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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十二章 七夕セールに願いを込めて
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第12章 第5話

 その夜。


「悠くん、アイドルって体力勝負なのね。殿方にご奉仕するのも疲れたわ」

「殿方にご奉仕って何だよ! ファンサービスって言えよ!」

「あたしも前から後ろから責められちゃって、もう大変だったわ」

「ファンに取り囲まれて大変だったって、普通に言えないのかよ!」


 麻美華も桜ノ宮さんもさすがに疲れたのだろう。意味不明のことを口走り、お迎えの車が来ると作り笑顔を浮かべて帰って行った。


「お兄ちゃん、晩ご飯出来たよっ!」


 礼名が笑顔で手招きをする。


「礼名は元気だな、疲れてないのかい?」

「う~ん、さすがに疲れたよ。昨日も今日も大忙しだったからね」


 そう言いながら食卓に座り手を合わせる。


「しかし、ななちゃんには参ったよ。ゲーセンの前で子供に風船配っているときも、ずっと横にいたんだよ。懐かれるのは嬉しいけど、やりにくかったよ」


 礼名に連れられて一度家に帰ったななちゃんは、しかし昼頃再出動リスタートしたらしく、中吉らららフレンズのステージに姿を見せた。じゃんけん大会には負けたけど、その後も礼名を追っかけ回したらしい。夕方にはおばあさんとふたりでオーキッドにもやってきた。


「昨日はうちの孫がお邪魔してごめんなさい。ご迷惑とは思うんですけど……」


 おばあさんによると、昨日彼女は寝つくまで中吉らららフレンズの話ばかりしていたそうだ。多忙な両親はあまり彼女を構ってられないらしく、あんな嬉しそうな顔は久しぶりに見たと言う。おばあさんはななちゃんが来たときのためと、一万円分の商品券を置いて帰って行った。やられた。


「それに、ななちゃんはお兄ちゃんを狙う危険分子デンジャラスウーマンだからねっ!」

「何をムキになってるんだ。相手はまだ幼稚園の女の子だぞ」

「それはお兄ちゃんがロリコンだからですっ!」

「ロリ違うっ!」


 礼名は味噌汁をひとくち啜ると、はうっ、と小さく息を吐いた。


「不安なんです……」

「不安?」

「そうです。考えてみてください、二十年後を」

「二十年後?」

「ええ、二十年後。激しく愛し合ったお兄ちゃんと礼名はみんなに祝福され結ばれて、二人の子宝に恵まれた幸せな家庭を築いています。ここまでは疑う余地のない未来の姿だけど」

「いや、疑えよ。僕と礼名は兄妹だ。その未来はおかしい」


 しかし礼名は僕のツッコミを空気のようにスルーする。


「その時お兄ちゃんは男盛りの三十七歳、一方わたしは微妙な年齢三十五歳。そこへ一回りも年下の、うら若くピチピチなななちゃんが現れてお兄ちゃんを誘惑したらどうなると思う? 勿論礼名だって負けるつもりはないよ。お兄ちゃんのため幾つになっても綺麗でいるよ。だけど若さは強力な武器だよね! 三十路過ぎてピチピチなんてあり得ないよね! ななちゃんは今でも可愛いけど、きっと将来美人さんになるタイプだよ。だから、彼女は危険なんだよ!」

「大丈夫だ。その頃には忘れてるって」

「ななちゃんに告白されてたじゃないっ! よく考えてよ、お兄ちゃんはななちゃんの初恋の人になったんだよっ!」


 一瞬ハッとなった。

 そう言うものなのだろうか?

 僕は無言で大根の葉っぱ炒めをご飯に載せて、そしてかき込む。

 そんな僕を見つめる礼名。


「だけどさ……」


 暫くすると彼女の表情が、急にだらしなく緩んだ。


「ななちゃんはね、礼名の弟子になるって言うんだよ。可愛いよね」


 にへら、と目尻を下げて、本日のメインディッシュ『肉のない肉じゃが?』を頬張る。

 そうして、ひとりで勝手にご機嫌を取り戻した彼女は今日耳にしたという話を始めた。


「ねえ、お兄ちゃんにいいこと教えてあげる。あのね……」


 その話によると。

 なんでも中吉らららフレンズの活躍の所為せいかどうか、ともかく七夕セールは予想の遙か上を行く売り上げなのだそうだ。選挙戦の時に取材してくれたマスコミの多くが七夕セールを取り上げてくれたし、中吉らららフレンズのステージの撮影にも来てくれた。突然現れた桂小路一石のファッション無料アドバイスもニュース映像で流れたそうだ。予想を遙かに超えた広告効果が出たらしい。


「だからね、感謝の意味も込めて、福引き一等賞の本数を増やすんだって」

「ふう~ん」

「一等は温泉旅行一泊ペアご招待券なんだよ!」

「へえ~」

「ペアだよペア! 夫婦とか恋人とか兄妹にピッタリのペア招待券だよ!」

「はあ~」

「温泉旅館は結構ハイクラスで、交通費も食費も全部込みなんだって!」

「そ~なんだ」

「我が家も商店街から食材とか買ってるから、福引き抽選券があるんだよ。わたしは抽選会場でお仕事しなくちゃだから、お兄ちゃん、一等当ててね!」


 礼名は両親の仏壇に置かれた抽選券に目を向ける。


「僕はくじ運悪いからなあ」

「大丈夫、お線香奮発してお父さんとお母さんにお願いしておくから! 夏休み、一緒に旅行に行けたらいいねっ!」


 福引きの一等賞なんて、そう簡単に当たるわけがない。だけど礼名の嬉しそうな顔を見ていると、夢だけは持っていていいのかなと思う。


「ああ、当たったら一緒に行こう」

「うんっ!」


 嬉しそうに破顔した礼名は、大根の葉っぱ炒めをご飯に載せて美味しそうに頬張った。



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