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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十三章 温泉まんじゅうにご用心
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第13章 第3話

「「「あ~、楽しかった!」」」


 旅館に戻った三人の美少女たちは、満足そうな笑顔を浮かべて僕らの部屋で腰を下ろす。


「礼っち、テレビつけるわね」

「それは構いませんけど、どうして自分のお部屋でくつろがないんですか?」

「綾音とふたりでみ合っても仕方がないでしょう!」

「何を揉み合うんですかっ!」

「あたしも麻美華のは飽きたから、礼名ちゃんのが揉みたい!」

「ちょっと、突然襲い掛からないでくださいっ!」


 女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、わいわいキャッキャと騒ぎ始めた彼女達を横目に僕はテレビのニュースを眺める。下界は猛暑らしく、今日は各地で最高気温を記録したそうだ。しかし、ここは高所だけあってそんなに暑くはない。抽選に当たった甲斐があるというものだ。


「失礼します」


 返事をすると仲居さんがふすまを開けて夕食の準備を始めた。


「こちらに四名様分準備いたしますね」

「えっ? ここにですか?」

「そうよ礼っち、当然じゃない」


 晩餐は四人揃って食べるように麻美華が頼んでいたらしい。呆然とする礼名を尻目に次々とご馳走の数々が運び込まれてくる。見た目にも楽しい懐石料理は地元の野菜をふんだんに使った小鉢や天ぷら、お蕎麦にお刺身、そしてメインは石焼きステーキだった!


「こちら、地元産の黒毛和牛になります。火は通しすぎないくらいが美味しくいただけます」


 晩餐を見て目を輝かせる三人の美少女たち。


「牛さんのお肉って久しぶりだね、お兄ちゃん!」


 屈託ない笑顔を見せる礼名。


「あらそうなの? じゃあ私の分も少し分けてあげるわよ」

「少しと言わずあたしのステーキ全部神代くんにあげるわ!」


 う、うううっ!

 一目で最上級と分かる霜降り和牛は、大きめに切られてボリュームもしっかりある。ああ、こんなお肉はいつ以来だろう……



「ゲップ!」



「お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、さっきの温泉まんじゅうが…… うえっぷ!」

「あら、あんなに美味しい美味しいって私たちから奪い取るように食べていたのに」

「違うだろ! 半分食べるのは悠くんの義務よ、とか言って、三人がかりで僕を押さえつけて口にねじ込んだじゃないか!」

「それはきっと魔法使いに記憶をすり替えられたのよ!」

「なわけないだろ!」


 叫んではみたものの、食い過ぎで気分も悪く、それ以上言い返す気力もなく。


「ともかく、暫く何も食べたくない。僕の分はみんなにあげるよ」


 何故だろう、どうしようもなく虚しくなった僕は何も言わずに立ち上がる。そして呆気にとられたみっつの顔をあとに、ふらりと部屋を出たのだった。


          * * *


 正直、肉が食いたかった。

 だけど無理だ。限界だ。喉までまんじゅうが詰まって何も入らない。

 去年の年末、父が焼き肉屋に連れて行ってくれて以来幻と化したビーフのステーキ。貧乏人のはかない夢はまたも夢に終わった。牛肉が食べたいということはそんなにわがままな願いなのだろうか。神様、もしいるのなら教えて欲しい。


 何気なく旅館のロビーにある椅子に座る。

 食事時、仲居さん達も忙しいのか誰もいない。


「げぷ……」


 ああ、食い過ぎた。

 椅子にもたれ掛かり暫く天井を見上げる。


「おにいちゃん!」

「え?」


 不意に声を掛けられ振り向くと見覚えがある可愛い女の子が笑っていた。


「ななちゃん!」


 魔法少女のキャラがプリントされたピンクの浴衣を着た彼女は、嬉しそうに僕の前に立った。


「おにいちゃんもふくびきにあたったんだよね。なな、しってたよ」


 何でも、彼女も福引きに当たってここに来ているのだそうだ。じゃんけん大会といい、とてつもなく運が強い子だ。


「おにいちゃんは、もうごはんたべたの?」

「食べたよ、もうお腹いっぱいなんだ。ななちゃんは食べたのかな?」


 彼女の話では、「お子様ランチは大好きなものばかりだったから、すぐに食べちゃった」そうだ。きっと子供メニューは特別なのだろう。だけど一緒に来ているおばあさんは大人メニューだから、まだ部屋で食べているとのこと。


「おばあさんと一緒に来たんだ。お父さんとお母さんは一緒じゃないの?」

「うん、きっとおしごと、かな? そうだ、ななとあそうぼうよ。ゲームがあるよっ! こっちこっち!」


 僕は彼女に引きずられるようにゲームコーナーへと向かった。テレビゲームやUFOキャッチャーを通り過ぎ、ピンボールの前に立つななちゃん。


「これしよう、いっしょにしよう!」


 ピンボールか。

 昔、父がよくやってたっけ。

 ポケットからお金を取り出そうとするななちゃんを制止する。幼稚園児に奢って貰う訳にはいかない。僕は財布から取り出した硬貨を投入する。ななちゃんが思いっきりバーを引いて玉を弾き出すとゲームスタートだ。落ちてくる玉をタイミング良くはじき返す。右の羽根はななちゃん、左は僕の受け持ちだ。


「あっ、あぶないっ! わっ! 入った! おにいちゃんじょうず!」


 大きな声ではしゃぐななちゃん。


「あっ、ああ~っ しっぱいしちゃった~」


 ピンボールが終わるとUFOキャッチャーを見ていたななちゃんだけど。


「えっと、これもおかねがいるから、ぴんぽんしようよ」


 そう言うと彼女は卓球台に駆け寄りラケットを持って構える。


「ななちゃんはピンポンしたことあるのかな?」

「うん、おうちにあるもん」


 お家にあるんだ、卓球台。

 僕はラケットを持つと台の前に立つ。

 卓球台の向こうには辛うじてななちゃんの顔だけが覗く。


「じゃあ、ななからするね」

 

 ぽんぽん

 ポンッ

 ぱしっ

 ポンッ


 さすが自宅に卓球台があると言うだけあって普通に打ち返してくる。お互いゆっくりではあるけどラリーが続く。


 ぱしっ

 ポンッ


「おにいちゃんじょうずだね」


 褒められた。


「ななちゃんも上手いね」

「えへへっ! なな、おばあちゃんよりつよいんだよ」


 僕は暫く彼女と遊んだ。

 腹ごなしにも丁度いいし、彼女は変な要求をすることもない。

 神に誓ってロリコンではないけど、楽しい時間だ。


「あっ、ここにいたんですか、お兄ちゃん! 探しましたよ」

「ああ、礼名か」


 スリッパをペタペタと鳴らしながら礼名が駆けてくる。


「こんばんは、おねえちゃん!」

「あれっ、ななちゃん?」


 不思議顔の礼名に、僕はことの経緯を説明する。


「そうなんですか。あの、お兄ちゃん、ごめんなさい。礼名調子に乗っておまんじゅういっぱい食べさせて。もの凄く反省してます。でもちゃんとお兄ちゃんのご飯は残してますよ。さあ戻りましょう!」

「ななもいく!」


 僕はななちゃんの部屋に寄っておばあさんに断りを入れる。

 そして牡丹の間に戻ると、そこには桜ノ宮さんと麻美華がしおらしく正座していた。


「もう大丈夫なの?」

「あ、うん、平気だよ」

「麻美華、ちょっとだけ悪かったから、今度お詫びにデートしてあげるわ。さあ、いつがいいか予定を教えなさい」

「あたし神代くんにご飯食べさせてあげる。ひざまくらもしてあげる、さあいらっしゃい!」

「おにいちゃんもてもてなんだねっ!」

「「あれっ、ななちゃん!!」」


 入り口に立っているななちゃんに気がつき驚くふたりは、しかしすぐに笑顔で迎え入れる。


「浴衣も可愛いね~っ」

「おりゃまじょどみそ、だよ」

「ご飯は食べたの?」

「うん、たべたよ。だけど、うんどうしたから、おなかすいた」


 と言うわけで。

 ななちゃんは僕と並んでご飯を食べ始める。


「あっ、おにくだ! ななだいすきだよ!」

「えっ?!」


 刺身を食べる手が止まる僕。


「おこさまらんちにはおにくなかったよ。はんばーぐだった」

「そうなんだ、じゃあ食べるかな?」

「うんっ! ありがとうおにいちゃん!」


 ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく

 ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく

 ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく

 …………


 肉は、消えた。

 跡形もなく、綺麗さっぱり。


「おいしかったよ、おにいちゃん!」


 …………


 まあ、いいか。

 元を正せば福引きで当たった旅行。刺身が食べられただけでもラッキーだ。それにこんなに可愛い子が喜んでくれたんだし。


「いっぱい食べて大きくならなきゃね」

「うん、ななね、いっぱいたべるよ」


 そうして。

 僕の晩餐の美味しいところは全て彼女に持って行かれた。


「おにいちゃんありがとう。ごちそうさまでした」


 満足そうに手を合わせるななちゃん。


「なな、いっぱいたべておおきくなったらおにいちゃんのおよめさんになってあげるね」

「はははっ。ありがとう。だけどななちゃんとは、歳が離れ過ぎかな」

「え~~っ! ななはけんかしないよ! おこったりしないよ! いつもなかよしでいるよ!」

「うん、ななちゃんはいい子だよね」

「かぞくなかよくするよ! あかちゃんもよしよしするよ! こどもだいじにするよ!」


 ……?


「だから、ななといっしょだといつもたのしいよ!」


 もしかして。


「……ななちゃんの家族は仲良しなのかな?」

「えっとね、ぱぱとままが、けんかする」

「……」


 僕の予感は当たったらしい。

 彼女がいつもおばあさんと一緒にいる理由はそこにあるのだろうか。


「ななちゃんは寂しくないの?」

「う~ん…… 寂しくない。おばあちゃんやさしいから」


 その後、麻美華、礼名、桜ノ宮さんにかわいがって貰ったななちゃんは、満足した様子でおばあさんが待つ自分の部屋へと帰っていった。


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