第12章 第6話
一週間が過ぎた。
セール中は放課後も大忙しで、時間はあっと言う間に飛んでいく。
そして今日は日曜日、七夕セール最終日だ。
ステージを終えた中吉らららフレンズは、最後の仕事である福引き抽選会場で笑顔を振りまいていた。
「はい、黄色は四等です」
ガラガラ回すと色の付いた玉が出てくる、いわゆるガラポンと言われる福引き。
景品のトイレットペーパーを手渡す礼名に、しかし男は景品一覧を指差す。
「僕、五等でいいです」
公園に設けられたテントの抽選会場、礼名の背後には大きな模造紙に景品の一覧が張り出されている。
一等 赤玉 温泉旅行一泊二日 ペアご招待券
二等 青玉 携帯型ゲーム機
三等 緑玉 商店街お買い物券 五千円分
四等 黄玉 トイレットペーパー
五等 白玉 中吉らららフレンズうちわ
「ホントに宜しいんですか? トイレットペーパーは有名メーカー製のお尻に優しい柔らか仕様で、たっぷり使える12ロール入りですよ?」
それでも五等を要求する若い男性、礼名はにこやかにうちわを手渡す。
さっきから見ていると四等を放棄し五等の「中吉らららフレンズうちわ」を受け取ったのは三人目だ。安物のうちわなのに!
そんなことを考えていると。
「お兄ちゃんも抽選券持ってるでしょ! 店に戻る前に抽選していってね!」
「ああ、そうだった。じゃあ並んでくるよ」
僕はテントの裏から抜け出すと、五、六人が並ぶ行列にお行儀良く並んだ。そして財布の中から福引き抽選券を取り出す。オーキッドの食材購入で入手した抽選券が三枚だ。
商店街の一員が福引きするのって反則だとお思いの貴方、そうじゃないんです。抽選券は発行店舗のスタンプが押してあって、他店発行のチケットは商店街の一員でも使えるんですよ。お店屋さんだってお祭り気分を楽しみたいじゃないですか。な~んて、僕は自分自身にそんな言い訳をしながら、景品の一覧をしげしげと眺める。礼名は一等の温泉旅行を当てて欲しいって言っていたな。夏休みに一緒に行けるからって。だけど僕は二等の携帯型ゲーム機の方が欲しい。大事にしていた僕のゲーム機は中古屋に売ってしまったから。先日机の中から、やりかけのゲームソフトも発見されたし。
ふと抽選会場の横に目をやる。そこには大きな笹が立ててあって、横に立つ桜ノ宮さんが通りがかりの人達に色とりどりの短冊を手渡している。買い物途中の親子連れや中高生たちがテーブルに立ち、思い思いの願いを書き込んでいる。
「悠くん、順番来てるわよ!」
その声に振り向くと、前にいたはずのおばさんが五等のうちわを貰っていた。
僕は慌ててガラポンの前に進むと手に持った三枚の抽選券を長い金髪の係員に手渡す。
「はい、三回廻してワンと言うのよ」
「言わないよ! ってか、こう言うところで上から目線はやめてよ、倉成さん」
「大丈夫よ。他の人には下手に出て、つけ上がらせてあげてるから」
下手に出てても、心の中は上から目線なヤツだった。
僕は木で出来たガラポン抽選器のハンドルを握る。
「お兄ちゃん、がんばっ!」
倉成さんのとなりから、期待に充ち満ちた視線を感じる。
僕はハンドルをがらがらと廻した。
コトッ
「……黄色は四等です」
麻美華の声が軽蔑の色を帯びる。
ちらり礼名の様子を伺うが、彼女も小さく息を吐き落胆の表情を隠さない。
「お兄ちゃん、うちわに替えてあげようか? うちわは大人気で品切れが予想されるよ」
どうやらこの福引きで一番のハズレは五等ではなく、この四等らしい。
「いいよ、トイレットペーパーは必需品だし」
そう言うと僕はハンドルをもう一度回す。
礼名が胸で手を合わせ祈るように見ている。
ガラガラガラガラガラ……
コトッ!
「…………!」
「…………!!」
「…………!!!」
カランカラン!
カランカラン!
「赤玉、大当たりです~ 一等、温泉旅行ペアご招待券が出ました~!」
大きな声で一等を知らせる麻美華。
結構冷静な対応をする彼女に比べ、礼名は口に手を当て目を見開いたままだった。
やがて表情が綻んで。
「や…… やった! やったよお兄ちゃん! やっぱりお兄ちゃんだよっ!」
礼名は景品の目録を取り出すと、嬉しそうに頭上にかざす。
「お兄ちゃん、一緒に行こうねっ! お兄ちゃんとふたりっきりで旅行なんて初めてだよねっ! 礼名、とっても楽しみだよっ!」
「悠くん安心して。ふたりが旅行に行くその日その場所その部屋の隣を、麻美華も予約しておくから」
金髪をかき上げ、麻美華は上から目線で言い放つ。
すると、七夕飾りコーナーの仕事を放りだし桜ノ宮さんまで参戦してきた。
「神代くんおめでとう! あたしもその旅館を予約しておくわねっ。神代くん、あたしの赤ちゃんを産んでもいいのよ! 父も神代くんのことすっごく気に入ってるからっ!」
「残念でしたっ! この温泉旅館は夏の間、商店街連合会が独占契約をしているのです! 通常予約はできないんですよっ!」
礼名は清々しくも嬉しそうに胸を張ると、サムズアップする。
「お兄ちゃんと礼名の楽しい夏の婚前旅行はふたりっきりのものですっ!」
「倉成財閥の力を甘く見ない事ね!」
「そうよ、ふたりだけなんて許さないわ!」
「へっへっへ~ どうあがいても無理ですよ~。今回セール好調につき、急遽一等の本数を増やしましたよね。その時チケット確保がもの凄く難航したんですよ。三矢さんが頑張って二本追加してくれたんですけど、この旅館は大人気だそうで、もうこれ以上のチケット確保は無理なんです! だから皆さんはお屋敷の中からわたしとお兄ちゃんを祝福していてくださいね~っ!」
「…………」
「…………」
「ちゃんとお土産は買ってきますから、心配しないでね~っ! えへっ、えへへっ!」
有頂天になって小躍りする礼名。
こんなに素直に喜んでくれると、僕も嬉しさが倍増する。
「あの……」
その声に我に返り、自分の後ろを振り返る。
と、
そこには福引きの抽選を待つ長い長い行列が……
「あっ、すいません!」
「悠くんは三回だから、早くあと一回廻して!」
「あっ、うん」
ガラガラガラガラ……
コトッ!
えっ?
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
赤い玉…………
ってまさか連続して……
カランカラン カランカラン!
カランカラン カランカラン!
カランカラン カランカラン!
「続いて出ました~! 一等温泉旅行ペアご招待券です~!」
さっきよりも遙かにけたたましく鐘を打ち鳴らす麻美華。
「連続二回のご当選! 温泉旅行には四名様ご招待となります~!」
晴れやかな顔で声を張り上げる麻美華は意味ありげに僕を見つめる。
「よかったわ悠くん。これで麻美華も一緒に行けるわね!」
「そうね神代くん! あたしも早速準備しなきゃ!」
僕はガラポンの前を離れ、すぐ横にある景品受け渡し場所へ進む。そこには一瞬で天国から地獄へ突き落とされたような顔をした礼名が温泉旅行の目録をふたつ手にして呆然と立ってた。
「はいこちら目録です。トイレットペーパーもお忘れなく……」
一気にテンションがダダ下がりの礼名から景品を受け取ると、僕はオーキッドへと歩いて戻った。




