹は週末に力を合わせて働かないと生きていけないんです。だから、折角ですけど土曜、日曜のお兄ちゃんは絶対わたしと一緒なんです」


 しおらしく、語りかけるように言葉をつむぐ礼名。


「それから平日もお店の準備とか、お勉強とか、家事とか家族団欒かぞくだんらんとか家族らんらんとか、家族ルンルンとか家族いちゃいちゃとか家族ムフフフとかで忙しいので、お兄ちゃんはわたしから離れることが出来ないんです」

「……結局やっぱり、喧嘩売ってるの?」

「いいえ、ただ、わたしとお兄ちゃんは結婚を前提にお付き合いしていると言いたいだけですっ」

「どう言うことなの、意味不明だわ。ねえ悠くん、貴方たちは兄妹なのよね」

「うん、そうだよ。実の兄妹」

「頭が痛くなってきたわ。悠くん、ちょっとだけお話があるの。一緒に教室へ戻って話しをしましょう」

「あっ、今、倉成さんはわたしをけ者にしようとしてるでしょ! そうはいきませんよ! わたしもピタッと付いていくんですからねっ!」


 キンコ~ン カンコ~ン


「ほら予鈴が鳴ったわ。さ、あなたは一年の教室へ帰りなさい」

「ぬぐぐぐぐ…… 授業をサボる勇気がない、まじめなわたしの性格がうらめしい…… お兄ちゃん、帰ったらふたりの会話の一部始終をわたしに教えるんですよ、隠し事は罰金だからねっ 罰金五百円だからねっ。一円たりとも容赦しないんだからねっ。お兄ちゃんの未来の嫁は礼名ただひとりなんだよっ お兄ちゃんってば~。お~~い、お兄ちゃ~~ん……」


 意味不明なうらめし節を背中に聞きながら、僕は倉成さんと二年三組に歩いて行った。


「ねえ、何とか都合を付けて私の家に遊びにいらっしゃい。きっと悪い話じゃないと思うわ」

「ねえ倉成さん、どうしてそんなに僕を誘ってくれるの?」

「それは来てのお楽しみ、じゃダメかしら?」

「うん、理由もなく知らない人にホイホイついて行くことは出来ないよ」

「知らないって事はないわ。私は倉成麻美華よ、知ってるでしょ!」

「いや、確かに知ってはいるけどさ。行く理由はないよね」


 倉成さんは少し何かを考えていたが。


「理由ならあるわ。もし学校に苦学生がいたら、とってもいいお仕事があるって、今度の土曜に連れてきなさいって、私のパパが言っていたから」

「パパが?」

「ええ、パパよ。倉成壮一郎くらなりそういちろうよ!」


 倉成壮一郎と言えば倉成銀行の頭取にして日本屈指の企業集団、倉成財閥の事実上のオーナーだ。そんな凄い人がどうしてこんな県立高の貧乏人にいちいち仕事を?


「不思議に思っているようね。どうして倉成財閥の首領ドンがこんな県立高の貧乏人に仕事斡旋みたいなことをするのかって」

「図星だよ。顔に書いてあったかな? でも、どうしてなのさ?」

「さっ、教室に着いたわ。続きは私の家で、ね」


 滅多に感情を表に出さない倉成さんには珍しく、彼女は優しい笑顔を見せる。

 そして。

 悠然と自分の席に戻ると、何事もなかったかのように授業の準備を始めた。


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