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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十四章 胡蝶蘭とサルビアと
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第14章 第1話

 第十四章 胡蝶蘭こちょうらんとサルビアと



 カウンター横に出現した木目調の真新しい出窓。

 そして、一点の染みもなく張り替えられた白い壁紙。

 礼名と僕は、軽トラに乗って帰って行く工事業者さんを見送る。


「お兄ちゃん、完成だねっ! 新生カフェ・オーキッドの誕生だね!」


 テイクアウトコーナーをカウンターの横に移動するだけの、比較的簡単な工事。折角だから壁紙も貼り替えた。

 明日は夏休み最後の土曜日、そしてカフェ・オーキッドの新装開店日だ。


「さあ、開店の準備をしなくちゃねっ!」


 礼名は喜々として店に造花を飾り始める。

 僕も家に引き上げていたコーヒー豆なんかを所定の位置に並べる。


「これでまたカフェ・オーキッドは、お兄ちゃんと礼名、ふたりのお店になるねっ!」


 桜ノ宮さんと麻美華には先週末にこの事を話した。


「……だから、改装が済めばレジのところでテイクアウトも対応出来るし、ふたりで店が回せるようになるんだ。今まで本当にお世話になったけど、これからは大丈夫だから」

「改装かあ…… おめでとう。でもね、遠慮なんてしないでいいのよ。あたしはお手伝いするの楽しいんだから!」


 桜ノ宮さんは僕らを気遣ってくれた。


「あら、ふたりと言う事は、このお店は麻美華と悠くんのお店になる訳ね。礼っち、お疲れさま」

「意味分かりませんっ! オーキッドはお兄ちゃんと礼名のお店ですっ! 麻美華先輩は来週から来て戴かなくてもいいってことですっ!」

「仕方ないわね。悠くん、このお店は礼っちと綾音に任せて、私たちは新しいお店を始めましょ!」

「ダメですっ! お兄ちゃんはオーキッドのマスターなんですっ!」


 一方の麻美華はいつものように礼名の神経を逆撫でして楽しんでいた。


 彼女達が納得したかどうかは微妙だけど、明日ふたりはお客さんとして店に招待している。

 今までこの店のピンチを助けてくれたお礼をしなくちゃいけないし、常連さんにも彼女達のファンがたくさんいる。最後の挨拶も必要だろう。


「こんちわ~、神代さ~ん!」

「は~い」


 玄関からの声にパタパタと表に出て行った礼名。

 暫くすると。


「お兄ちゃん、ちょっとちょっと!」


 礼名に呼ばれて店の外に出ると、ドカンと豪華なスタンド花が二基鎮座していた。


「何だこれ…… 祝・新装開店? 倉成家有志一同?」


 街角の小さな喫茶店には不釣り合いなほど巨大で豪華なスタンド花がふたつ。どうするんだ、こんなでかいの。とは言え、突き返すわけにもいかず。

 僕らがスタンド花の配置を考えていると、また店の前に車が止まる。


「あっ、神代さんですか? お花をお届けに参りました」


 見るとこれまた立派なスタンド花が。



  祝・新装開店 国会議員 桜ノ宮一馬



 こちらは常識的な大きさのスタンドが一基だったけど。


「お兄ちゃんこれ、本物の胡蝶蘭だよ。こんな大輪の胡蝶蘭はすっごく高いよ!」


 桜ノ宮さんまでこんなに気を使ってくれて……

 しかし、これでスタンド花の配置が難しくなった。

 店の入り口横に並べてみると、窓が塞がれてしまう……


「すいませ~ん、神代さんですね。お花が届いています」


 また来たの?

 おかしいな、麻美華と桜ノ宮さん以外には改装話はしていないんだけど……

 疑問に思いながら受け取ったスタンド花は三基。



  やったね新装開店! 南峰高等学校 生徒会副会長有志一同


  祝ってやる!    南峰高等学校 二年三組席がとなりの有志一同


  踊ってやる!    解散した中吉らららフレンズ有志一同



 送り主は誰だかすぐに分かった。

 しかし、ひとりで何基送って来るつもりだ、麻美華は。

 一種の嫌がらせか?


「お兄ちゃん、このお花も凄く綺麗だね。でも、とっても高いと思うよ」


 テイクアウトカウンターを移動しただけのちょっとした改装。一日も休業はしてないから大々的に新装開店をアピールするつもりはこれっぽっちもなかった。だけどパチンコ屋の新装開店よろしく、店の前はとんでもなく華やかな状態だ。


「お客さんに大袈裟だって突っ込まれそうだね」


 礼名は少し困惑気味だ。


「まあ、みんなお祝いしてくれてるんだし、ありがたく思わなきゃ」

「お兄ちゃんはホントにお人好しだよね。同じ人から五基も豪華なスタンド花を贈られたんだよ。尋常じゃない冗談だと思うよ!」

「そうだね。その金で焼き肉食い放題に百回いけるよね」

「お兄ちゃん、その発想も尋常じゃないかも……」


 そんなこんなで準備を終えて、明日の開店を待つだけになった。

 新装開店を祝してか、その夜の神代家の夕食はチョイ豪華だった。

 但し、神代家従来比80%増だが。


「お兄ちゃんが先に箸をつけてねっ!」


 テーブルの真ん中には鯛の塩焼き。

 このとびっきり豪華なおかずは、めでたい、って語呂合ごろあわせらしい。


「うん、焼きたてだし塩加減も抜群で美味しいよ!」

「よかった。手巻き寿司も考えたんだけど、具材が高すぎて諦めたんだ」


 えへへっ、と苦笑いしながら礼名も鯛に箸を伸ばす。


「ところで、倉成さんの事だけど……」


 僕は思い切ってこの数日切り出せなかった話を始める。

 それは礼名には話しづらいこと。

 改装の話をした翌日、僕は麻美華に呼び出された。


「お兄さま、どう言うことですか! 私、麻美華はずっとお手伝いしますよ! だって麻美華は……」

「ごめん。オーキッドは礼名とふたりだけで、誰の力も借りずに生きていくためのお店なんだ。今回の改装もその原点に戻るため……」

「どうして誰の力も借りないんですか! いつまでもそんなことが出来ると思っているんですか!」


 学校近くの住宅街にある児童公園。

 生徒会活動の帰りの麻美華は制服姿で僕を睨んだ。


「でも、礼名とふたり、兄妹で生きていくためには……」

「麻美華だってお兄さまの妹ですっ! 私が礼名ちゃんの前でどれだけ言いたいことを我慢しているか、どれだけ悔しい思いをしているか、分かりますかっ!」

「それは……」

「麻美華だってお兄さまの妹だって言いたいです! 大きな声で言いたいです!」


 長い金髪を振り乱し、切れ長の妖艶な瞳で僕を上目遣いに見やる麻美華。そこにいつもの尊大な彼女の影は微塵もない。


「それは…… ごめん……」

「いえ、ごめんなさい。麻美華だって分かっています。私とお兄さまの関係は秘密にしなきゃいけないって。だけど、それならせめてお兄さまの近くにいたいです! お店の手伝いはさせてください! 時々でもいいんです!」


 最近は店も少し落ち着いて、麻美華と桜ノ宮さんには交代で手伝って貰っていた。それでも週末の土日の内どちらかが潰れるわけで、礼名がふたりに気を遣うのも当然なのだ。


「約束してください。麻美華をクビにしないって。時々でもいいからお店に入れるようにするって」


 彼女の真剣な眼差しを見ると、僕は無下むげに断る事が出来なかった。


「なあ礼名、改装後も倉成さんには時々手伝いに入って貰いたいんだけど……」

「えっ? どうしてなの?」


 ご飯に鯛の身を載せながら礼名が顔を上げる。


「いや、彼女も仲良くなったお客さんとか多いし、ウェイトレスするのが楽しいらしくって。だから……」

「だからって、いつまでもお願いするわけにはいかないよね!」

「それはそう、だけど……」

「いまだにバイト代もちゃんと受け取ってくれないし、上から目線だし、お兄ちゃんにい寄るし……」

「……そこを、時々でいいからさ」

「確かに馴染みの常連さんも出来たし、お兄ちゃんがそこまで言うのなら…… でも特例だよ。期間限定だよ、八月いっぱいだよ。それを過ぎたら絶対ふたりだけだよ!」

「う~ん、そこをもう少し、さ」


 手に持った茶碗をテーブルに置いた礼名は語気を強める。


「麻美華先輩に言われたんだね。お兄ちゃん優しいから断れないんだよね。分かったよ、今度礼名がちゃんと言うから!」


 何だか直接対決な様相を呈してきてしまった。


「心配いらないよ。麻美華先輩とは意外と仲良しだから」


 にこり笑う礼名は美味しそうにご飯を頬張った。


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