第13章 第1話
第十三章 温泉まんじゅうにご用心
澄んだ空気、冴える青空、微かに聞こえる川のせせらぎ。
バスを降りて昭和の風情が残る温泉街を登る。
「やっぱり暑は夏いわね」
「麻美華、それを言うなら夏は暑い、だわ」
「でもカラッと乾燥してるから爽快が気分だね、お兄ちゃん」
僕らは商店街の福引きでゲットした温泉旅行に来ていた。
冬にはスキー場としても人気の温泉街、標高は高いがそれでも真夏は暑かった。
「蝉も鳴いているのね」
「礼名の心も泣いています。お兄ちゃんとふたりっきりの旅行ならどんなに素敵だったのかと……」
やがて辿り着いた旅館は広い敷地に立つ木造の三階建て。
外から見るよりロビーは清潔で広々としている。
「お待ちしておりました」
恭しく出迎えられると僕と礼名は牡丹の間へ、麻美華と桜ノ宮さんは百合の間へと通された。
十畳敷きの和室に木目が綺麗な四角い座卓。
「部屋も広いし眺めもいいしっ。いまお茶を淹れるねっ、お兄ちゃん!」
「お待たせっ!」
「あっ、麻美華先輩、綾音先輩!」
そこには一瞬で浴衣に着替えたふたりの姿が。
「さあ、早速お出かけよ」
「早すぎですっ! これからお兄ちゃんとゆっくりふたりの時間を楽しむところなんです! いまいいところだから、もうちょっと待って貰えませんか?」
「だから慌ててきたのよ。悠くんが礼っちの毒牙に掛かるその前に!」
「誰が毒ヘビですかっ! わたし、お兄ちゃんの前では従順な子羊さんなんですよっ!」
「つべこべ言わずに行くわよ。ここの温泉は極度のブラコンにも効くらしいから!」
「極度の上から目線にも効くといいですねっ!」
「神代くんの生理痛にも」
「効く必要ないっ!」
この温泉街には外湯、即ち公衆の温泉がいくつかある。バスの中で女性陣は到着したら外湯を巡ろうと話をしていた。
僕と礼名は慌てて浴衣に着替えると、タオルと洗面用具を持って外へ出る。
昼は過ぎているけどまだ日は高く、容赦なく陽光が降り注ぐ。
「ねえ、この暑いのにどうして日中から温泉なのさ?」
「それはね悠くん、ここが温泉地だからよ。ことわざにもあるでしょう! 郷に入っては郷に従え、ローマではローマ人になってしまえ、餅屋に行ったら餅を食え、ってね!」
「いや、後半少しおかしいと思うけど」
「実はね、神代くん。ここの温泉は縁結びの効能があるらしいのよ」
「温泉は神社じゃねえ!」
「本当らしいよ! ここの硫黄泉は兄妹円満の元なんだってっ!」
「神社でも聞いたことねえ!」
暫く歩くと公衆浴場らしき建屋が見えてくる。
「あっ、浴場の前に足湯があるよ!」
「ホントだ、みんなで入りましょう!」
小走りに駆け出す女性陣。五人程度が座れる小さな足湯は幸い誰も使っていない。
「悠くんはここ」
麻美華が僕の腕を取り、自分の横に引き寄せる。
「さあ入りましょう! 悠くんはここでも麻美華のとなりよ!」
麻美華のその眼は僕に拒否権を与えなかった。
「じゃあ、あたしもとなりね」
桜ノ宮さんが反対の腕を掴む。
「あっ、ちょっと、何してるんですか、お兄ちゃん!」
浴衣をたくし上げるとベンチに腰掛けて足湯に足を浸ける。
鮮やかな青い浴衣姿の麻美華は右腕を掴んだまま、足湯に浸けたほっそりとした足を交互に動かしている。彼女の長い膝下は白くしなやかで、よく締まった足首が妙に艶めかしい。
「!!」
股間に充血感を覚えた僕は視線を切り替える。
僕の左腕を掴んでいるのは黄色い浴衣の桜ノ宮さん。
長身の彼女は、それでも僕より五センチは背が低いはずなのに、そのおみ足は僕より楽勝で長い。彼女のきめが細かく滑らかなふくらはぎは完璧な曲線を描いてチラリと覗く太腿に繋がり、僕の股間制御中枢を直撃する。
「お兄ちゃん、両腕を女の子に掴まれて、何をあたふたしているんですかっ! 良からぬ感覚が体を支配してるんでしょっ!」
図星だ礼名。
君のツッコミがなければ、もう少しでいくトコまで逝ってしまったかも知れない。
麻美華の向こうで頬を膨らます礼名は、しかし視線が合うと不敵に笑った。
「ふふふっ! 麻美華先輩と綾音先輩のおふたりに両腕をぎゅっと掴まれて、脚線美の挟み撃ち攻撃に晒されても、ヨダレも鼻血の一滴も垂らさないってことは、やっぱりお兄ちゃんは礼名一筋なんですねっ!」
「あら、悠くんは興奮すると鼻血がブーってなるのかしら」
「そうですよっ、ウソだと思うんなら礼名と場所を変わってみてください」
「……おっと、そんな手には引っかからないわよ」
「ぐぬぬぬ……」
「それに、今とてもいいところなのよ! 可愛いわね、悠くん! ご覧なさい!
悠くんの浴衣の股間の辺りを!」
「僕の股間って…… あっ!」
驚きで一瞬ビクンとする。
「神代くんの浴衣の股間…… あっ、うごいたっ!」
「桜ノ宮さん、そんなに覗き込まないでよっ!」
「ねっ、とっても可愛いでしょ! だけど気をつけてね。コイツいく時に液体を放射したりするのよ」
「ふ~ん、ちょっと触ってみたいけど、怖いわね」
「触っちゃダメだよ、そんなことしたら飛んじゃうかも!」
「じゃあ、優しく撫でてみましょうか?」
僕の股間の辺りを覗き込みながら会話を続ける桜ノ宮さんと麻美華。
「ウソですウソです、そんなのウソですっ! 毎朝毎晩わたしの手料理で飼い慣らし、お出かけの時もお帰りの時もおやすみの時も愛の言葉を囁いて洗脳を続けてきたわたしの愛しいお兄ちゃんが他のおなごごときに心奪われて、そんなことになっちゃうなんて、絶対ウソですっ!」
弾丸のように喋くりながら立ち上がった礼名は僕の股間を覗き込んだ。
と、
ミ~ンッ!
視線に耐えきれず、浴衣に留まっていた一匹の蝉が僕におしっこを掛けながら飛んでいく。
「あ…………」
「ダメじゃない礼名ちゃん! 浴衣に留まった蝉さんが驚いちゃったじゃない」
「セミ、だったんですね……」
「しかし悠くんも大変ね。日々礼っちの洗脳を受けてるなんて……」




