第12章 第7話
「どうして一等を二回も引いちゃうんだよ~っ! お兄ちゃんのばか~っ!」
礼名は公園から戻って来るなり不可抗力を攻め立てる。
僕は戸締まりをすると店の灯りを消して居間に戻る。
「仕方ないだろ、廻したら赤いのが出て来たんだから」
「連続なんて普通ないよ~! きっと麻美華先輩と綾音先輩が、神の見えざるハンドパワーを使ったんだよ~!」
「何だそれは?」
ファンタジーか経済論か、よく分からなかった。
「せっかくお兄ちゃんとふたりだけで温泉旅行に行けるって思ったのに~!」
二名様ご招待の温泉旅行が二本当たったと言うことは、ふたりで二回行く、という選択肢もあるはずだった。
しかし。
「そうねっ! 中吉らららフレンズの成功打ち上げ会も兼ねましょうよ!」
「いいわね。礼っちも勿論意義はないわよね?」
当然自分たちも行けると信じて疑わない桜ノ宮さんと麻美華。
ノリノリの彼女達にNoと言える日本人はいない。
しかも。
「悠也くん凄い引きだったね。中吉らららフレンズの三人も頑張ってくれたから、みんなで楽しんでくればいいよ」
目録を持って歩いていると、商店街会長の三矢さんにもそう言われてしまった。
外堀は埋められていた。
「しかし、あんな偶然もあるんだな」
「……そうだね」
少し頬を脹らましていた礼名は、やがて諦めたように。
「本当はわたしも喜ばないといけないよね。みんなで行けるんだから。だけど麻美華先輩も綾音先輩もすっごく綺麗だし、魅力的だし。ねえ、お兄ちゃん、いつか礼名はひとりっきりになってしまうのかな?」
「そんなことはないよ。だって礼名は僕の妹で……」
「妹だったらいつまでも一緒にいられるの? ねえ、妹はお嫁さんより大切なの?」
「…………」
「ごめんなさん。わたし、欲張りなのかな……」
ぽつり呟く礼名は台所に立ち、作り置いたシチューを火に掛ける。
「そうだ、三矢さんが公園に向かってたよ。お兄ちゃんも行かなくていいの?」
「そうだった、じゃあちょっと行ってくるよ」
七夕セールは今日でおしまい。公園の抽選会場や残った景品の後片付が待っている。
僕はTシャツとジーンズに着替えると急いで公園に向かった。
「悠也くん、来てくれたんだ。店が終わったばかりだろうに」
「大丈夫ですよ、それよりトイレットペーパーが大量に余ってますね」
「ああ、中吉らららフレンズのうちわの方がいいからって四等の辞退が続出したからね。でもこれはドラッグストアの井川さんが引き取ってくれるから」
僕は折り畳みのテーブルを公民館に搬送する。
商店街の人達の力で片付けは二十分程度で終わってしまった。
公園に残ったのは明日小学校へ持って行くテントの残骸と、七夕飾りだ。
この七夕飾りにはセールに来てくれたお客さんの願いも、商店街のみんなの願いも一緒になって掛けられている。あと数日は飾っておくその笹に、片付けを終えた商店街のみんなが思い思いの願いを掛けていた。
「悠也くんは何を書いたんだい?」
「あっ、高田さん。見ないで下さいよ」
「妹が幸せになれますように、か! もう、ホントに仲がいいよね」
にやり笑った八百屋の高田さんは、『かーちゃんに殺されませんように!』と書かれた短冊を笹に結びつける。
彼が笹の前を離れると、僕は水色の短冊を笹の上の方に結ぶ。そして他の人が書いた短冊をぼんやり眺める。
『連チャンを止めないで!』
『商売繁盛』
『バグが見つかりませんように』
『可愛い彼女が欲しい』
『希望校合格!』
『今年こそ一等七億円!』
『小説家になりたい!』
…………
みんな自分の欲望を爆発させていた。
でも素直な言葉というのは見ていて飽きない。お金に恋愛、勉学に仕事、健康や趣味娯楽エトセトラ。人間の欲望というのは本当に無限にあると思い知らされる。
と、そんな数多の願い事の中で。
僕の短冊のすぐ下に揺れる、ピンクの短冊が目に止まった。
丁寧に書かれた見慣れた筆跡。
「お兄ちゃんが幸せでありますように」
あいつ……
帰り道、歩きながら夜空を見上げる。
街の光も明るく、所々曇った空に天の川は見えない。
でも、さっき見た短冊の文字が目に浮かび、僕は大きく深呼吸をする。
「何書いてんだ、あいつは……」
僕のことより、自分の未来を考えろよ。
第十二章 完
第十二章 あとがき
お久しぶりね、倉成麻美華よ。
いつもご愛読本当に感謝しているわ。ありがとう。
さて、早いものでこの物語ももう十二章が終わったわけだけど、悠くんはいつまでもチェリーボーイのままだし、女性陣も一線も二線も超える肉食系にはほど遠いし、本当にじれったい展開よね。作者自身がチェリーボーイで経験ないから書けないんじゃないかって疑ってしまうわ。
ともあれ、七夕セールでの私たちの活躍はいかがだったかしら?
本当に忙しかったわ。
だけど、ステージで注目を集めるのってカイカンね。クセになりそう。
えっ? どうしたの作者さん? 千人入るホールで、幕が開いたらお客さんが十一人だった経験があるがあるけど、それでも緊張したって? どれだけ空気なバンドなのよ、それ。
さて、恒例のお便りコーナーよ。
はじめまして、麻美華さま。
僕は中吉らららフレンズのステージを見て麻美華さまの虜になった中学生です。
麻美華さまの涼しげな瞳、長く煌めく金髪、完璧なプロポーションに細く長いおみ足。
本当に何を取っても素晴らしくて毎晩お世話にならずにはいられません。
……ありがとう、でも、お母さんには見つからないようにね。
ところでよく「美人は得だ」って言いますけど本当ですか?
本当なら年間何万円くらいお得なんでしょう?
僕は将来美人と結婚して一緒に得しようと思っていますが、その効果を知りたいのです。
是非教えてください。
……って、何このお便り。
頭からセイタカアワダチソウが生えてそうな中坊ね。
えっと、いいかしら、中坊くん。美人だからって最低賃金は変わらないし、電車の運賃も安くならないし、支払う消費税率も同じなのよ。
そりゃあ、ゲーセンでクレーンゲームをちょっとだけ簡単にしてもらえたり、定食屋の刺身が一切れだけ多かったりすることはあるけど、そんなものよ。
それより、美人だとお誘いが増えて、二次会三次会に連れ回られて、意外と支出が増えてしまうのよ。え、そんなの男が奢ってくれるんでしょうって? 何勘違いしているの? 好きでもない男に貸しを作るなんてイヤに決まってるでしょ! だから直接的な金銭の出入りで見ると美人は損なのよ! 分かる?
美人のメリットは貴方みたいな勘違い男が寄って来て退屈しないことと、ホワイトデーの翌日にリサイクルショップでお小遣いが得られるくらい。容姿を商売にしてない限り、金銭的にお得なんてないわ。
は~あ。
それでも、女の子は毎日せっせとお肌のお手入れに余念なく、化粧に精だすものなのよ。それもこれも純粋に綺麗でいたいから。お金が目的じゃないのよ、化粧は。
う~ん、だけどこれ、読み直すと女子高生の回答とは思えない内容ね。
まあ、麻美華はおマセさんってことで大目に見てね。
と言うわけで、次章の予告よ。
温泉旅行ペア招待券を二枚も引き当てた悠くんは礼っちと綾音、そして可愛い麻美華の四人で夏休みの温泉を満喫する。しかし、そこで悠くんを待ち受けるのは温泉街特有のトラップの数々。果たして悠くんは大事なチェリーを守り通すことが出来るのか?!
次章「温泉まんじゅうにご用心」。
またまた麻美華が大活躍するわよ、お楽しみにね!




